「 携帯問題 3 」

 この前の日曜日、ついに中2の長男は、
自分専用の携帯電話を手に入れた。 
 私は、中学生には携帯電話は必要ないと思っていたので、
高校入学が決まるまでは決して買い与えないつもりでいたが、
いろいろあってこういうことになった。

 では、この数週間に何があったのか?


 携帯! 
 携帯!
 携帯!
 携帯!

 長男は口を開けばそれしか言わなくなり、
長男以外にもたくさんの子供を育てている私は、
そういう態度の子供に神経をすり減らされてばかりもいられないので、
「その話は、お父さんと話し合いなさい。お母さんとお父さんは話し合いが出来ているから」
と言って、実質、茶の間での携帯の話をシャットアウトした。

 そうでもしないと、毎日茶の間は、喧嘩喧嘩の繰り返しで、
最終的に長男によって家のどこかしらが破壊され、
母親である私の神経が疲弊し、
他の子供たちの育児や家事に支障がでてくるからだ。

 しかし、目が覚めている間じゅう
「携帯欲しい」「なぜ僕だけ携帯が無いんだ!」
と狂いまくる暴れ猿は、
「携帯携帯携帯携帯」
のお念仏をやめてくれない。

 学校の先生や諸先輩方に相談すると、
「高校からでいい。私も子供とそのことで戦ったが、
結局買わないで通した。それで正解だった」
と言うし、
お友達のお母さんに聞くと、
やはり、携帯を持っていないのはうちの子だけで、
「夜遅くまで塾に行くから心配だし、週末は友達と一日中出かけていて、
連絡をとるために、実質必要だから使っている」
という人が多かった。

 しかし、中には、
「なんだかんだ言って結局メールだダウンロードだ、と、
夢中で遊んでしまって勉強しなくなるし、お金もかなりかかるから、
やめておいた方が絶対いいって!」
というお母さんもいた。

 いろんな人の体験談を聞いて、私は、もう一度考えてみた。


 @私の考え

 ・子供に携帯電話を持たせると、お金もかかるし、勉強をしなくなりそうだ。
 ・どこかに出かけるときは、私の携帯を持たせるので子供専用は必要ない。
 ・悪質なサイトに引っかかったり、トラブルに巻き込まれる可能性がある。
 ・周りの人間がほぼ全員持っているものを自分だけ持っていなかったら、
  私だったら劣等感の芽になるだろうなあ、と思う。
 ・しかし実際、長男が欲しがる気持ちもよくわかる。

 A現状

 ・長男は、今年になってから、「携帯欲しい」ということばかりが
  頭にも心にも充満し、はっきり言って勉強に手がつかない状態。
 ・「携帯買う買わない」の言い争いによって、
  家庭内にバイオレンスが横行し、「話し合い」という雰囲気が無くなった。
 ・長男が「親を脅しつけて携帯を手に入れてやる」という凶暴なモードに入っている。

 ・私は、神経が疲れ果て、夫は「ダメだ」の一点張り、
  子供たちは、アニキを見て「暴れて要求」というノウハウを学習している状況。

 B打開策

○「暴れないで理詰めで親を説得できたら携帯を買ってやる」
 と言い、長男に冷静な話し合いを求める。
 あくまで、親主導で話を進める。

○親→子供 「落ち着いた生活の中で勉強してもらいたい」
 子供→親 「自分用の携帯電話を契約してもらいたい」
   この双方の希望を交換条件にして、一挙に解決するためのルールを作る。

 <親からの条件>
  ・携帯の使用は、外出時以外は、茶の間のみ。自室に持ち込まない。
  ・基本料金と最低限のパケット定額料は支払うが、それを超えた分は自分で払う。

  ・溜まりに溜まった通信教育の教材の課題を、すべて終わらせ、
   今後、届いた課題を溜めたら、その時点で携帯を解約する。
  ・以上の条件以外にも、生活態度が悪い場合は、親の一存で解約する。


 このように考え、夫に相談すると、夫も同じ考えだと言うので、
長男に、「冷静に親を説得したら条件付きで契約をすることを考えてもいい」
と言った。

 すると、長男は、即座に
「あんまり使わないから〜」
とか、
「変なサイトにつながないから〜」
とか、だらだら甘えてくるので、
「そんなんじゃ全然納得できないよ。夢中になったら忘れちゃうと思うよ」
と切り返すと、
「ほら最初から買う気ないんじゃん!」
と、また不機嫌になり、子供部屋にこもって壁を叩く。

 長男は、私と顔を合わせるたびに、
「絶対ちゃんとするから〜」
と甘え、
「ボツ! 出直してきなさい」
と言われるので、またもや不機嫌で悶々とする日々を過ごし、
夫がいるときにも同様のやり取りをして暴れていた。

 しかし、親が迷うのをやめ、方針をきちんと心に決めてからは、
長男に対して夫婦ともにブレの無い意見で、
毅然とした態度を取っているため、
長男も、「ぐずったり暴れても無駄だ」と悟ったらしい。

 学校で友達と相談して
「携帯には、こんな利点がある」
とか
「親の時代とは違い、今の中学生の現状は、こうである」
とかいうレポートを提出してくるようになった。

 その内容は、まだまだ甘ったれたもので、
到底親を説得させられるものではなかったので、
「それじゃあまだダメだな」
と、ニヤニヤしながら「お断り」し、
「でも、暴れて脅して買ってもらおうとする態度からは一歩前進だな」
と言ってやる。

 長男も、(もう一息だ)と感じたらしく、
毎日、学校でたくさんの友人と会議を開いて、
ああでもないこうでもない、と、
ディベートのリハーサルをしているようだった。

 そのうち、
「お金は、基本料金の範囲内におさまるようにします」  
「有料サイトには接続しません」
「子供部屋に持ち込みません」
という、親の希望に沿う条件を自分から言い出してきた。

