テーマ「のーてんき」

対決! 31歳児 対 60歳児


「ゴジラ対キングギドラ」も、マッツァオ。
31歳児の義理の妹と、
60歳児の実父との対決が展開されたのは、
近所の中華レストランだった。
金沢から、遠路はるばる遊びに来た、
娘の夫の母親と妹を接待しようと、
私の父と母は、昼食を誘ってきた。
 ご馳走になるのは、やぶさかではないけれど、
彼女(31歳)と彼(60歳)とのわがまま対決、
どうなるものかと私の心配は、
じくじくと胸の中を湿らせていた。
 
「さあ! 行くどー!」

 父の掛け声で、私たち一家は、ピッ、と2列に整列し、
ザッザッザッ、と道の端を歩き出した。
号令に瞬時に反応しないと、オヤジの機嫌を損ねてしまう。
損ねてしまうと、オヤジの皮肉と嫌味は、2時間は続く。
 ピッピッピッ、と我々は目指すレストランに向かって、進む。

 ところがだ。

 ああ、やっぱり31歳児とその母は、
その微妙な間についてこられなかった。

「あ、トイレ〜」
「娘がトイレなんですう〜」

私は、はっと止まり、振り返る。
しかし、一行はザッザッザッ、という行軍を続ける。
父は、いつものように、
お気に入りの旧式ポラロイドカメラで、
その行進をあの角度この角度から撮りまくる。

が、肝心の接待の対象が全然ついてきていない。

「おいっ! 人数が足んねえぞ! 遭難したのか!」

 31歳児と、その母は、あとからあせることなく、
モタ・・・モタ・・・と
ゆっっっっっっっっっくりと歩いてくる。

(嗚呼。早く! そんなにマイペースだと・・・・・・)

「おい、ナメクジが2匹いるど!」

父が私に耳打ちした。
でっっっっっかい声で。

「うわーーーーーーーーわーーーーーーわーーーーーーー」

私は、大声で父の声を掻き消し、
「お義母さ〜ん、ヤヤちゃ〜ん(義妹の名)、
ダイジョブですか〜」
と、やんわりとせかす。

 私の目線の号令で、長男は、ヤヤちゃんと、
次男は、義母と手をつなぎ、
ややスピードアップを図った。

 さて、中華レストランに到着した。
ここは、ファミリーレストランで、
数年前、31歳児が、食べもしないのに
15〜6品も料理を注文した、例のレストランだ。

「さあ、何食べる〜?」

 母は、紙とボールペンを取り出し、
「ぼくラーメン!」
「ぼくギョーザ!」
という声を、サッサカとメモしていった。
 
 31歳児がまた2つ3つ注文を始めたので、
私は、子供たちに向かって、

「自分が食べられるだけ注文するんだよー」

と、けん制した。

 それでも、31歳児は、数品頼んだ。

父は、自分がビール飲みたさで、
「おいっ、ビール飲むだろ!」
と、夫に言った。

 夫は、昨日から胃痛を起こしていたので、私が、
「今、胃が悪いから」
と、断ると、
「飲めば治るから!」
と、訳わからないことを言う。
 断っても断っても、
いつまでも「飲もうぜ飲もうぜ」と言っているので、
わたしと母が、声を揃えて、
「ひとりで飲め!」
と、言いくだした。

 かくして、料理が次々と運ばれて来たが、
子供たちは、自分の頼んだものをさっさと食べ終わり、
いい加減飽きてきて、落ち着かなくなってきた。
 その頃、やっと大人たちの料理が届き
私は、急いで平らげてしまったが、
それを見た母が、
「お姉ちゃん、足らないんじゃない? ほら、これも食べてよ」
と、自分が頼んで食べきれなかった分を、
すばやく小皿に入れて、私の前に置いた。
 
「もう、お腹いっぱいだよ〜」

 私は、そうは言いながらも、母の指示は絶対なので、
ため息混じりに食べ始める。

と、31歳児・ヤヤちゃんの前に、
どーん、と大皿3品が運ばれてきた。

「いら〜ん」

31歳児は、やっぱりそう言った。

前回の「ヤヤちゃん16品いら〜ん事件」で、
私が激怒していたのを知っている夫は、
真っ青になり、
「あっ! はいはいはいはい! 
俺食べるから俺食べるから俺食べるからーーー!」
と、ものすごい勢いで皿をくわえて、
料理をぐわしぐわしと掻き込んだ。

(胃が痛いんだろ!)

私が、横目でチラッと見ると、

「う、う、う、うま、うまいね、ははははは!」

と、血の気の失せた顔で笑う。

(ヤヤに殺されるぞ!)
 私が、目で語ると、
(ぼくは、死にまっしぇ〜〜ん!)
と、夫は、潤んだ瞳でこちらを見る。

そこへ、大きな声で一言、

「自分で頼んだのに食わない馬鹿は、いねえだろうなあ!」

と、父の声。 
 
嗚呼っ!
しーーーーーーーーーーーーん!

