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1999年の巻頭言


1999年12月13日(月)
 終戦直後の仙台の鮮明なカラー写真が戦後仙台に駐屯していた元米兵の遺族から仙台市に寄贈されたそうで、その速報展(は12日で終わっています)を見に榴ヶ岡の歴史民俗資料館に行って来た。今まで煤けたグレーの色彩でしか見たことがなかった遥か遠い50年前の世界が、人が暮らしているリアルな世界としてほんの50年前のことと感じられるようになった。色彩の情報というのは思っている以上に強烈なインパクトがあるらしい。白黒のレーザープリンタで満足している私だが、カラーのインクジェットが欲しくなった。
 サンモール一番町のちゃんこ鍋屋さんでバイトしている縁で、青葉通の光のページェント点灯式の後片付けを手伝って晩ゴハンをゴチになってきた。アーケードにゴスペルが響き、カウントダウンに続けて青葉通のケヤキ並木に一斉に光がともった。いつも見慣れている年末の光景だけど、人ごみの最前列の一番いい場所でカウントダウンから点灯式を見たのは初めてだ。これで隣で鼻水たらしてマクドのコーヒーすすってるヤツが板倉じゃなかったら本当に最高だったんだけど。
 その、点灯式で歌っていたゴスペル隊を指揮しているノリのいい陽気な兄ちゃんが、どーも私が髪を伸ばしていた頃に瓜二つ。で、ゴスペル隊の最前列の真ん中を見ると、どこかで見たような顔が...。小野寺様、歌っているところを初めて拝見させていただきました。ゴスペルは聞くのもいいけど歌うほうが何倍も楽しそうだ。

1999年12月9日(木)
 ネタ不足で書くこともないのでページのデザインを変更しました。新たに追加されたコンテンツはひとつもありません、念のため。

1999年12月8日(水)
 うー寒い。外はうっすらと雪化粧。冬ですなぁ。
 と思っていたら、太陽が高く昇ってくるとみるみる空は晴れ渡り、久しぶりの青空です。洗濯しよっと。

1999年12月4日(土)
 ターニングポイントとかいう番組のオープニングのアニメが気に入っている。その番組自体はマトモに視聴したことがないけど、その番組の予告として頻繁に流れている、Magical Mystery Tourの曲に合わせて少年がブランコから飛び出して両手を広げて気持ち良さそうに空を飛ぶという映像だ。ああいう単純で素直な映像は好きだ。
 久しぶりに空を飛ぶ夢を見た。僕は自称、リビ道3段の有段者である。だけど未だに夢☆したことがない...。

1999年11月26日(金)
 恐ろしいページを作ってしまいました。主婦は錯乱し中学生は集団で放心状態になるという、あの、アレです。
 下のリンクをクリックしてそのページを開く前に、必ず次の約束事を守ってください。

  ■ 決して一人ではしないで下さい
  ■ 決して途中で中断しないで下さい
  ■ 心の中の邪念を振り払って下さい。些細なことでもすべてお見通しです。

 それでは、→恐ろしいページへ参りましょうか。(クラッキングとか、ウィルスとかそういったヤバいたぐいのものではないのでご安心下さい。コンピュータの安全は保証します。)
 ※ このページを開くには Java に対応したブラウザが必要です。

1999年11月16日(火)
 先週この欄にて公開した「旧暦計算スクリプト」ですが、テーブル参照型の暦計算プログラムの金字塔である「Today ソースコード」(森佳史さん作)の中の旧暦西暦換算表 "kyutbl.c" と照合してみました。西暦 1870年2月1日 〜 2100年3月11日 の間で旧暦の毎月1日の日付を照合したところ、以下の点で私のスクリプトは「Today」と違った結果を出していました。
  旧暦      西暦(誤)     西暦(正)    誤差を含む期間(西暦)
-----------------------------------------------------------
1884/4/1   1884/4/25    1884/4/26   1884/4/25  - 1884/5/24
1908/9/1   1908/9/26    1908/9/25   1908/9/25  - 1908/10/24
2017/2/1   2017/2/27    2017/2/26   2017/2/26  - 2017/3/27
2033/11/1  (月名を閏11と間違える)  2033/12/22 - 2034/1/19
 そもそも天保暦が存在したのは江戸末期の天保年間から明治初めまでの数十年のことで、現在存在しない暦法についてその定義をもとに計算したところで何の意味もないわけです。しかも単なる「曜日」に過ぎない六曜が、やれ大安吉日だ仏滅だと騒がれるのも馬鹿馬鹿しい話で、その計算法が複雑であるがゆえに運命学だの占星術だのを唱えるいかがわしい占い師の金儲けの道具として使われて来た感があります。六曜をどう読みどう利用するかは各個人の自由ですけど。
 このページの上部に表示している六曜は換算表をもとに出力していることは先週書きましたが(このページのHTMLソースを見れば一目瞭然)、ECMAScript版の「旧暦計算スクリプト」は動作環境に制限があるので、それを使って来年の分の換算表を作成して今まで通りに六曜を表示させることにしました。
 これで私のページの「2000年問題」は解決です。安心です。

