「D51 GG (デゴイチ・ジジイ)」の巻


 子供を、かかりつけの歯医者に連れて行くと、受付窓口に異様な老人がいた。
 「シケモク」を3本、束にして口にくわえ、モウモウと濃い煙を吐きながら、
若い受付の娘さんにからんでいた。
 ガラスの小さい窓口に、首を突っ込んで、入れ歯をカタカタさせながら、
"D51"よろしく、シュッポポ息まいていた。

「だからよぉぉぉ、何度も言っちゃうけんどもよ、保険証も金も、
 東京の息子が持ってんのよ。俺がけちってるわけじゃねぇの。
 払うっての。払うから、やってくれっての。入れ歯がこんなじゃ
 食えねぇのよ。食えなきゃ死んじゃうでしょ?」

受付嬢も負けてない。

「ですからね、そういう事なら、と、1ヶ月ほど治療費をお立替えしましたけどね、
 これ以上は無理ですので!息子さんとご相談なさって下さい」

"D51"だって命がかかっているから必死だ。

「んーでもな、お姉さん、何年も前からな、頭下げて頼んでもな、息子な、
 保険の手続きしてくんねぇのよ。でもな、歯がな、歯がねぇとな、手続きする前に
 飢え死にしちゃうでしょう?無理は承知で何とか頼めねぇかなぁ」

 私も子供も、固まって見ていた。
−−−−−どうか、こちらを見ないで下さい、と祈りながら・・・。
 すると、次の瞬間、"D51"は、受付の穴から頭をスポッと引き抜き、5歳の
息子に、にじり寄って来た。
「ぼく!歯、ないと、困るべなぁ?
困るべなあ?!
 息子の目は、もう、ビー玉である。
「ぼく!お金ないと、人は、見殺しか?
見殺しかなあ?!
 私は息子の前に立ちはだかった。
 そんな私の目玉もビー玉だ。
「俺、死ぬんかなあ?保険証ないから、
死ぬんかのーお?!
 息子と私は、受付の人のはからいで、診察室へと入った。

−−−−−本当に、あのじいさんは、保険証がなくて死ぬんだろうか?
ガリガリにやせて、何ヶ月も風呂に入ってないような臭いを漂わせていた。
 
 帰り道、私と息子は無言だった。
 恐い位、悲しかった。
−−−−−人は、保険証や、お金や、家族や、家族の愛がないと、死ぬんかのーお?!」
 ブルーだ。えらくブルーになっちまった。

                                           (おわり)