「 あ、わたしっすか? 」
                                                     
 先日、もう、完全に自分がおかしくなっているのに気付いた。

 思えば、十数年積もり積もった結婚生活の中の細かいストレスが、
自分の内側の目地という目地に詰まってしまっていたのかもしれない。

 私は、常に頭がぼんやりしていて、
自分の精神状態を把握できていない、
つまり、自己管理できていないため、
「ふと気づいたとき」には、もう、
かなりの末期状態だったりするのである。

 ただでさえ、いつも頭がクリアでないのに、

○三男が反抗期で連日暴れる
○長女があまりにもひどい多動で、ゆっくり食事できない
○モノを減らしているのに、収納しきれないモノがあふれている
○四男が三男の真似をして荒れてきている
○長女がひどいアレルギーな上、異常に小食で母乳しか飲まない
○中2の長男がまったく勉強しない
○子供部屋がゴミ屋敷並に散らかっている
○DIYでリフォームしたいのに、もうひとつアイディアがまとまらない
○自営業の夫が確定申告に必要な書類をまだまとめていない
○3学期に行うPTA学校行事の仕切り役になっていて、
  連日細かい打ち合わせや書類作り、連絡などに追いまくられている
○三男が9月からずっと、毎晩喘息発作を起こす
○疲れて抵抗力が落ち、カンジダ膣炎になりかかっている
○自転車置き場の地面がぬかるんでいるので、早く何とかせねばならない
○四男の上履きが小さくなってきている
○三男の漢字ノートと四男の連絡帳を今日じゅうに買わなければならない

 ・・・・・・などの、こまごましたことから大事なことまでが、
頭の中でごっちゃごちゃになって、ぐるぐる回っちゃっているのである。

 そこへ持ってきて、先週の水曜日には、
「お姉ちゃん、助けて」
と母親からのSOSの電話。

 風邪をこじらせて起き上がれなくなってしまった、とのことなので、
急いでかかりつけの医院に連れて行って、点滴を受けさせる。

 こういうとき、父は、テンで役立たずで、
おろおろするだけでなく、具合の悪い母に向かって
「だから早く医者行け、って言ったのによお!」
と罵声を浴びせるなどして、どうしようもない。

 連日医者に母を連れて行き、
その間、父は、アカンボを見ている。
 しかし、出かける間際、父が
「おれがアカンボの世話できるのは、2時間が限度だからな!」
などと、ふんぞり返って言うので、
「じゃあ自分でバアバの世話できんのか!」
と怒鳴ってやると、静かになりやがった。

 先週長男が中学校から持ってきた風邪で、
アカンボが39度の熱を出し、
ほぼ同時にひどい鼻かぜを引いた私が看病し、
それが治りかけた頃、遊びに来た母に思いっきりうつった。

 母は、風邪をこじらせまくって、ついにダウン。

 風邪を持ってきた張本人の長男は、
持ってくるだけ持ってきて、自分は丸一日で完治。

 更に、三男は、喘息なのに体育が大好きで、
昼間発作が起きないのをいいことに、
学校で連日大暴れして、ちっとも治そうとしない。
 風邪を引いている1月の今も、半袖半ズボン。
 しかし、夜になれば、
毎晩、跳ね起きてしまうくらいの激しい咳で、
薬を飲ませたり吸入をさせようとしても、
反抗して言うこときかないし、
死にそうに呼吸困難になってるし!

 どうすりゃあいいんじゃあ〜!
 わたしゃあ、とことんいやんなっちゃいましたよ!


 忙しい忙しいと言ったって、
「じゃあ、一体あんたは何をしているのいうの?」
と問われれば、
「看病」
とか
「PTA役員の仕事」
とか
「家事」
とか
「育児」
とか、
ものすご〜〜〜くざっくりした内容でしかない。

 ものすご〜〜〜く大量の
ものすご〜〜〜く繊細な作業をして、
ものすご〜〜〜く心を砕いて働きまくっているのに、
どれもこれも一銭も動かないし、
どれもこれも、親として娘として、当たり前のことばかりなのだった。

 こうなると、気分転換するのもめんどくさくなってくる。

 もう、ひとりで、何にも考えず、
じ〜〜〜〜〜〜〜っとしていたくなる。

 しかし、子供が5人と気難しい両親2人と使えない夫1人に囲まれて、
ひとりで静かにいられるわけなどなく、
前の用事も片付いていない上に、
どんどかどんどか、新しい用事をまた、積み上げられていくのであった。

 そのうち、緊張し続けていた交感神経が
ピシッ・・・・・・ピシシシ・・・・・・・
と、妙な音を立てて千切れそうになってきて、
朝の支度の戦争状態の時、ついに、
ブチチチチチチチチチチチチ〜〜〜ッ、とブッチキレテシマウノデアル。