 「もう一息だけど、毎月基本料金にきちんとおさめるのは現実的じゃないね。
全然使わないお母さんでも時々基本料金を超えるもん。
その辺をもう一回考えてきて」
と言うと、
「よしっ」
と、ガッツポーズをして、ご機嫌で部屋に駆け込んで行った。
 部屋でパンフレットを見ながら料金プランなどを勉強しているようだった。

 そんなこんなで、長男は、激しい口喧嘩や「暴れ」をやめ、
連日、契約を取りにくる営業社員のように、一生懸命に交渉してきた。
 そのうち、携帯に詳しい友人にアドバイスされ、
「au同士ならCメールで1回2、3円だって。主にCメールでやれば安くあがるよ」
「女子はDOCOMOやボーダフォンが多いけど、男子はほとんどがauだったよ」
などという、具体的な内容も出てくると、
こちらも「なるほど!」と、ひざを打つことがたくさんあった。

 長男は、いつもに増して友達とよく話し合い、
友達も親身になって一緒に作戦を練ってくれているようだった。
 みんなで一生懸命に案をいくつもひねり出し、
自分たちが親から言われていることを思い返して、
「こういう条件なら許してもらえるんじゃないか?」
「こういう言い方をすれば、ちゃんと話を聞いてもらえるんじゃないか?」
と、みんなしてひざを突き合わしてディスカッションしているようだった。

 その様子を聞くと、
携帯電話のことを議題にして、
長男をはじめ、その友人たちが、
ちゃんと物事をあらゆる方向から考え、話し合える子供たちなのだとわかる。

 これは、子供を信用してもいいのではないか、という気持ちになってきた。
 よくよく考えてみると、最近の私は、(夫も)
そんなにかたくなに携帯電話を拒絶する気持ちが無くなっている。
 この子なら、ちゃんと節度を持って携帯を使えるんじゃないか、
という信頼感が生まれてきた。

 もう一息だ。

 しかし、こちらが言って欲しい「ちゃんと勉強しますから」が、
なかなか出てこなかった。
 そこで、
「重要なヒントをあげるよ。
 今年は受験だけど、塾も行っていないし、一切勉強しないあんたに、
親として、どうして欲しいと思っているかな?」
と言うと、
「あ!」
と言って、顔を輝かせた。

 机に向かって、すごい勢いで勉強し始め、
山のように溜め込んでいた通信教育の課題を
あっという間に終わらせてしまった。

 どんなに言っても全然勉強しなかった長男だったが、
長男は自分でも豪語するように、
「目の前にご褒美が用意されると異常に頑張れるタイプ」
なのだった。

 何のビジョンも無く、
ご褒美がないと何もしない人間だったら困りものだが、
遠くの国の出来事や、遠い将来のことがピンと来ない、
想像力の無い人間にならないためにも、今ここで、
近いことから遠くのことまで、
徐々に想像を広げていく練習をしなければならない。
 この「欲しい物を手に入れるための過程」が、
想像力を育てる練習問題になったらいいのだが・・・・・・。


 さて、その翌朝、
体調を崩して寝ていた私は、
階下で「ヤッタァ!」という長男の声を聞いて目を覚ました。

 長男は、夫と交渉し、
「通信教育の課題をもれなくきちんとやり抜く」
と言い、
「約束を破ったら携帯を解約してもいい」
と、言ったらしい。

 ヒントをもらったとはいえ、
クイズの答えを見事言い当てた長男に、
「ダメ!」
と言う理由も無くなり、
また、ここまで一生懸命に交渉した過程で、
確実に長男の成長を目の当たりにしたので、
たくさんの条件付きで携帯の契約をしてやることにした。

 アカンボの頃から、
自分の要求をうまく表現できずに、
ひっくり返って暴れることしかできなかった長男に、
「ちゃんと落ち着いて自分の意見を冷静に言うこと」
「暴れずに相手の気持ちを考えて話し合うこと」
と、念を押し、
「それができれば、ちゃんといいことがあるんだよ」
「できなければ、周りの人を傷つけ、自分も孤立するんだよ」
と言い聞かせた。

 その次の日の日曜日、
早速長男は、夫に連れられ、携帯ショップで好みの機種を選んできた。
 アドレスには、これを勝ち取った日付が織り込まれていた。

 さて、しかし、
このまま何もかもうまくいくとも思われない。
 使い方や費用の面で、
次々問題が出てくるに違いない。
 その問題を、親子で冷静に話し合って解決していく練習問題にしていこう。

 もし、あのまま「買わない」の一点張りでいたら、
親の完璧主義やストイックな精神は満足できたかもしれないが、
親子での冷静な交渉や妥協のし合いなどについては、
親子ともども学べなかっただろう。

 だらだらと子供の言いなりになるつもりは無いが、
一切聞く耳持たず、というのも違う気がする。
 親が
「育児する私」
「しつけにいそしむ私」
というものに自己満足するのではなく、
親子で一緒に互いの人生を検討していくようにしたい。

 これは、いつも理路整然とした四角四面の完璧を目指し、
ストイックに子供をマネージメントしようと頑張りまくり、
ことごとく裏目に出てきた私なりの修正案だ。
 もしかしたら、これが私に合うスタイルなのかもしれない。


 とはいえ、「ヒャッホ〜ッ!」と浮かれて携帯生活に入った長男の姿を見ていると、

何やらまた大きなトラブルが待ち構えているような気がしてならない。

 ええい、ドンと来い、トラブル!
 受けて立つぞ、トラブル!

 「携帯問題 4」を書く日も近いぞ!
 きっとね・・・・・・

                         

                   (了)

(子だくさん)2007.3.19.あかじそ作