「ご、ご、ご、ごめーんちゃい!」

私は、とっさに立ち上がって小躍りした。
何だか知らないけれど、そういうことにしといてや、
という一同のホッとした笑い声が起こった。

 あぶねえ、あぶねえ! あぶねえなあ、おい!

60歳児、言いたい時に、言いたいことを言う。
それが子供。それが「児」たるゆえん!

31歳児、食べたいから食べたいと言い、
食べたくなくなったから、食べたくない、と言う。
それが子供。「児」たるゆえん!

31歳児の前には、「あんかけチャーハン」が一皿、
どうしても残ってしまった。

「お父さん、食べて〜」

お義母さんが、甘えた声で父に言い、
小皿に取り分けたあんかけチャーハンを、
私に渡し、中継させようとした。
私が小皿を受取って、それを父に渡そうとすると、父は、

「気持ちわりぃ! そんなもな、いらねえ!」

と、野太い声でズドンと言う。

「いやいやいやいや、美味しいよ、結構」

私が言うと、父は小皿を決して受取らず、
顔だけ寄せて、くんくんと匂いを嗅ぎ、

「くせえっ!」

と、店中に響く声で言う。
「児」以外の大人たちは、
みんな青い顔であんかけチャーハンを口に運んでいたが、
その手が一斉にピタッ、と止まった。

 私は、手に持った小皿を宙で躍らせながら、

「臭くは、な〜い♪ 臭いなんてことは、な〜〜〜い♪」

と、オペラのように歌った。

 実際、臭くはなかったが、
父は、嫌いなものはみな、「くせえ」と言うのだ。

もう、私は、一刻も早く帰りたかった。
大人6人、子供4人の、おかしな集団の、
自分も一構成員でいることが辛かった。

 さあ、やっと全ての皿が空きそうだ、
子供たちのじっとしていられるのも、これが限界、
という時、31歳児は、言った。

「イチゴ杏仁食べる〜」

すると、義母は、小さく鋭い声で私に、
「リカさんも食べるわよねっ!」
と、言う。

「はい。いただきます・・・・・・」

私は、店員にイチゴ杏仁をふたつ注文し、
「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
と、首の骨が折れるほど、しなだれていると、店員が、
「イチゴ杏仁ふたつ、お待たせしました〜」
と、テーブルに運んできた。

「まだ食う馬鹿がいるのか!」

と、父の声。

「ごっごっごっ、ごっめーーーーーん!」

私は、またも立ち上がり、大げさにお辞儀をした。

 私は、胃から食べ物が逆流しそうになりながらも、
カカカーッ、とイチゴ杏仁を掻き込むと、
むむ〜ん、と甘ったるい物体がもりもりと口の中に充満した。

 その時だ!

「イチゴスッパ〜〜〜イ! いら〜ん」

31歳児、イチゴ杏仁の皿を思いっきり自分から遠ざけながら、
言い放った。

はあっ????????
マジでっ???????

 ごぼっ!

精神的な圧が胃にかかり
内容物が、私の食道を上がったり下がったりした。

「残せばいいじ! 払いは、あっちやし」

義母が、ヤヤに耳打ちする声が聞こえた。

私は、食道内で、スイーッチョン、スイーッチョン、
と上下している食物をグイイッ、と胃の腑に収めてから、
31歳児の顔を真正面から見て言った。

「酸っぱくない。食べなよ。
それからね、甘いものばかり食べてるから、
食事が入らないんだよ。糖分の摂り過ぎは、良くない!」

一同、しん、とした。
しばらく、しん、としていた。

そして、沈黙を破ったのは、義母だった。

「私が食べるし、それでいいわいね」

一同、しん、としたままだった。
しん、としていたが、それでいいんだ、と、私は思っていた。

んが!

やっぱりヤツは、一言添えてしまうのだった。

「どうしょうもねえなあ!」

父の声は、ひときわ大きかった。

「あんたも、どうしようもないわ!」

 私は、父にも突っ込んでしまった。

 みんな、そう思ってるよ。
思っているけど、言えないよ。
言ってしまったら、終わってしまうもんね。
 でも、やっぱり、あんたは、それを言ってしまうのだねえ。
60歳児だもんねえ。
60年間、大人にならずに、
「児」を通してきたのだものねえ・・・・・・。

しん、としていた。
その沈黙を破るように、31歳児の声が聞こえた。

「次は、中華饅頭、食べていいけ?」

 一同ずっこけた。

もう、知らん。
もう、知らん。
もうもうもうもう、もう知らん。

                        (おわり)



2001.12.27.あかじそ作