くいしんぼさん NO.81000 キリ番特典 お題「ダンナ」
「 あかの他人 」

 妻は、ある晩夢を見た。

 作務衣を着て、焼き鳥を片手に持った神様が
妻に向かってこう言うのだ。

 「奥さん、夫婦は所詮あかの他人なんだわ」
 「ダンナは奥さんの父親でもなけりゃ、奥さんはダンナの母親でもないんだな」
 「それだけ覚えておきな」

 妻は、早朝4時にハタと目が覚めて、
目覚まし時計が鳴るまでの間、考えた。

 そうか。
 ダンナは、自分の父親でもなければ、
自分はダンナの母親でもない。
 ただのあかの他人同士だ。
 「そんな冷たい考え方って」と言う人もいるかもしれないが、
だって実際そうではないか。

 長年連れ添ううちに、お互い知らず知らずのうちに
妻は夫から「夫の稼いだ金」を受け取ることを当然だと思い、
夫は妻に衣食住の世話をしてもらうのを当然だと思っている。
 それをいかにも役割分担かのように思い込んでいるが、
実は、これは単なる相互依存に他ならないのではないか?

 これが夫婦の契りを交わしていない、
ただの二人の共同生活者だとしたら、
一方がもう一方の金を搾取し、
また、一方がもう一方の世話を全面的にしているというのは、
何だか異常なことではないか?

 ひとりとひとりの大人の関係として、
こういう寄り掛かりの関係は、いかがなものか?

 ましてや、結婚した相手の親兄弟の世話だ何だということになると、
義理や人情だけではやっていられない問題になる。

 かと言って、二人で家事育児をやり、
二人で仕事をし、二人で介護をして、
と、いつもいつも夫婦二人でまったく同じ行動をとれるほど、
現実は恵まれた環境にないのが実情だ。
 
 夫が外で働いて主な稼ぎ手になり、
妻が小さい子供の世話に負われているのが現状、
という家が多いのではないか?

 しかし、問題は、その便宜上の役割分担が、
いつの間にか
「夫が外で稼いでくるのが当然」
「妻が家事育児をやるのが当然」
という義務になり、義務を怠る相手を責め立てる、
ということが起こってくる。

 相手の、自分に向けたありえないほどの慈善的行為を、
「義務」だと思い込むものだから、
そのありがたみをすっかり忘れて文句ばかりを並び立てる。
 
 「そっちはどう?」
 「がんばってるね、無理しないようにね」

 家庭という共同事業の中で、
そう言って当然お互い励まし合うべきところを、

 「こっちはこんなにがんばってるのに、あんたは一体何なんだ!」

というセリフが出てしまう。

 初めは、相手を想って慈善的な気持ちでがんばっていたものが、
「何だよ、この義務感、たまったもんじゃねえよ!」
と、同じ事をしていても、頭にくるようになる。

 「なんでオメエみたいなヤツのために
このオイラがこんなにキツイ思いをしなきゃなんないんだよ!」

となって、それが積もり積もって夫婦はギクシャクしてしまう。

 愛し合って一緒になった者同士が、
こういう思い違いでバラバラになってしまうのは、非常につまらない。
 どこで間違えたかと言うと、
「夫婦は、助け合うべきもの」つまり「依存しあうもの」
という間違った解釈からくるのだ。
 助け合ってもいいが、甘えあってはいけない。
 だってお互い所詮は他人同士なのだから。

 目の前に居る見慣れた相手は、
見慣れてはいるけれど、肉親ではなく、
まったくの「あかの他人」なのだ。

 この「あかの他人」とうまくやっていくためには、
一緒にいる間は、ずっとずっと、
相手を「あかの他人」だと、ちゃんと覚えておくことだ。

 がんばって、身を粉にして働き、
私や子供たちに稼ぎを提供してくれる、
このありがたき「あかの他人」!
 ありがとう! あかの他人!

 自分や自分の子供たちを、親たちを、
何と、無給で24時間365日、ずっと世話してくれる、
このありがたき「あかの他人」!
 ありがとう! あかの他人!

 そうしっかり自覚してこそ、
心から相手に対して感謝と慈しみの気持ちが湧いて出て、
夫婦としての愛や絆が育っていくのではないか?

 そこから初めて
「あなた、私も働くわ」
「おれがウンチのついたオムツを替えるよ」
ということばが自然に出てくるものではないか?

 相手にギャーギャー言われて手伝う仕事は、
義務感の上にも義務感がギチギチに乗っかっていて、
ちっとも相手をねぎらう気持ちにはなれないのではないか?

 思い出そう。
 結婚相手が「あかの他人」だという歴然とした事実を。
 それが、真の夫婦として添い遂げられる、
唯一の「気の持ちよう」ではないか?

 妻は、明るい気持ちで飛び起きて、
けたたましく鳴リ出した目覚ましを止めた。

 子供の向こうの向こうに寝ている、
ヒゲ面の汚いおっさんに久しぶりに愛情を感じつつ
にっこりと微笑んで起き上がり、
ドカスカと彼をまたいで居間に行った。

 妻の人生が、大転換を迎えた記念すべき朝であった。



 おいおいおいおい。
 すごい啓示を受けちまったよ、妻!
 そのことに気づいているのか、こきたない寝姿の夫よ!

 変わるよ。
 何かが変わり始めたよ、この夫婦。
 どうなる?
 どうなっていく?

 明るい展望を期待させつつ、つづく。

 キラキラしながら、つづく!


         (つづく)

(夫婦百態)2005.6.14.あかじそ作