「 またまた床下浸水 」


 9月14日(土)

 いつも通り、配達の仕事がある。
 土日も、祝日も関係ない。

 しかし、今日は、何かやばい香りがする。
 かさ的には、通常の量に見えるが、数が尋常じゃなかった。

 ペラペラの2枚あるいは3枚合わせの紙を、
ペリペリ開くタイプのシートのお届け物。
 
 それが、いつもの荷物の中に、数百枚混じっている。

 今日、お兄ちゃんたちは、部活でみんな出払ってしまう。
 13時からバイトの次男も、12時40分には、家を出なければならない。

 その時刻までに配達を終えて、
家に帰ってこられるとは、とても思えない。

 小2の長女は、
夏に放送していた怪談番組を見てから、
今までできていた「ひとりのお留守番」ができなくなり、
いまや、ひとりでトイレにも風呂にも入れない。

 「もし、お兄ちゃんがバイトに出かける時間になってもお母さんが帰らなかったら、
ひとりでDVD観ながら待っていられる?」

 と、長女に聞くと、
「ムリ!」
と即答された。

 「【ムリ】ってひとことで済ますのやめなさい。
 『怖いからできない』とか言いな。
 お母さんね、やってみてもいないのに、
全然努力もせずに、すぐに『ムリ』っていうの、大嫌いよ。
 できないなら、じいに来てもらうように頼むから、
怠け者用語使うのだけはやめてね」

 と言うと、

 「わかった。私も怠け者キライ。
 でもお留守番一人じゃ怖いから、じい呼んで」

 と言うので、
「じゃあ、じいに電話するか」
と話していると、中2の四男が、
「僕、昼までには帰れると思うから、大丈夫だよ」
と言う。

 やれやれ、何とかなりそうだ。

 今どきの「イクメン」は、そんなことないとは思うが、
私たちくらいの世代のお父さんの多くは、
子供の預け先など何も気にせずに、
自分のことだけ考えながら仕事に出かけ、
好きな時間に帰ってくる。

 しかし、働くお母さんたちは、いつもいつも、
子供の預け先を見つけ、
必死に頭を下げて子供の世話をお願いし、
約束の時間に子供を迎えに行くために、
これまた仕事先に頭を下げ、必死に帰路を急ぐのだ。

 職場で一生懸命働いた後、
子供の預け先に走り、
泣きわめいたり、ぐっすり寝入る複数の子供たちを汗だくで連れ帰り、
やっと家で一息ついたと思ったら、
夫が帰ってきて、
「何だ、まだ夕飯できてねえのかよ」
とか、
「女のくせに家の事もできねえのか」
とか、言われちゃうのだ。

 我が家は、カカア天下なので、そんな暴言は、一切吐かせないが、
でも、夫の心の中は、
(子供ばっかり可愛がらないで、俺のこともっと気にして)
くらいのことは、思っていると思う。

 まあ〜〜〜、
野生動物の世界じゃあ〜、
オスが子供を殺すこともよくあることだから〜、
子供が泣いていても知らん顔してるとか〜、
メスが子育てに苦労していても無関心とか〜、
そんなのまだマシなのかもしれないけど〜、
でも〜〜〜、
人間のオスは、もうちょっと何とかならねえのかな〜、
って思うのよね〜〜〜!!!

 おっと、失敬。
 心の声がついつい洩れてしまった。

 まあ、ともかく、
オスに何を言っても、全然ダメなのは、よ〜くわかったので、
イライラするだけ無駄!
 とっとと預け先を手配する。

 男なんて、あてにしちゃあ、ダメなのだ。
 男を頼りにしている限り、女に幸せは、絶対、訪れないのだ。

 これ、マジだよ!

 それはそうと、今日も何とか仕事に行ける!


 結局、この日、仕事が終わって帰宅したのは、
午後2時過ぎだった。
 次男がバイトに出かける5〜6分前に、
ギリギリ四男が帰宅して、
何とか長女をひとりぼっちにしないで済んだ。

 ホッ!


 9月15日(日)

 台風が接近してきている。

 今日は、これからどんどん雨が強くなるだろう。
 大雨、洪水警報も出ている。

 しかし、四男は、学校で練習試合があるということで、
暴風雨の中、出かけていった。

 洪水警報が出ているのに、
中学生を低地の中学校に登校させるとは、
どういう了見だよ? 

 と、いぶかしげに思っていたが、
友だちみんなに聞いても、みんな「行く」と言っていたという。

 行きはよいよい、帰りは、洪水だってのに!


