「 父の血母の血 」


 先日、徒歩5分のところにある実家に、用事があって立ち寄った。

 父と母は、いつも激しい口論をしているので、
最近は、私だけでなく、子供たちもあまり寄りつかなくなっている。

 父は、基本的には、明るく、冗談の好きな人だが、
人並外れたわがまま人間なので、
妻や子供たちに威張り散らし、暴力も年中だった。

 基本的には、善人で、面白い人だとは思うが、
気分屋で神経質なので、
家族は、いつも父の顔色を見て、
機嫌が良ければ冗談を言い、からかい、
機嫌が悪ければ気に障らないように気を付けて接していた。

 子供たちが独立し、定年退職して、
夫婦二人暮らしになると、
まるきり母の子供のようになってしまった。

 母のおつかいに走り、
母の言いつけを守るかと思えば、
母に甘え、母をののしり、
まるで3歳児のようなジジイになってしまったのだった。


 一方、母は、明るくて頭がよく、竹を割ったような性格なので、
みんなに頼られ、よく人の世話を焼いて走り回っていた。

 私や弟の学校の役員もしょっちゅう引き受け、
連日、一生懸命なにか動き回っていたし、
酔っ払って給料を一日で使い果たしてくる父親に回し蹴りをしつつも、
一生懸命に働いて家族を養ってもくれていた。

 何でもよく知っていて、よく働いて、
明るくて面白い母の事は、大好きだが、
一方、母にも、困ったところがあった。

 ひとつの事に夢中になると、
他の事がお留守になってしまうことだ。

 フルタイムで呉服屋に勤めている時は、
着物を売りさばくノルマをこなそうと、家庭を一切かえりみなず、
連絡無しで、朝方まで帰らないこともたびたびあった。

 父は、母が深夜になっても帰らないので、機嫌が悪くなり、
私や弟に当たって、殴る蹴るがひどくなった。

 母も、父ほどではないが、
かなりの気分屋で、気性が荒いので、
父と喧嘩するときは、つかみ合いになり、
父を包丁で切りつけたり、巻き舌で怒鳴り付けたり、
もう、男と男の大喧嘩だった。

 ヘビースモーカーの両親に囲まれて、
弟は、いよいよ喘息が重症化したが、
医者に診てもらうことも無く成長し、
弟自身もヘビースモーカーになっている。

 父と母の荒くれ者の部分を受け継いだ弟は、
超行動派の自己中オヤジになった。

 そして、父と母の神経質な部分を受け継いだ私は、
超慎重派のお小言オバサンになった。

 双方、明るい性格は、相変わらずだが、
自分のコントロールの及ばない、
「気分の波」とか、「気性の荒さ」とか、
そういう困ったところまで遺伝してしまって、
辟易している。

 自己中オヤジの弟も、たまに神経性の病気をするし、
慎重派の私も、数年に一度、他人を怒鳴りつけてしまう。

 こんなのは、自分のキャラでは無いはずなのに、
何かのきっかけで、急に自分の殻を内側から破られて、
中の人(真の私?)が身勝手な相手を猛烈に怒鳴りつけているのだ。

 「こんな大人にゃあ、なりたかないね」
と思っていた父や母の姿が、
自分の中から、ふいに飛び出してくる。

 遺伝子が・・・・・・、血が・・・・・・、
脈々と流れるオリジナルキャラクターが・・・・・・、
競馬のスターティングゲートがガシャンと開かれたかのように、
一斉にダダダダダ〜〜〜ッ、と、解放されるのだ!

 気分次第の血が!
 正義の味方の血が!

 怒鳴る!

 他人を!

 怒る!

 わけもわからず!

 荒くれ者が我が肉体を乗っ取るのだ!

 多重人格のように、急に、違うキャラが出てくる!
 出てきまくる!!

 この先、年をとればとるほど、
きっともっともっと、
コントロールできなくなってくるのだろう。

 今まで50年近くかけて、
一生懸命に自分の意思で作り上げてきた温和な人格を、
いとも簡単に、もうひとりのキャラが押しのけてきて、
結局、あの両親のような荒くれ者になっていくのか?! 

 この私は!!

 うお〜〜〜!!

 やばいぞ! やばいぞ、自分!

 すぐ横で、
痴呆の義父と怠惰な義母とのブレンドである夫が、
「怠惰な痴呆」と化してゆくのを、横目で見ながら、
あせっている。私は。



   (了)

話の駄菓子屋 2015.5.26.あかじそ作