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第46回 合田香氏・前野一隆氏・高杉健人氏対談
「ワークショップの狙いと効果を検証する!」

合:今回、ワークショップでヴァイオリンの五重奏を呼んでやったんですね。今回ドヴォルザークをやることもあったんですが、最近表現の仕方としてリクエストするときに、ここはもう少しこうやってやりたいとか音楽の表現の広がり方を例えるのに、どうしてもヴァイオリンの表現の話をしていた。

実は、これまでに伏線があったといえばあったんです。何年か前に、ヴァイオリンコンチェルトの曲(協奏詩曲:第4回)をやったんですね。それ以外にもクラリネット(ジャズ・ポップ・ロック組曲:第4回)とか歌(比羅夫ユーカラ/アメージンググレース:第3回)とかとやったり、その表現と合わせたりとかいろんなものをやっていく中で、自分達の表現のその先に刺激のあるものを持ち続けてきたわけです。そして、同じ弦のアンサンブルで表現の幅のあるものとしてヴァイオリンオケというものもあるから、少しそういうものも目の当たりにしてみようと。

そこで例えば、複数人が一緒に減衰する部分・一緒に音をキャッチする部分というのはなかなか目の当たりにする機会は無いから、ああやって初めて一緒にやってみたんだけど、まあそれなりに面白いことはあったんですね。そういうアプローチっていうのは、高杉さん的にはどうですか。こういうアプローチは難しいものですか?

高:難しいと思いますよ、僕は。最初は同じ楽器じゃないと。同じ楽器で同じ楽譜をやって、そこから盗んでいくっていうか。
僕らは一生懸命レッスンに行って、テクニックをいろいろ盗んで、今度は楽器の上手な人と隣で弾いて、ああこの音符をこういうふうに処理するんだ、別の人はこういうふうに処理するんだ、っていろんな引き出しをどんどん自分で作っていくわけですよ。そこで初めて、他の楽器に目が行きはじめます。自分の楽器ができるようになってきて、他の楽器ではここをどうやっているんだろう、とか。僕も最近、歌などの表現を気にするようになってきたんですけど。
だから、ポルタの方々の多くは失礼ながら、多分昔の僕と同じレベルだと思うんですけど、その人が他の楽器の素晴らしいのを聴いてもそこまで効果はないと思います。

リハーサル風景

合:どうすればいいですかね? だけどそうすると、同じマンドリンでいくしかないと?

高:そうですね。レッスンに行くべきですね、上手くなりたい人は。やっぱり引き出しが少ない。
ただ、今回ヴァイオリンの人達にボッタキアリを弾いてもらったというのは、とってもいいことだと思います。同じ譜面を違う楽器で弾くとどうなるかっていうのは、とっても大事で。

合:昔はマンドリンの表現には、単打とトレモロの2種類しかなかった。でも最近は単打に近いトレモロという発想とか、いろんなものができるようになってきて、それがまさしく引き出しを増やしている話だと思うんですけど。ヴァイオリンの人達も最初は、アップ・ダウンしかない。その中でいろいろ、それこそ浮いた音とか実のある音とかってものをどんどん作れるようになっていって。だからそういう中で、表現の豊かなものを少し見てみてね、近づいていければという取り組みであったんだけれど。
その辺を僕達としては、既成の長く見ていたマンドリンオーケストラの表現の範囲をもっと増やしたいと言う感じがあるわけなんですよね。

前:今言っていた話は、音楽をやるために表現の幅を増やす、そのための引き出しをたくさん持つっていう話をされていて、それは多分そうだな、と。で、マンドリニストは往々にしてその表現の幅を持つための引き出しが少ない。それは、周りにそういうことをやっている人が残念ながら少ない、と。合田さんとずっと一緒にやっていることは、マンドリンじゃないもので表現の幅を見せて、それを悪い言い方をすると模倣するというか、まあトライアルしてみるということで、その幅を増やそうと。そういうことをやってきているんだと思います。それは絶対必要で、すごく重要なファクターだなと思う気がするんだけど。

もう一つ違う要素として、今のは表現の幅を作る・そのための引き出しを作るって話だったんだけど、音楽の幅を作る・音楽をするための心? 気持ち? 感情? なのかわからないけど、そういう内面的なものの引き出しも足りない気がします。多分その両方が上手くかみ合って、心とか気持ちとか想いを出そうと思ったときに、技術的なものだったり表現の仕方だったりの引き出しと一致するようになると、自分のやりたい音楽というものが自然に出てくるんだと思って、話を聞いてたんですけど。

合:その通りですよ。
ただ、高杉さんが言っていた「同じ楽器で」ということは、アプローチとしては多分そっちの方が近道な気がしますね。その方が具体的には僕達がヴァイオリンではこうやって、だからマンドリンではどうやってと言うよりは、明らかにマンドリンでのまま表現できているから、その模倣の対象は間近ですからね。

前:そうなったときに難しいのは、テクニックの幅に音楽の気持ちとか想いが引っ張られてしまうことが。音楽やっている中で、それは一番納得がいかない。
最初にあるのがテクニックだったり音楽表現の幅ではない、と僕は思います。テクニックとか、弾ける弾けないとか、表現できる幅が多い少ないとかじゃなくて、やっぱりまず最初に音楽をちゃんと気持ちで感じて、それをみんながなんとか表現をしようよと思っているのが、アマチュアとしては一番いい音楽団体なのかなと。

合:アマチュアとしては。

前:そう、アマチュアとしては。

合:まあそれは、プロとしても。

前:そう、プロとしても当然なんだけど、プロはそれと両方が合致してないといけないと思うんだけども。

合:アマチュアは少なくとも。要は最初にやりたいことがあるんだけど、その表現をしきれない部分があって、どうしてもその持ち駒が少ない中での奏法によってしか音楽のつくりを考えないから、だから幅が広がらない。
だけど本来はこうやって弾きたいが故にいろいろ考えて、そうするから引き出しが増えていくんですよね。だけど引き出しを増やしていく方法の中で、さっき高杉さんが言ったみたいに身近なものがあれば楽にそのステップを踏んでいけるということがあれば、それはそうだなと。

高:そうですね。想いの幅がものすごく広い人がいて、一人だけでずっと練習していても、テクニックの幅は相当な天才でない限りは広がらない。やっぱり近道があった方がいいかなと。

2008年11月15日更新
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