 いつの通り、低地にあるわが家の前の道は、絶対に冠水するだろう。
 車は、前の晩に、実家近くに避難させてある。
 心配なのは、この冠水状態の中、自転車で配達できるのか、
ということだった。

 ・・・・・・と、朝イチ、職場からメールが来た。

 「洪水警報も出ているので、本日は、配達中止です」

 「やった〜〜〜〜〜っ!」
と、飛び上がった直後、センターから大量の荷物が届いた。

 駅前担当の人が休みなので、
私は、自分の分と、その人の分も配ることになっていたのだ。

 本日は、配達中止。
 でも、大量の荷物は届く。

 これ、すなわち、
「でも配れよ」ということなのである。

 今は、道路が冠水しているけれど、
水が引いたら、配るんだよ、ということだ。

 単なる臨時休業じゃない。
 先延ばしになっただけで、仕事量が減ったわけではない。

 むしろ、明日、台風上陸時の配達不能時間帯を考え合わせると、
どんどんどんどん、後に仕事が押しているだけの話だ。

 「あ〜あ、結局、仕事が休みになるなんて、そんなことないんだよ!」
 「配達物は、センターに毎日どんどん届くんだから、休めるわけないんだって!」

と、ブーブー言いながら荷物をひとつひとつ仕分けしていると、
雨の音がどんどん激しくなってきた。

 家の前の道路を見ると、思った通り、どんどん水がたまっていき、
ほとんど冠水している。

 これくらいで止まってくれないと・・・・・・

 と思っていたら、あれよあれよ、という間に下水があふれ、
あっという間に床下の通気口から水がどんどん入ってきてしまった。

 「あ〜! また床下浸水キタ〜〜〜!!」

 玄関で、違和感を感じ、
玄関の横の階段に耳を当てると、
あり得ないことに、階段の下から、
サラサラと流れる小川の音が聞こえてくる。

 「はい、お家の下に、お水がドオドオ入ってきてま〜〜〜す!」

 やけくそで叫ぶと、長女が怯えて、

「お家の下が海になっちゃうの?」

と言うので、

「海ならいいけど、沼になるんだよ。
で、水が引いたら、いつまでも乾かないで、
やがて、床下じゅう、カビが生えるの。
 で、台所の換気扇回すと、
床下のカビが家の中にどんどん流れ込んできて、
みんなの喘息が悪くなっちゃうってことなんだよ。
 は〜〜〜あ! ご機嫌だぜ!」

 と、ひっくり返って笑ってやった。


 そうこうしているうちに、玄関チャイムが鳴った。
 四男が、ずぶぬれで立っていた。

 「大丈夫だった? 家の前、50センチくらい水出てたでしょ?!」
と聞くと、
「友だちのお父さんが車で送ってくれた」
と言う。

 「え? でも、車に水入っちゃったら壊れちゃうよ! 大丈夫だった?」
と聞くと、
「今ラインで聞いたら、曲がり角でちょっと停まっちゃったけど、
何とか大丈夫だったらしい」
と言う。

 お友達のパパに悪いことした〜〜〜!!
 パパの車、仕事にも使うのに、壊れたら、どうしよう・・・・・・

 「あ、床の下から、ちょろちょろ音がしてる!」

 四男が叫んだ。

 「この下に、川が流れているのだからね」
と私が言うと、四男は、
「ああ、やっぱり入っちゃったんだ〜」
と、がっかりして言った。


 長女は、ついに、「こわい〜〜〜!」と叫んだ。

 とにかく、この子は、怖がりだ。

 もっと小さい頃は、台所のコンロの火を異常に怖がった。
 (前世は、戦国時代か何かで、城攻めで焼け死んだクチかな?)
と思っていたが、最近は、お化けの他にもいろいろ怖いらしい。

 ちなみに長男は、異常に風船の割れる音に怯えるので、
(前世は、戦国時代に鉄砲で撃たれたクチだな)
と、勝手に私は、思っている。

 子供たちが何かを異常に怖がったり、変な反応を見せるたびに、
すぐに(前世は、戦国時代に・・・・・・)という風に、
勝手にドラマティックに想像して楽しむのが、私の癖である。

 ちなみに、前世の私は、
高貴な身分の若殿で、若くして悲劇的な最期を遂げた、
という設定になっている。

 初めて白髪を見つけた時に「おお、長生きできた!」と嬉しくなったのも、
子供を5人産んだのも、そのためだ、と勝手に思い込んでいる。

 前世に、いくさに巻きこまれて亡くなった子供たち(もちろん戦国時代!)を抱き上げ、
「来世では、必ずや私がお前たちを集め、幸せな子供時代を過ごさせてやろうぞ!」
と叫んだ、というシーンを、勝手に思い出してウルウルしている。

