「 救急な日常 」

 また救急車を出動させてしまった。
 3連休の初日、夕方の5時のことだった。
 暑くてだるくて、ごろごろ横になりながら、
「あ〜、もういい加減ご飯作り始めなければよ〜う」
と、伸びをしていたら、二階の子供部屋から
「ダダ〜〜〜〜〜ン!」
と物凄い音が聞こえた。

 少し後に、三男の
「んぎゃ〜〜〜!」
という泣き声。

 (ああ、また兄弟喧嘩ね)
と、思いながらのんきに起き上がると、
2階から降りてきた四男が、
「イクミがベッドから落ちて頭割れた!」
と言った。

 (またかよ〜〜〜!)

 猛暑、週末、夕方。
 四男が家の中で転んで頭を切ったのも、
ちょうど去年の今頃、こんなシチュエーションだった。

 2階に上がって見てみると、
床で倒れて泣いている小3の三男の頭を、
中1の長男が手で押さえている。
 「どれ見せてみ」
と言うと、長男が傷口から手を離し、
自分の手のひらについた血を見て悲鳴をあげた。

 髪の毛を分けていき、傷を見てみると、
頭の皮が3センチくらいパッカリ割れている。

 「こりゃ縫合だわ!」

 去年の経験から、今回は慌てず騒がず落ち着いて、
救急セットの中から清浄綿を取り出し、血を拭き取った。
 次に新しい脱脂綿を当て、きれいなタオルをその上から当てて、
次男に言った。

 「じいに電話して」

 家に置いていく子供たちと一緒に居てもらおうと、父に連絡し、
さらに、119に電話して休日の夜に診察している医者を聞くことにした。

 119に電話すると、
「休日の夜だし、自分で探すのは難しいけど、どうする?
 救急車だそうか?」
と、言われた。
 おっと、この声は・・・・・・。

 以前ヤクルトに勤めていて、消防署に出入りしていたのだが、
その頃毎日いろいろ買ってくれていた人だ。

 しかし、相手は仕事中で、
素敵な美声でハキハキ応対してくるので、
(恐妻家で小遣いが月5000円なのも知っているが)
ここはひとつしらばっくれて、私のほうも一通報者に徹することにした。

 「じゃ、お願いします」

 電話を切ってから、私はすかさず洗面所に行った。
 自分の身なりを整えるためだ。
 去年、いつもはしない晩酌を、たまたましているときに、
四男が怪我をして救急車を呼んだことがあった。
 そのとき、母親の私がプンプン酒臭く、髪を振り乱していたため、
救急隊員や医者に虐待を疑われ、
あやうく警察に通報されるところだったのだ。

 二度と同じ過ちを犯すまい。

 私は、三男の意識がはっきりしているのを確認した後、
髪をとかし、後れ毛をしっかりピンで留め、
妊娠7ヶ月のデカ腹に、クマさんのエプロンを巻き付けた。

 よし、これでどう見ても家庭的なお母さんだ。

 三男を玄関まで歩かせ、救急車に乗せた。 
 救急隊員は、これまた顔見知りのおじさんだった。
 いつもタフマンを買ってくれていた優しい人だ。
 おじさんは、私の顔を見て
(あれ? ヤクルトさん?)
という顔をしたが、こっぱずかしいのでこれまたすっとぼけ、
神妙に「すみません、よろしくおねがいします」と、
しおらしい母親然として言った。

 (ヤッバイ、
前にヤクルト配達中に車に轢かれて運ばれたときも
この人だったよ!
 またあんたかい、って言われちゃうよ)

 もちろん子供の心配もしつつ、
何度も救急車を呼ぶことを怒られるのではないかと
内心ビクビクしていた。

 幸い叱られることは、なかった。
 子供は、血圧や脈拍を測られ、
意識の確認のためにひっきりなしに話しかけられた。
 気持ち悪くないか、首は痛くないか、
意識ははっきりしているか、
状況を確認した後、怪我の手当てを受けた。

