「暑苦しいのよ熱いのよ イン・ワンボックスカー」

―――あかじそファミリー海に行く―――


<1日目・早く海へ!>




 海が近づき、じじじその機嫌も直りつつあった。
正午も回ったし、オレの馴染みの食堂に案内するぜ、と、じじじそは、
<氷>の文字がひらひらとひるがえる浜辺の店へと入っていった。

 馴染みの店・・・・・・の割には、思いっきり「一元さん」な挨拶をされ、
慌てたじじじそが、店のおばちゃんに耳打ちした。
 「ああ・・・・・・」
と、おばちゃんのリアクションも薄い。
(ホントに馴染みかい?)
という疑惑も湧きつつ、ぼんやりと、壁に貼ってあるお品書きを眺めていると、
ばばじそが一声、
「みんな、ラーメンでいいね!」
と、言うや否や、
「ラーメン6つ!」
と、迷わず注文をエンターした。

 (決定かい!)

 ばばじそは、人の意見は聞かない。
人の話も聞かない。
 情報とは、常に自分から発信されるものであり、彼女には、
受信機能はついていない。

 私は、潮の香りを胸深く吸い込みながら、目は、お品書きの、
<さざえのつぼ焼き> <焼きイセエビ> <磯のランチ>
などを、遠く見ていた。

 じじじそは、無事、海まで到着した安堵感で、極度に弛緩し、
阿呆面で四男を抱いていた。
その姿を、これまた阿呆面でながめていたら、その向こうのガラスの冷蔵庫の中に、
私の視線を釘付けにするあるものがあるではないか!

 <
MAX COFFEE> !!!

 昔っから変わらず、黄色い地色に茶色の波々模様。
茶色いロゴで<MAX COFFEE>と、書いてある。
 それが、私には、<それでも俺は生きている>と読める。

 千葉県でしか手に入らないと噂の、あの、<マックス・コーヒー>。
醤油の生産地・野田の工場で作られる、その、
恐ろしく濃厚な缶コーヒー!
 そんじょそこいらの、脱脂粉乳入りのコーヒーとは別物である。
練乳たっぷりで、筋金入りの、「コーヒーという名の、コーヒー牛乳」いや、
「コーヒー練乳」なのである!
   
 千葉で思春期を過ごした私にとって、その甘く濃い缶コーヒーは、
感受性が揺れ動くたびに口に流し込んだ、
第2の母乳のような、特別な液体だった。

 ラーメンが出てくるまでの間、<MAX COFFEE>を飲んだ。
1時間以上かかって出てきたラーメンは、少し伸び気味だったが、
それがまた浜辺らしくて、旨かった。

 帰りしな、おばちゃんが、無愛想だが一生懸命に、
さざえのつぼ焼きを運んできた。

「だいぶお待たせしちゃって・・・・・・。
息子が会社でお世話になりましたね・・・・・・」

 おばちゃんの息子は、じじじそと、かつて同僚だったという。
おばちゃんは、何度も何度も不器用に頭を下げ、
それでも、営業用の笑顔は持っていないのだった。
 
 ボクトツなおばちゃん、伸びてるのに旨いラーメン、
濃ゆい濃ゆいコーヒー。

 私の心は、浜の匂いに酔ってしまって、痺れてしまっていた。

 四男はぐずって暴れ、
長男・次男・三男は、海! 海! 海! 海! と騒ぐ。
じじじそは、待て、と、右の手のひらだけで子供らを制し、
静かに立ち上がった。

 「じい! 早く海、行きたい!」
長男が叫んだ。
 「まだだ!」
じじじそがオゴソカに言った。

(まだかい!)

 いつになったら、海に着く?
目の前に広がった太平洋は、まだまだ果てしなく遠いのであった。

                 (つづく)


♪1日目・寒い海