さて、ストーリーへとうつろう。
パリのとある駅。
「やけに臭い」から始まるザジの叔父・ガブリエルの独白が名調子。この台詞からしてフランス人と香水の関係がまさに頷ける。ちなみに香水の名柄は「バブーズ」。
そして、ある女が駅に到着。ガブリエルの恋人なのかと思いきや、なんとそれは彼の妹、つまりザジの母というわけ。ザジはドイツ生まれの女の子で、そんな恋多き母と一緒に恋人の住むパリに正味2日だけ滞在する。とはいってもザジの母は恋人とのランデブーで忙しい。そこでザジを兄のガブリエルに預けるというシナリオ。大人の関係を熟知しているザジだから、小生意気な理由も当然、母のせい。だからなのだ。ザジは気ままなパリの猫のように振舞う。が、しかしそこは子供。次から次へと珍騒動を巻き起こしてしまうハプニングストーリーである。
さて、ガブリエルを駅で待っていた友人のタクシー運転手がまた庶民的なパリジャンの味を醸しだしている。
「耐えがたい悔恨の情。ざんげだ、告白だ。幼年期は語るまい」
この台詞が彼をパリの詩的な男に置換してしまう。
うう〜む・・そうなのか〜、と叙情的に浸るまもなく、トラブルがすでに起きてしまう・・。
そのシーンがまた半端じゃなく騒がしい。まさにこの映画のハプニングシーンのプロローグである。
一方、ザジはその騒動の隙に、一人駆け出す。ここがまたコマ送り・・・。
メトロの入り口に向うザジと、それを追いかけるガブリエル。ところが今日は生憎のメトロのストライキの日。悔しさに臍をかむというよりも、どうもすべてが攻撃的なザジ。するとガブリエルは冷静にザジをタクシーへと促す。しかし、ザジはパリのメトロに乗りたかったという。
なんだかとっても気の毒だ・・。が、とにかく手のかかるおこちゃまだからして・・・。

ようやく、ガブリエルとザジがメトロの地上に出た途端、黄色と黒のシンメトリックな友人のタクシーがキキッーと現れる。
乗り込んだ3人は、街中の大通りに立ち並ぶアンバリッド、パンテオン、さらにマドレーヌ寺院などの観光案内に不確かな様子。思わずザジが
「トンマなの? それともわざと? 」
と言うと、
「きみを笑わせるためさ」
と叔父の弁解がこれまた嘘っぽい。しかし、この叔父。どこか紳士的なのだ(後半はほとんど女性にモテモテなのだ。なぜだろう???。パリでは、優しさよりも優雅さがモテル秘訣なのか。ううーん、私好みではないが・・・)
そんなこんなで三人はガブリエルのすむアパルトマンに到着。その家主がザジの次なる餌食だった。
この他にも、メトロの入り口で知り合ったアカの他人の男(なんとこの男、自称警官。ザジにまんまとGパンを買わされてしまう。ちょっとカワイソ〜)。
そして、次に現れる未亡人(ガブリエルに一目ぼれしたかと思いきや、側に居たその警官にも恋してしまう心寂しいマダム)などが次々とトラブルに巻き込まれていく。
まさに「oui、パリ〜!パリ〜!パリ〜!」な仏映画である。
5年前、私は酷くパリに憧れていた。
しかし、今はさほどでもない。
このギャップも確かに甚だしい。
ましてや銀幕のパリは「天井桟敷の人々」や「ディーバ」「ラスト・タンゴ・イン・パリ」などの、どこか哀愁帯びた色調や悲哀をそこはかとなく漂わせている。それとのギャップとでもいったらいいのか・・・。この「地下鉄のザジ」だけは、なんとなく都会的でコケティシュすぎる。だから、いいのだ。沸沸としたシニカルなものと、冷静だけど情熱的な苛立ちや、攻撃的だけど優雅な破壊力でトントントンと見させてしまうところが、異質で新鮮な映画だった。
まさに、革命の申し子「ナポレオン」や「ルイ14世」などの栄光の軌跡でも辿りたくなるような映画であった。
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