「 ネットリ〜温泉 」

 10年以上前、大学の演劇部時代の友人たちと、
日帰り箱根強行ツアーを決行した。

 メンバーは、私と夫を含めた、女性ふたりと男性3人。
 みんな兄弟みたいなノリで、仲良しだった。
 寒風吹きすさぶ中、芦ノ湖で遊覧船に乗ったり、
情緒あふれる街道で、全速力の徒競走をしたり、
沼を見ては走り、地蔵を見ては走り、
店に並ぶ可笑しな土産たちに激しい突っ込みを入れまくり、
とにかく忙しくも楽しい旅だった。

 夜、帰りの電車が来るまでの間、
箱根駅の裏山にある簡易温泉で温まって、
時間を潰そう、ということになった。
 
 入口でペラペラの白いタオルを買って、男女に別れてのれんをくぐる。
 私は、もうひとりの女性とともに女湯の脱衣所に入ったが、
それまでフレンドリーに話していた彼女が、
女湯に入った途端に、むっつりと黙りこくってしまった。

「どした〜?」

 私が彼女に声を掛けると、

「エッ? ううん。べべ別に!」

と、何だか目は泳ぎ、動きも怪しく、あさっての方を向いてしまった。
 
 いつまでたっても彼女が服を脱がないので、
私は、先陣をきってさっさかと脱いだ。
 彼女は、一枚一枚服を脱ぐ私を、
銀縁のめがねの端から、ちら、ちら、と覗いて、
異常にゆっくりと上着を脱ぎ出した。

(このコ、恥ずかしいんだ・・・・・・)

 私も、ちょっと恥ずかしかったが、
そんなことを言っていたら、いつまでたっても風呂に入れないので、
思い切ってビシバシ脱いでいった。
 真冬だったので厚着をしていたが、
いよいよ上半身のTシャツをグワシッ、と脱ぐと、彼女は、
「ハッ!」
と、息だけで悲鳴をあげ、クルッ、と私に背を向けた。

 彼女は・・・・・・まだ上着を脱いだのみである。

 私は、何だかイライラしてきたので、わざと
「どーだー!」
と、言わんばかりに彼女の目の前でパンツを下ろし、
すっぱだかで仁王立ちして、
「入ろうっ!」
と、彼女の肩を叩いた。

 何だか、異常なムードが流れていた。

 薄暗い露天風呂の入口で、すっぱだかの女と、
ぼてぼてに厚着の女が並んで立ち、
いつまでも、ねっっっっっっとり、と、黙っているのだ。

 さすがに私も恥ずかしくなり、
「先に入ってるよ」
と、言い、軽く体を洗ってから、スタタタ、ドボン、と、風呂に入った。

 寒い冬の晩の露天風呂。
 冷え切った体を芯から温める熱い熱い湯。

「うい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

と、ひとりでうなりまくり、散々温まると、
冷たい空気がピンピンしている洗い場に飛び出し、
頭と体をごしごしごしごし洗い、また湯に浸かった。

「うい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 
 最高に気持ちよかった。
 
 ふと、出入り口方面にうごめく影を見つけ、目を凝らすと、
裸の彼女がフェイスタオルを腰に巻き、両手を胸の前でバッテンにして、
入ろうか入るまいか、出たり引っ込んだりしているようだった。

「お〜い、気持ちいいよ〜、おいでよ〜!」

 客は、私と彼女だけだった。

「誰もいないよ〜。泳げるぞ〜」

 私は、顔出し平泳ぎで、すいすいと泳いだ。

 が、一向に彼女は、入ってこない。

 私が、平泳ぎで隅まで泳ぎ、ターンし、向こう向きに泳ぎ出すと、
突然、冷たい空気が頬を、シュヒ〜〜〜〜〜ン、と駆け抜けた。

 振り向くと、彼女がいつの間にか湯に浸かっていた。
あの疾風は、自分の裸を見られまいと、
私が背を向けた隙に素早く湯に駆け込んだ、彼女が起こした風だったのだ。

「ききききききもちいいね」

 そう言う彼女は、夜目にもわかるほど青ざめていて、
とても気持ちよさそうには見えなかった。
 そして何より、私の目を釘付けにしたのは、
湯気で曇りまくった彼女の眼鏡だった。

 真っ暗な露天風呂。
真っ青な顔に、真っ白な眼鏡。
 湯の中でも腰タオルと胸バッテン。
 そして、微動だにせずに、じっとあらぬ方向を見つめ、固まる彼女。

 私は、何だか、彼女がかわいそうになり、
「あ〜、のぼせた〜、お先〜」
と、とっとと出てしまった。

 疲れを取るために入った温泉だったが、
彼女には、拷問だったのかもしれない。
そう言えば、前に、
「共同浴場には入ったことがない」
と、言っていた。
 彼女は、地方出身の社長令嬢なのだった。

 風呂を出て、男性軍と合流した。
 箱根駅のホームで、あんまり空腹だったので、
土産のつもりで買った笹かまぼこを開けて、
みんなでかじりながら電車を待った。

 その時、彼女が、いつも通りの余裕の表情で、

「それにしても、リカちゃん、結構ムネあるじゃん」

と、言ったので、笹かまが、
「んっが、んっんっ」
と、サザエさんのように喉に詰まってしまった。

 おいっ!

 サッパリスッキリするはずだった温泉だが、
何か、ネットリとした後味が残ったのは、なぜなんだ。

 その時、新宿行きの最終電車が、ホームに入ってきた。
 2泊3日で回るようなコースを、日帰りで強行ツーリングした疲れで、
みんな、座席に座ると同時にぐにゃ、と眠ってしまった。 
 
 私ひとり、妙に神経が冴え冴えとしてしまい、
窓の外のローカルな夜景を見ていた。
  
 誰かに肩を揺り動かされて目を覚ますと、新宿駅だった。
 私たち一行は、起こしてくれた車掌に礼をして、
ひと気のなくなった車両から、だらだらとホームに出た。

 ハード&ハード、のち、ネットリの旅は、こうして終わった。


                        (おわり)
  2002.01.19 作:あかじそ