「 39歳のチャレンジ 5 」

 子供たち4人の入学や進級に伴う学校行事が立て込んでいて、
気がついたらもう妊娠6ヶ月になっていた。
 高齢妊婦であるにも関わらず、
10キロの米をふた袋も担ぎ、
でこぼこ道をチャリンコで滑走し、
子を追いかけて全速力で駆け出し、
カチカチになった腹を「いててて」と
さすりながら長時間の炊事をし、
狭いトイレの中、4人の男児のぶちまけたオシッコを
一日5回は這いつくばって雑巾で拭いている。

 24時間のうち、23時間半は、
妊婦の自覚が無いまま過ごし、
残りの30分は、自分を戒める意味でも
妊婦雑誌などを読んで過ごしている。
そこで私は、嫌がおうにも気づいてしまった。
 若い妊婦さんたちとの決定的なジェネレーションギャップに。

 そもそも、慣れに慣れている妊娠生活でありながら、
なぜわざわざ新米妊婦向けの雑誌などを毎月読むのか、というと、
理由があった。

 「やった〜、待ちに待った妊娠だ!」
と、大喜びした3ヶ月前、
誰かと妊娠生活について語り合いたいと思ったものの、
同年代の友人たちは、
みな一様に子供を全員就学させ終え、
PTA活動や再就職、
友だちとのランチめぐりや趣味やボランティアなど、
自分の世界に輝かしく羽ばたいていて、
妊娠なんてものは、まったく過去のこととなっている人ばかりだった。

 とは言っても、誰かに気づかれたら
「実は5人目ができて」
と告白するつもりだったのに、、
幼稚園の先生たちも、近所の奥さんたちも、
「ん?」
と、私の腹を「二度見」するものの、
(ただの中年太りだったらやばいから聞けない)
という顔をして目をそらし、
まったく誰もでかい腹について突っ込んでくれないので、
結果、誰にも報告できない状態が続いている。

 こうなると、生まれるまで隠しおおせて、
ある日いきなりアカンボを抱いて登場し、
「何その赤ちゃん?」
と聞かれたときに
「あ、これ孫孫!」
という冗談を言ってのけたいという、
ちょっとしたいたずら心がむくむくと芽生え、
誰にも気づかれずに過ごすということに
命がけになっている自分がいるのだった。

 出かけるときには必ず、
割烹着を引っ掛けたり、
ふわふわのチュニックとボレロを羽織ったり、
男物のシャツをオーバーシャツでざっくり着たりして、
でかい腹を隠す。
 どうしてもお腹が目だってしまうときは、
帽子を目深にかぶって、誰だかわからないようにしている。

 何だか、妊娠生活にしては、何かが違う、
変なスリルと喜びを感じ始めている気がする。

 妊娠5ヶ月になったら
「子供は3人までや! それ以上は許さん!」
と言い放った義母にも、
勇気を振り絞って妊娠を告白するつもりだったが、
妊婦特有の情緒不安定に苦しんでいる間に
ズルズルと時間だけが過ぎて行き、
もはや6ヶ月になってしまった。

 ここまで伸びてしまうと、
今度は、告白したときに、
「何で今まで隠していたんや!」
と怒られてしまいそうで、ますます言えなくなってくる。

 ええい、こうなったら、本当に事後報告にしようか、
いや、ある日突然、「また生まれました」なんて言ったら、
ショックでまた脳出血を起こされてしまう。
 人殺しはしたくないので、それも避けたい。

 ああ、迷う。
 迷う間にどんどん腹の子供は、大きくなっていくし、
どうする、どうなる?

 しかし、なんだ、これ?
 まるで彼氏の子供を妊娠して、
誰にも言えずに悩んでいる女子高生みたいじゃないか?
 ここまできて何を青臭い悩みを抱えているのだ。
 人から見たら、4人も5人も一緒じゃないか?

 こうやってひとりでもやもやしていてもしょうがない。
 私は、14年前、長男を妊娠したときにたっぷり買い込んだ
「妊娠百科」「安産百科」「安産体重管理」
などを押入れから掘り出してきて、パラパラとページを繰ってみた。

 で、唖然としたのだ。

 何?
 このノリ!
 古!
 昔クサッ!

 登場する妊婦たちは、みな「聖子ちゃんカット」だし、
「ヒッヒッフー」のラマーズ法全盛期で、
とにかく呼吸法の練習をバリバリ推し進めている。

 「体重は7キロまでしか増やすな」
 「妊婦は、カルシウムを余分に採れ」

 と、この書物には、しっかり書かれているが、
最近の研究結果では、
「妊娠中の無理なダイエットが、低体重児の発生率を高める」
とか、
「妊娠中は、カルシウムを多く採ってもあまり効果なし」
とか、
「カルシウムなんていいから葉酸を採れ」
とかいうことになっている。

 私は、この本を読んで4人を産んだため、
バカみたいにカルシウム摂取に命がけだったし、
バカみたいに苦しいダイエット妊婦だった。

 ツワリは、いつも重く、悪阻になって点滴必須だったが、
最近の研究の結果から、
サプリメントでもいいから、ビタミンB6やB12を適正に採れば、
ツワリは軽く済む、というではないか?

