エピソード  「おにぎり関係――side B――」の巻


 結婚10年目。
今朝も怒鳴られた。昨日もおとといも、怒声を背に受けて出勤した。
 妻の、たいていの要求は呑んできた。
だが、しかし、妻の基準に、俺はとうてい及んでいないらしい。
 妻の言うことは、いちいちごもっともで、筋が通っている。
だから言い返せない。なるほどなあ、と、思っているうちに、
「何黙ってるのよ、何とか言いなさいよ」
と言われる。
 「はい、そうですね」
と、言うと、
「なめとんのか」
と、また、更に怒らせてしまう。
 そして、恐ろしいほどのスピードで、凄まじいほどの数の言葉を浴びせられ、
うわわわわ、と慌てているうちに、
「だーかーらー、何とか言いなさいってのよっ!!」
と、言われる。
 「ごめんなさい」
と、とりあえずツナギの言葉を吐くと、
「何でもかんでも、謝って済まそうとしやがって!!」
と、みるみる髪が逆立ってくるのがわかる。
 いや、ちょっと待て。ごめん、の先には、俺の言い分が・・・・・・。
そう思っているそばから、どんどん次の攻撃が始まっている。
 こうなると、もう、俺にはお手上げである。
言葉の一つ一つも、聞き取れなくなってくる。
言葉のポップコーン状態である。
熱いコーンが、ひっきりなしに俺めがけてパンパカパンパカ飛んでくる。
 うっ、熱い、痛い、熱い、痛い!!
と、思っているうちに出勤の時間になって、そーっと、
「時間なので・・・・・・行ってきます・・・・・・」
と、その場を立ち去る。
チャリンコにまたがって家を後にしながら、バッタ―ン、と、思いきりドアを閉める
音が聞こえる。
―――やばい、かなりキテいる。

 一体、やつは何をそんなに怒っていたのか。
そう言えば、おにぎりがどうとか言っていた。

 やつの料理は、大きく2つに分類される。
物凄く考えに考え、練りに練った、計画的な、大掛かりな料理。
もうひとつは、思いつきでパパッと作った、ひらめき料理。

前者は、たいてい美味くなく、子供も食べない。
後者は、美味い! 好き嫌いの多い子供たちも、競って食べる。

妻は、そのことがどうしても合点がいかないらしく、
「一生懸命作っているのに!!!」
と、怒り狂い、適当に作った物が好評なのには、
「なんでよー」
と、首をかしげる。

 妻は気づいていないのだ。
やつが頭で考えて、「一生懸命」やったことは、力が入りすぎていて、
人には受け入れられにくい事を。
そして、無意識にやっていることが、いかに人を喜ばせ、癒しているのか、ということを。
 俺は、気の利いたセリフや、生きる糧となるような、ありがたい教訓も吐けない。
 帰ったら、その意味を込めて、おにぎりの一つも握ってやろう。
そして、積もり積もった魔人様の怒りを鎮めよう。

 仕事で、今日も帰りが遅くなったが、妻は、ひとりで淋しそうに深夜映画を見ていた。
おにぎりを握って、とりあえず、魔人にお供えし、素早くその場を立ち退いた。

 怒るか? 怒られるのか?!

魔人は、静かに供え物を口にし、「うまい」と言った。

「よっしゃ!!」
 
俺は金沢で生まれ育った。
しかし、なぜか、関西弁でガッツポーズが出た。

結婚10年目。まだまだやっぱり続いてしまうんだろうなあ、と、嬉しいような、情けないような、
太い太いため息をつきつつ、つづく。
つづいていってしまう。


                              (つづく)