 その間、運転手が受け入れ先の病院を電話で探し、
発車したのは、乗車から10分は経っていた。
 近所の奥さんたちは集まってくるし、
道のあちこちには、井戸端会議の輪がいくつもできあがっている。

 救急車の曇りガラスの隙間から、
3軒先の奥さんが私の顔をのぞいているのに気がついた。
 私は反射的に頭を下げ、身を隠した。

 (またあの家救急車両呼んでるし〜)

 そんな声が聞こえそうだった。

 (虐待じゃないよ〜!)
 (「子だくさん」=「金髪アバズレ母」=「日常的な虐待」じゃないんだよ〜!)

 普段着せられている濡れ衣の数だけ言いたいこともあるのだが、
まあ、今はともかく、子供の治療や検査の方が大事なのだ。

 なにせ、三男は、人一倍頭がでかいくせに、
ふざけて2段ベッドの上から上半身をブラブラさせて、
頭から固い床に落っこちたというではないか。
 頭の皮が割れて縫合だけで済めばいいが、
脳内出血や頭蓋骨骨折をしていないか、
ちゃんと検査してもらわなければならない。

 前回、四男が同じような怪我をしたときには、
縫合中に意識が朦朧として、
医者も私も大いにあせったのだが、
結局、眠いだけだったようで、脳内は無事だった。
 虐待を疑われ、医者に激しく非難されたのは、かなりつらかったが、
今回はどうなるのか?

 さて、ここで問題。

 「人間、見た目より内面だよ」
 よくそう言われるけれど、それは本当のことなのか?

 答えは、ブブ〜!

 見た目もかなり大事なのだった。

 前回は、酒臭くて首のビロビロに伸びたTシャツとボロい短パン、
未処理のすね毛がボーボーで、髪はザンバラだった。
 しかし、実際は、可愛い可愛い末っ子の突然の怪我に、
必死に対応する、ケナゲな一母親だったのだ。
 しかし、そんな見た目だと虐待母と見なされる。

 今回は、どう見ても家庭的なお母さん。
 子供の怪我を冷静に判断し、身なりを整える余裕もある、
冷たいほどに「慣れっこ母」。
 しかし、そういう人には、みんなは、同情的で優しい態度。

 こんなことって、あるのだ、実際。

 結局、医者では、物凄く優遇され、
レントゲンやCTスキャンなど、頭から肩から首から、
あちこち丁寧に調べてもらった挙げ句、
ホチキス縫合5針と消毒をされ、
優しい言葉をかけられつつ、帰宅した。

 たいしたことなくてよかったなあ、と思いつつも、
「身なり」の大切さを今さらながら痛感する。

 「キチッとしている感じ」が、どれだけ身を助け、
「だらしない感じ」で、どれだけ損をするか。

 「実際は、どうか」なんて、ほとんどの人は、わからない。
 知ったこっちゃないらしい。

 今まで39年間、「中身さえ良ければ」と信じて、
身なりや髪型を適当に考えていたが、
中身がまともであることをグダグダと説明するのを省くためにも、
普段から少しは身綺麗にしておこうと思った。

 暑くても庭の草むしりをちゃんとやって、
誰も見ていなくても、家の中を片付けておこうと思った。
 自分ではキチッとしていたつもりでも、
きっと、そういう身の回りのだらしなさから、
心の中まで散らかってきていたということもあるかもしれない。

 急に何かあったときにも慌てないように、
普段から身辺も心の中もキチッと整理しておく方がいいな、
と、本当にそう思った。

 整理整頓。
 制服チェック。

 学生時代、先生たちがキーキー言ってたっけ。
 そんなのを、今までずっとバカにしていたけれど、
「そこんとこ、ちゃんとしないと自分が損するよ」
って、先生言ってたよね。
 それって、こういうことだったの?

 20年以上経って、今頃やっと学習したわい。





     (了)

(しその草いきれ)2002.7.19.あかじそ作