 「早く言えよ!」
と心の中で叫びつつ、今回の妊娠では、ごく初期の頃から
葉酸を含むビタミンB群の補助食品を採っていた。
 それなりに苦しみはしたが、
今までとは比べ物にならないくらい、ツワリは楽だった。

 私は、
「最新の情報を仕入れなければいかん」
と、強く思った。
 で、「今さらながら」だが、
妊婦雑誌を講読する運びとなったのだった。

 で、びっくりした。

 一回り以上年下の若いママたちが、
こんな感じのノリで生活していたのか、と思い知らされ、
明らかに自分の世代とは違う人種が相手の雑誌だと感じた。

 とにかくびっくりしたのは、
雑誌の雰囲気がまるで少女雑誌で、
固い話題の時でさえ、「小5時代」止まりなのだ。

 「これ、子供が読むの?」
と見まがうほどの幼いノリで、
14年前の説教臭いマニュアル本との違いに困惑しまくった。

 「あなたの胎児ちゃんの胎児名は?」
なんていう特集記事には、
タイトルからして、もう入っていけず、
「『胎児ちゃん』って?! 『胎児名』って何?!」
と、紙に向かって叫んでしまった。

 確かに「お腹の赤ちゃん」と書くより
「胎児」と書く方が、
編集の立場から見れば字数が減らせるが、
「胎児は・・・」と呼ぶのも生々しいと思った結果、
「胎児ちゃん」なのだろう。
 でもやっぱり、なんか変じゃないか?

 「どんな胎児名で呼びかけていますか?」
って、いうけど、
「呼びかけるのにいちいち名前付けなくちゃいけないのかよ!」
と思うのは、私の人間性に問題ありなのだろうか?
 だいたい『胎児名』っていう固有名詞が何だかイヤだ。

 「『プレパパ』は、毎日『胎児ちゃん』に
どんな『胎児名』で呼びかけていますか〜?」

なんていう一文は、いちいち一単語ごとに
「ハアッ?」
と顔をしかめてしまい、特集がスイスイと読めない。

 この「プレ・・・」という言い方も、
昔は流通していなかった。

 黙って聞いてりゃあ、
「プレママ」「プレパパ」だけにおさまらず、
「プレババチャマ」「プレジジチャマ」なんてのが
なんの注釈もト書きもなく、ポンポン出てくる。

 「プレ」にもほどがあるぞ、このヤロウ!
 「可愛さ」とか「いい雰囲気」とかは、もういいから、
もっとリアルな実情を報道したまえ、
プロのマスコミュニケーションならばよう!!

 チラリと育児雑誌も立ち読みしたところ、
我々が
「1歳前に断乳すること!」
「なるべく母乳で!」
「2歳までにオムツ外しを完了せよ!」
と、ビシビシ仕込まれたことが、
「『卒乳』の時期は、ベビーが決めるじょ!」
「お乳は、母乳でなくても全然OK!」
「『オムツはずれ』は、自然にまかせるのだ♪」
と、若いママたちに物凄く気を使った表現で載っていた。

 ああ・・・・・・
 時代は変わったのだ!

 マニュアル育児世代の我々は、
ある意味、融通の利かない
失敗育児世代なのかもしれないが、
今の「子供よりもママにおべっか」というノリの育児推進法は、
どんな結果を生むのだろうか?

 それは、またひと世代進まないと
結果はわからないのかもしれない。

 それにしても、前の世代の育児法からも落ちこぼれ、
今の世代からもはみ出した私は、一体どうなるのだろうか?

 私は、今度もまた、
助産婦も誰もやれとは言っていないのに、
ひとりで条件反射的に
完璧なラマーズ呼吸法をしてしまうのだろうな・・・・・・

 怖いほどお腹が張っていても、
「ご不浄を掃除すると可愛い子が生まれる」
という言い伝えとは関係なく、
産前産後の非常事態の中でも、
ションベンまみれのトイレの床に這いつくばって
猛烈なアンモニア液を拭きとっているのだろうな・・・・・・

 おととい39歳になったチャレンジャーは、
日常のわさわさにすっかりまみれて、
妊娠していることすら忘れて、
今日も妊婦生活を送り続けている。
 さて、無事に産めるのか?



       (つづく)


(子だくさん)2005.6.21.あかじそ作