「 はたらくひと 」



 子供を持ってから17年半経つが、
そのうち、5年間は妊娠中で、12年間は授乳中だった。
 三男が一歳半の頃から1年半働いて、
その後、四男妊娠出産、その後数か月働いたが、
勤めるところ勤めるところ、みんなおかしな職場で、
お勤め恐怖症になり、昨年9月まで専業主婦。
 その間、6年ほど学校の役員を続けて引き受けた。
 そして、去年の10月から、
配達の仕事に就き、今に至る。

 専業主婦とワーキングマザーを繰り返してきたが、
とにかく、働くお母さんは大変で、
働いていないお母さんも、また、大変である、
ということだけはわかった。

 とにかく、今の日本のお母さんは、たいていの場合、
「仕事」プラス「子供の世話」がセットでまかされており、
子供を保育施設に預けるところからが、もう、一仕事だ。

 眠くてぐずる子供たちを、全員支度させ、
自分の支度もしながら、食事もさせ、
なんとかかんとか時間までに保育所などに連れていくことが、
仕事そのものよりも大変だったりする。

 また、専業主婦とて、
昼間、子供と向い合わせに過ごしていると、
一日中子供の要求に攻めまくられて、
憤懣がたまりたまってくる。

 なんにせよ、
子供を育てながら仕事をすること、
子供と向き合い、マンツーマンでがっつり世話することは、
大変だったら、大変なのだ。

 そういう中で、
私は、たくさんの「はたらくひと」に出会い、
いろいろな想いを抱いた。
 自分も働く人の一員として、
他人の「働き方」について、ひそかに注目してきた。

 保険会社でバリバリ男前に働く、やり手セールスレディや、
部下にテキパキと指導しているサラリーマンなど、
きれいなスーツを着た人たちもいたが、
ここ数年は、「オモテ」で働く人たちに対して、
非常に興味を持って見てきた。

 まずは、配達の人、
道路工事の人、ゴミの回収の人、
外回りの営業の人、
電気やガスや水道の、メーターチェックの人、
ヤクルトレディに、清掃の人、
農家の人に、大工さん、
グラウンド整備の人、
高所の配線工事の人、
用水路整備の人に、子供見守り隊の人たち。

 雨の日も風の日も、
寒い日も、暑い日も、
オモテで働く人は、たくさんいるのだ。

 その中で、最近出会った二人の人のことが、
私は、忘れられないでいる。

 ひとりは、真冬の雪の日に、
道路工事をしているそばで、交通整理をしている
若い警備員だ。

 私が、配達の仕事で何度もその道を通るたびに、
毎回、ちんたらちんたらしていて、
ろくに迂回指示を出さない。
 しょっちゅう、
「ちぇっ、さみいなあ!」
と愚痴ったり、
「今日一日中こんなっすか?!」
とか同僚のおじさんにこぼしていた。

 イヤイヤ働かされているのが丸出しのバイトの兄ちゃんで、
文句ばかり言って、ちっとも仕事をしていない。

 おまけに、若い娘さんが通ると、
なぜか自分の警備員姿を恥ずかしがって、
顔をそらしたり、
「なんで 俺がこんなことしなくちゃいけないんだよぉ」
などと言っている。

 はっきり言って、
「ダメダメ労働者」だ。

 現状に文句ばかり言って、
今やるべき目の前の仕事をまともにやらず、
「こんな仕事やってられるか」
「自分はもっと格好のいいスマートな仕事をすべき人間だ」
と思っているらしい。

 自分に与えられた仕事を馬鹿にして、
全然働く意欲を持たないひと。
 見ていて、非常に格好悪く感じた。


 一方、今度は、真夏の炎天下、
またしても配達中の私の前に現れたのは、
やはり、道路工事をフォローする警備員のバイトの若い男性だったが、
この人は、正反対だった。

 メラメラと湯気の立つ熱いアスファルトの道路の上で、
きびきびと走り回り、
「ご協力お願いしま〜す!」
「ありがとうございま〜す!」
「申し訳ありません! 助かりま〜す!」
と、人や車が通るたび、明るく声を掛け、頭を下げている。

 彼の働く姿を見た瞬間、
本当に、一瞬で気分がよくなり、
炎天下で大汗かいて配達していることも忘れるくらいで、
さわやかな風が吹き抜けるようだった。

 同じ仕事内容でも、
働く人によって、こうも違うものか。

 前のちんたらしたお兄さんのときは、
交通整理の仕事自体を勘違いしてしまいそうだった。
 大変で、きつくて、やってられない、
絶対にやりたくない仕事のように感じてしまった。

 ところが、だ。

 今回の、さわやかに一生懸命に働く交通整理のお兄さんを見たとき、
かっこいい仕事だなあ、
まるで地域の安全を守る正義の味方みたいだなあ、と思ってしまった。

 あの正義の味方のお兄さんなら、きっと、
おまわりさんになってもしっかり市民を守ってくれそうだし、
教師になっても、子供たちを熱く指導してくれそうだなあ、と思った。

 どんな仕事に就いても、
彼なら、素晴らしい仕事をしてくれるだろう、と確信した。
 
「どうせバイトだし」
と手を抜くことをせず、
しんどい野外労働でも全力ではたらく姿に、
「はたらくひと」の理想を見た。

 反対に、警備の仕事を恥じながら、ちんたらしていたあんちゃんは、
どんな仕事に就こうが、
いつも文句を言って、本気で働くことはないだろう。
 どんなおしゃれな仕事に就こうが、
かっこ悪くて、チンケな仕事ぶりなんだろう。

 どっちにしても、
人間、働かなければならないのなら、
やはり、さわやかで一生懸命「はたらくひと」でありたい。

 子育てしかり。

 子供を産んだのなら、
「めんどくさい」だの「かったるい」だの言ってないで、
世界を動かすファーストレディばりの意識の高さで
育児の仕事をしようじゃないか。

 世界の安全を守るような正義感で、
子供をしつけようじゃないか。
 ナイチンゲールのような慈悲深さを以て、
子の世話をしようじゃないか。

 今、毎日朝から晩までやっている育児の、
些細でこまごまとした雑事のすべてが、
実は、世界の一分子を構成する重要な任務ではないか。

 「めんどくさい」と言わずに、
ひとつひとつ誠実にできる人は、
きっと世間がかっこいいと評価する仕事も、
きちんとできるはずだ。

 この目の前の小さい雑事の積み重ねを、
「私様が、こんなことできるか!」
と馬鹿にする者は、
世間体のいい、重要そうな仕事もきっと、
ろくにできないだろう。

 本当の意味で、いけてる「はたらくひと」になるために、
今日も私は、
雨に打たれ、お日様に焼きつけられながらも、
頑張って配達し、
家では、大量の家事育児を頑張ることにした。

 はたらくかっこよさは、
職業ではなく、
「はたらくひと」の意識、それ次第なんだから!




       (了)


(こんなヤツがいた!)2009.9.8.あかじそ作