「 ストックを処分せよ! 」

 数年前、新型インフルエンザでパンデミックが起こる、
という、ちょっとしたパニックがあり、
その際、私は、
食糧やらミネラルウォーターやらをしこたま買い込んだ。

 備えあれば憂い無し、で、
そのこと自体は、いいことだったが、
買い込んだことですっかり満足し、
賞味期限の管理をしていなかった。

 昨年、震災の時、
それらのストック食品を全部出してみたら、
ことごとく賞味期限が過ぎていた。

 しかし、貧乏性のため、捨てることなど考えられなかった。
 インスタントラーメンや、レトルト食品や、真空パックの餅など、
「まあ、食べても大丈夫でしょうな」というものは、
少しづつ食べていった。

 まだまだ賞味期限に余裕のある魚の缶詰も多数あったが、
常に小腹の減っている三男が、
おやつ代わりにご飯にぶっかけていつの間にか全部食べてしまった。

 段ボールに十数箱ある水も、賞味期限切れだが、
ふたも開けていないし、飲んでも死にはしないだろう、ということで、
非常用として、一個づつ家族全員の枕元に置いてある。

 ここ数年のうちに、かなり高確率で大地震が起きる、
と言われているのに、
ついに我が家には、食糧のストックがすべて無くなってしまった。

 残ったのは、ふたつのカセットコンロと、カセットボンベ9本、
プラスチックのキャンプ用食器セット、
銀のペラペラのシートで、かぶるとすごく温かい、というもの9枚。

 インフルエンザに効くと言われている麻黄湯も、
先日、長女がインフルエンザに罹患した時、
私が予防的に飲んでしまった。

 さあ、備蓄、無いぞ。

 備蓄が趣味の私なのに、
備蓄、全然だぞ。

 心配は、心配なのだが、しかし、家の中がさっぱり片付いて、
ちょっとすがすがしかったりもしている。

 「その時は、その時じゃん」
という開き直った気持ちにもなる。


 そんな時、私としたことが、シャンプーを切らした。
 日常で使うものは、いつも安売りの時にまとめ買いしておくのに、
ここ一週間ほど、仕事が忙しすぎて、買い物に行けなかったので、
とうとう、今使っているシャンプーも終わってしまっていた。

 無くなるスピードが、思うより早くなった。

 子供たちがそれぞれお年頃になってきて、
(内訳:大学生ひとり、高校生ふたり、中学生ひとり、オシャレ女子小学生ひとり)
今まで買わなくてよかった「制汗スプレー」やら「保湿クリーム」やら
「ニキビ予防用洗顔フォーム」やら「洗顔用泡立てネット」やらを
こまめに仕入れなければならなくなり、
また、シャンプーも、安売りの物だと叱られるようになった。

 「198円のマイナーなシャンプーじゃ、髪がゴワゴワになっちゃうよ!
 ちゃんとテレビのコマーシャルでやってるリッチなヤツにしてよ〜」
などと、短髪の男子高校生たちがのたまうのだ。

 しかも、やつらは、短髪だというのに、
恐ろしく大量にコンディショナーを使いやがる。

 「どんだけ、つやめきたいんだぃ、おまえたちゃ!」
と、文句を言ってやったが、毎朝毎朝、
「前髪が〜〜〜〜〜!」
と叫びながら、各自、ヘアアイロンで直しているのを見ると、
(嗚呼、本当に君らお年頃なのね)
と、ほのぼのとしてしまうのだった。


 まあ、それはそうと、
ともかく、以前と比べて、
シャンプー、リンス、ボディソープなどの消費材が無くなるペースが早い。

 体が各自大きくなっているので、洗濯物もかさばり、
洗濯機を回す回数も、9キロで2〜3回となり、
洗剤や柔軟剤の無くなるスピードも、すさまじく早い。

 ちょっと買い物が滞ると、
すぐに、何かが足りなくなる。

 と、いうわけで、
夜中に突然、シャンプーが無くなり、
子供たちから非難ごうごうとなったので、
仕方なく、旅行用のミニサイズシャンプーリンスセットを出した。

 「これ、使っといて」
と、渡したものの、ぱっと見、かなり古い。

 (ティモテ?・・・・・・これ、20年以上前の試供品かも・・・・・・)

 幸い、家族の誰も湿疹やかゆみを訴えなかったからよかったものの、
「もったいないからとっておこう」も、
20年越しは、ちょっととっておき過ぎだろう。

 ええい、ストック、全部使っちまえ!

 もったいない、もったいない、って、
何でもかんでもしまいこんでおいて、
「いざって時に使おう」って。

 じゃあ、「いざ」っていつよ?

 備蓄も、管理できてこその備蓄なんだよ。

 しまいこんで安心して、金輪際しまいっぱなしじゃあ、
無いのと同じなんだってば。

 とっておいても・・・・・・しまいこんでたら・・・・・・無いのと一緒・・・・・・

 あ!!!
 あああああ〜〜〜!!!


 私・・・・・・
子供たちの小さかった頃の思い出や、
自分の若かったころの楽しい記憶も、
その時その時、その瞬間その瞬間、
思う存分、味わってきていないかもしれない・・・・・・

 必死にその場その場を【しのぐ】ことに一生懸命で、
その時にしか味わえない貴重な幸せや喜びなのに、
【実感すること】を後回しにしてきたかもしれない・・・・・・

 「もったいないから後回し」
 「美味しいものは最後に食べよう」
 「楽しいことは、死ぬ間際に思い出せばいいや」
・・・・・・と。

 しのいだり、やり過ごしたり、やっつけ仕事をしたりして、
この世の幸せまでも、
自分の人生までも、
ストックして、しまいこんで、
まるで、無かった事のように忘れてしまっていた。


 それこそ、もったいないじゃないか。

 幸せなんて、生ものなんだ。
 今の幸せは、今すぐ美味しいうちに味わわなくっちゃ、
すぐに消えて無くなっちゃうんだ。

 食べたら消えちゃうんじゃなくて、
自分の心の中でしっかり栄養になって、
心や体の血肉になるじゃないか。

 とっておいちゃダメ!
 出して、使って!
 味わって!

 今すぐ、
しまいこんでいる思い出や幸せな記憶を
全部目の前に並べて、
片っぱしからお腹いっぱい食べちゃえ食べちゃえ!

 そして、イヤってほど、味わい倒せ!

 ストックを処分せよ!!! 



  (了)


(話の駄菓子屋)2012.5.29.あかじそ作