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監督・脚本:ヤン・シュワンクマイエル 某衛星放送○チャンネルでも、何度か再々放送されているこの映画。
不可思議マジックアートアニメの変り種だろう。しかも後半、男女の妙に熾烈な闘争シーンは、実写とアニメの合成というから興味深い。 ストーリーの主役は、6人の男女の快楽主義ともいえる変態的嗜好性の持ち主たち。 そんな彼らをシュールにかつ巧妙に描いている。とはいっても、ようするにヘンタイ趣味。やることなすこと「ひえ〜、そんなことまでするのかあ〜???」という感じ。 しかし、そこがテクニック的アート作品をも産み出してしまう「快楽共犯者たち」の傑出し た偉大さと、スゴさと、怖さでもある。 最初のシーンはある男Aが本屋にエロ本を買いにくる。やおらペントハウスの前でペらペらとエロ本をめくっていると、本屋の主人と目と目が合う。まさに意味深な視線・・・。すると、男は慌ててポケットから金を投げだす。そして、釣りも持らわず店をでる。しかし、ここがミソ。なんとここの本屋の主人Bも怪しげな快楽主義者の一人だった。店の机の上には電気部品やら配線機材やらがギッシリ置かれていて、客が来ないのをいいことに自分の趣味的製作に余念がない。 実はこの装置。大好きなテレビニュースの女性アナとナニしてしまうためのお立ち台的代物。いつもその時間が来ると、主人Bは軽やかなBGMのボリュームをあげ、恋するアナウンサーの唇だけが最大画面になる。そんな奇妙極まる操作をしつつも、何やらポッーと夢見心地。それも遂には高じて、テレビの横に製作していた装置が完成するや否や取り付けてしまう。しかも、それは四本の腕とプラス一本の股間用の腕だった・・・。そして、その装置の指先には「赤いマニキュア」と「白い網手袋」が・・・。 超完璧な快楽フル装備のお立ち台というわけ。 あ〜あ・・・世も末じゃ〜 流石にここまでくると呆れながらも、感心してしまう。 さて、ストーリーはつづく・・。
男Aが家に着くと、早速鼻をこすりこすりエロ本を眺める。内気でシャイな雰囲気だ。そして、なぜか部屋のタンスを見つめる。このタンスがまたしてもミソ。まるで映画の奥深くへと導かれるような「誘惑の入口」のように象徴的で怪しげ。男はそのタンスの鍵穴に手を伸ばしつつも、指先の震えを押さえる。そして一旦、冷蔵庫へ。唐突にも、氷を取りだし額にあてる。水の入ったコップと粉末ソーダも持ちながら、再びもといたエロ本のあるテーブルの前へと座る。カタカタと慌てふためきながらソーダをコップに入れ、ぶくぶくと泡立つその黄色いソーダ水を興奮したように一気飲みする。当然、慌てているから滴り落ちるソーダ水はエロ本の見開かれた女の股間にたらたらたら・・・。そして、男はあられもなくそれを擦ってしまうのだ。気持ちよさそうに。その後も、なぜか余計気持ちが高ぶり戦慄いている。 見ているこっちがドキドキするではないか・・・。と同時に、 「あーあ・・コイツ〜もう・・どうしようもないなぁ〜」 とその動揺も伝わりつつ、ドキドキ感もうなぎ上りに。 そして、男は勇んでセーターを脱ぐと、目指すはタンスの暗闇へと向かう。 と、その時、「ピンポ〜ン」とやってきたのが郵便配達人の女C。 男は慌ててタンスから顔を出すと、乱れたズボンのファスナーをせっせとあげつつ、セーターを着て鍵穴を覗く。 ドアを開けると、一通のメールを差し出す郵便局員の女C。 ここで男にサインを求めるとこが、次のミソ。「じっー」と見つめるその女の視線がまた意味深。 ドアを閉め、男は慌ててメールを開ける。すると、 「ON SUNDAY(日曜日に)」 という一枚の紙が。男の瞳はじっと見開かれたままだ。 その時「ニャーオ」という猫の声。見ると、隣人らしきふてぶてしいほどに太った中年女Dが猫を抱いて、タバコをふかしながら男を見ていた。女の顔は毒づいている。しかも、どこかいやらしいほどサド的な女なのだ。 思わず、こちらはゴクリとする。 またまた男Aが慌てて部屋に入る(つまり、この男。いつもコソコソせこせこビクビクしていて慌てんぼうなのだ)。 ところがどっこい郵便配達の女C。そのアパートの階段の隅っこを見つけるや否や、ゴソゴソと傍らの机と引き出しを使い始める。どうやら彼女も自分の快楽趣味の道具作りに精をだすらしい。メールバックには、茶色のパンと弁当箱のような缶が・・・。 しかも、自分のベロに指をつけ「ペローンペローン」と舐めてはパンをちぎり、丸めてはちぎり丸めてはちぎり・・・その繰り返しのシーンが延々続く。実に不可解だ。そんな理解しがたい行動がさらにつづく。 話はもどって男Aのシーン。いよいよ、この男の快楽的製作シーンだ。男Aはひたすら鳥のお面を製作し始める。なぜか買ってきたエロ本も材料となる。エロ本はハサミで切られ、糊ではられ、はられてはまた切られの繰り返しのシーン。 よくわからぬが、どうやらこの男、隣人の中年女Dを憎んでいるふうなのだ。
というわけで、この映画は快楽というものの脅威と心酔した人間の滑稽な情景を見事に描いている。
例えば、若い女の子の枝毛切りだって、黒い紙の上にフケを落とすことだって、考えようによっちゃ何かに取り憑かたように行動してしまう人たちの何たるかではないだろうか。 かくいう私も、小学生の時、どういうわけか「風呂場のお湯の中での前まわり」というのが好きだった・・。それはいつしか毎晩の達成目標にもなっていた。今考えると、「なぜあんなことに夢中になっていたのだろう・・」と一抹の疑問もあるにはある。その趣味的興味や快楽的嗜好性というものも、どうやら人それぞれなのだろう。 が、共通して言えることは「タブーな試み」へのあくなき追求かもしれない。禁止された事項とその閉ざされた世界への欲望の強さ、つまり「しちゃいけない、やっちゃいけない」という領域に向う欲求の強さかもしれない。それは「わかっちゃいるが止められない」といったような、誰にも止められない三次元の無意識なのかもしれない。本人が秩序を持って正さなければ永遠に防御できない強い欲求なのだ。 さらには理性では解決できない快楽への誘いが、かつまたそのプロセスが、最も人の心を捉えて止まないのだ。熱中させ燃え尽きさせてしまうほどの快楽とその楽園の一時こそが、人をアブノーマルな行動に導くのである。 「あー、私ってノーマルな人間なんだな〜」 ということを再確認したのだった・・。 それではそれでは・・ お次を見たい方は、ここをクリック 12月の妙な映画! 「地下鉄のザジ」 監督・脚本:ルイ・マル |
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