 「名札つけて」
 「靴下履いて」
 「テレビ見てないでご飯食べて」
 「時間割揃えたの?」
 「大事な手紙忘れずに先生に出してよ」
 「お茶碗左手で持ちなさい」
 「喧嘩するな」
 「バカ、背中みたいな急所蹴るな」
 「給食袋付けて」
 「歯磨きしたの?」
 「何でしないの?」
 「していけよ〜!」
 「あ、ゴミ捨てて行って」
 「今日部活何時まで?」
 「あ、アカンボ起きちゃった」
 「オムツ取って」
 「こら手提げ忘れてる!」
 「弟をぶつな!」
 「だから背中を殴るなよ!」
 「お前もやりすぎ!」
 「ほらちょっとオムツ取ってってば」
 「あ、お父さんもう起こさないと」
 「え? 雨? 洗濯物しまわないと」
 「ほら、もう学校行く時間でしょ」
 「あ、布団も干しちゃったんだよ」
 「早くしまわないと」
 「アカンボ誰か見て」
 「あ、学校か」
 「ちょっとお父さんまだ寝てるの?」
 「わかった、わかった、おっぱい先か」
 「ほら、名札忘れてるよ」
 「手提げも〜」
 「靴下履いてないって」
 「雨が〜〜〜」
 「布団と洗濯物が〜〜〜」
 「まだおっぱい飲むか?」
 「お尻気持ち悪いよな」
 「あ〜ウンチしてる」
 「布団〜〜〜」
 「こらまた喧嘩」
 「はい行ってらっしゃ〜い」
 「あ〜おしり拭きが無い〜」
 「ぎゃ〜動くな動くなよ〜」
 「あ〜洗ったばかりのマットが・・・・・・」
 「ああ・・・ああ・・・」

 そういう状況下で、前触れも無く
何かが静かに「ぷ・ち」と切れ、

「てめえ、ウソはつく、歯は磨かねえ、弟はいじめるで、お前にいいところなんてあるのかよ!」

みたいな暴言が、私の口からはみ出てしまうのだった。

 「暴言を吐くまい」
と心に誓いつつも、
もう、容量満タンの私の心のふちから、
勝手にあふれ出てしまうのだ。

 「あ、またやっちまった」
と後悔しても後の祭り。
 言われた本人は、その辺の物を蹴り上げて、
ドカドカと大きな音を立てて玄関を飛び出して行ってしまうのであった。


 あ〜あ。

 息子たちの反抗期は、
母親の私があおっているんじゃないか。
 誰よりも早く、激しく、小2で反抗期を終えた次男(現在小6)が、
今、私の横でため息をつきながら言う。

 「今のは、お母さん悪くな〜い?」
 「そうだね」

 次男にたしなめられてまた反省する。

 「まあ、僕からもフォローしとくけど、後でちゃんと仲直りしなよ」
 「はい」

 「お母さん、慌てないで落ち着いて」
 「はい」

 「じゃあ、行ってくるよ」
 「行ってらっしゃいまし」

 そうか。
 たくさんの用事に追いまくられたり、
些細な感情のもつれをうまく処理できないのは、
すべて私の「処理能力の低さ」からきているのかもしれないな。
 いっぺんにすべてのことを一気にやり遂げなくちゃ、と思い込んでいるから、
何にもできないんだ。
 火事の時、狭い非常口でパニックになった人が押し寄せて、
押し合って誰も出られなくなっちゃうのとおんなじだ。

 それで、いつも何にもできなくて、
疲れて、いやになっちゃって、
いきなり全部投げ出しちゃう。

 体が止まっているのに、
頭は常に「何とかしなくちゃ」とあせっていて、
余計に硬直して動けなくなっている。
 いちいち考えすぎちゃって、
いちいち立ち止まっちゃって、
処理すべき問題を溜め込むから、
どんどん追いつかなくなってしまうのだな。

 もっと、軽いタッチで、
サクサクサクサクやっつけていけば、
ひとつひとつは、何の問題もないことばかりなのに。

 素晴らしいゴールを夢見て固まっているのではなく、
一歩でも半歩でもいいから、
自分の足を、前に出せ、ってことか。

 じゃあ、わたしっすか?
 今までの毎日のしっちゃかめっちゃかの原因は?
 わたしっすね?

 よし、いいだろう。
 まあ、とりあえず、目の前の一歩を踏み出そうよ。
 この手についたウンチを洗うところから始めよう。

                                               

            (了)


(子だくさん)2007.1.30.あかじそ作