 ちなみに、夫の前世は、
若君である私の乳母で、
「あたしゃあねえ、若がどんなに嫌がろうともねえ、
来世もおそばに仕えて、死ぬまでお世話させてもらいますからねえ」
と、言ったことになっている。

 だから、若君の私が女に生まれ変わることになったので、
あえて男として生まれ、夫となって私に仕えて(?)いるのだ、と。

 だから、私は、兄貴のような女で、
夫は、おばあさんのような男なのだ。

 ・・・・・・という、勝手な想像。


 あれ、何の話だっけ?
 物凄く話がそれた!!

 あ、そうだそうだ、床下浸水!

 「お家の下にお水がいっぱい入ってるなんていやだね〜!」
と言いながら、みんなで台所に行くと、
目の前で床下収納が、
ガッボ〜〜〜ッ、と、30センチくらい浮き上がっていた。

 「はい、床下収納キタ〜〜〜ッ!」
と、私と四男が叫ぶと、
「怖い〜〜〜!!!」
と、また長女が叫んだ。

 私と四男が、交互に床下収納のふたに乗り、
サーフィンをしているような身ぶりをすると、
長女は、またもや叫び、
「プカプカしてる〜〜〜っ!!!」
と大騒ぎした。

 床下収納のふたは、凄い勢いでグイグイ浮かび上がり、
浮いた分だけ床下に水が入り込んでいる、ということを示している。

 ふたの上に重いものを乗せても、全然浮かび上がりは止まらず、
栄養ドリンク50本入りの段ボールを乗せた上に、
四男が座ると、やっといつも通りの位置に沈み込んでくれた。

 午後1時半。

 道路の水がひいたので、私は、決断し、配達を始めた。
 自分のエリアは、1時半から3時まで、
休みの人の分のエリアである駅前は、
3時過ぎから5時半までかかって、
何とか配達を終えられた。

 「無理に配らないで。今、そっちに荷物取りに行くよ」
と、上司から電話が来たけれど、
「水が引いたので、もう配達しちゃいました」
と言うと、
(勝手に無理して事故られても困るな〜)という気持ちと
(うわ〜、助かったよ〜)という気持ちがないまぜになった声で、
「無理は、ダメだよ〜。でも助かったよ〜」
と言っていた。

 夕方まで掛かってしまったけれど、
何とか、今日の分は、今日じゅうに終えられて良かった。

 一寸の虫にも、五分の魂。
 下請けのおばちゃんにも、五分の使命感、なのさ!



 9月16日(火)

 台風上陸。

 でも、本日は、もともと休みだったので、
心静かに自宅待機できるわけだ。

 そういえば、先日は、
一番冠水の水位が高いときに、
次男は、バイトに出かけていった。

 「濡れちゃうから、短パンはいて行って、職場で仕事着に着替えなよ」
と、忠告したのに、
「カッコ悪いからやだよ〜」
などと言って、いつもの仕事着、いつもの靴で出かけた。

 心配で、次男が出かける後姿を見送ったが、
自転車のタイヤは、ほとんど水に浸かっているのに、
普通にペダルを漕いで、大波を立てながら走っていった。

 アイツ、あほか。

 昨日も今日も、
「めんどくせえなあ」
「仕事休んでいい、って言われないかなあ」
と、ブーブー言いながら出かけていったが、
結局、平常通りの仕事をして帰ってきた。

 お前、震災の日もバイトにちゃんと行って、
めちゃめちゃになった店の片づけ頑張ったじゃないかよ〜。

 頑張れよ〜。
 怠け者用語を使う人間にだけは、ならないでよ!

 「ム〜リ〜」とか「後でやる」とか「オレがやるんですかぁ?」
とか、そういう言葉を吐く人間にだけは、ならないでね!

 人間、汗水たらして働いてナンボ。

 本当の意味で休息を楽しみたかったら、
死に物狂いで頑張って働けぃ!

 「あ〜、今日、台風で、ディズニーすいてるのに〜」
なんて言ってんじゃねえぞ〜〜〜!!!


 水浸しになった床下から避難してきたのか、
家の中でアリンコが行列を作っているのを発見。

 ギャ〜〜〜〜〜ッ!!
 ムリ〜〜〜〜〜〜っ!!

 あ、言っちゃった!



 (了)

(しその草いきれ)2013.9.17.あかじそ作