1999年11月13日(土)
 僕の部屋の寝床のすぐ脇の押入れの中から男がパセリをかじる音が響いてくる。ばりんと音を立ててパセリをかじってはしばらく咀嚼して大きくノドを鳴らして呑み込みやがる。寝ようとすると決まってワザと音を立てて来るのだ。ばりんばりんばりんばりん。押入れの中からうすら笑いを浮かべた神父が僕のことを見下している。押入れの中で白く光って見えるのは奴の歯かそれとも喉元の白いカラーか。どんな罪をも赦すのが神の愛ならば神に近づいた人はたとえ親を殺されても、なお反省の色を見せずに亡き父母を罵る殺人犯を赦すことができるのか。果てしなく人を愛せるその男はよほどの馬鹿かそれとも人を心の底から馬鹿にしている奴じゃないだろうか。恨みが生じないのならば単なる鈍感馬鹿だし恨みを消せるのならそれは己を高みに置いてひとを見下している証である。自己を鍛練して怒りを齧り呑み込み人を見下して頂点まで登り詰めた人間がいたとしてそれでもなお自己嫌悪に潰されないで耐えていられるのならそれはもはや人間ではない。人間性のかけらでもそいつに残っているのならばそいつは神に近づくことはできない。なんてイヤな奴なんだ神様は。とにかくなんとかしてくれこの音を。

1999年11月8日(月)
 Spectrum Analyzerを組み込んだCDプレーヤソフト「CD Player Plus!」を芳賀亮介氏が作成されフリーで公開されています。Windows標準のCDプレーヤの曲名登録データも取り込めるなど、シンプルで使いやすいソフトウェアです。Windowsな方、ぜひお試しください。芳賀様、メールでお知らせいただきありがとうございます。

 このページ上部に「大安」「仏滅」などの六曜表示がついていますが、これはあらかじめ調べた六曜表をもとにテーブル参照をするJavaScriptを作成して表示しています。この表が今年の年末までしか用意されていないので、来年以降、六曜表示ができません。

 ...深刻な問題です。(^^ゞ

 六曜は旧暦(太陰太陽暦;天保暦)の日付をもとに計算されます。そこで、Infoseekを使って旧暦を計算するアルゴリズムを検索したところ、そのほとんどがテーブル参照方式であった中に、「旧暦計算サンプルスクリプト/H.Takano(C)1993,1994」という、きちんと計算して求める方式のものを見つけました。MS-DOS上のjgawkで書かれたスクリプトで、詳しいドキュメントが付いています。
 そのAWKで書かれたプログラムを、Webブラウザで動作するようにECMAScript(ECMA-262)で書き直したのが、「qreki.js」です。ECMA-262準拠のJavaScriptを搭載する、Netscape Navigator 3.01以降Microsoft Internet Explorer 4.0以降(MSIE 3.0xの方はScript Engines 5.0Microsoftのサポートページからダウンロードしてインストールすることで動作します)で動作します。ECMA-262に準拠していないJavaScript対応ブラウザをご使用の場合はエラーが出ます。面倒なのでバージョンチェックは省略しています。我慢してください。こちらでは、MSIE5.0-Win98 と Netscape Navigator 4.61-linux-glibc で動作を確認済みです。

< この枠内は「qreki.js」による出力です >

(ずらずらと小数が並んでいますが、実際の計算精度は小数点以下2桁程度です)

 上のボックス内では、現在時刻をもとに計算した結果を表示していますが、スクリプトを少し修正するだけで任意の時刻の計算ができます。それは皆様への課題ということで逃げる...(手抜き)。
 このスクリプトは、あなたのコンピュータに設定されているタイムゾーンに基いて時刻を計算しています。日本標準時(UTC+0900)で表示されていることを確認してください。

 旧暦を計算する過程で太陽と月のそれぞれの黄経を計算するのですが、その黄経差を使って月の満ち欠けを計算してみました。いわゆる「月齢」のようなものなのですが、「月齢」とは直前の朔(新月)からの日数を表すものであり、実際は複雑な多項式で近似される月の軌道は単純なものではないため、月齢は月の満ち欠けを示す目安でしかありません。このプログラムでは、月と太陽の黄経差を計算して実際の月の満ち欠けを表す数値を計算してみました。月齢と同じように単位を「日」にして、15.0のときに満月を表しています。もっと厳密に計算するのなら、タイムゾーン設定を元にローカル標準時で計算するのではなく、観測地点の緯度と経度を元に計算しないといけません。天文に関する資料が手元にない上に旧暦を計算するという本来の目的から大きく逸脱してしまうので、今回はここまでにしておきます。

 このプログラムは動作検証をほとんどマトモにしていない状態で、計算結果は当然無保証です。元のAWKスクリプトをそのまま忠実に移植しただけなのですが、実行環境による計算精度の違いなど未確認の問題を多く抱えています。ぜひスクリプトのソースコード(Shift-JIS,MS-DOSテキスト形式;HTML内に組み込んでご利用下さい)をご覧になって、バグつぶしにご協力下さい。
 すばらしいスクリプトとドキュメントをフリーで公開されている高野英明氏に感謝と賞賛をささげます。

1999年11月16日の文章に追記事項があります。

1999年9月25日(土)
 トルコ・台湾での地震被害に遭われた方へのお見舞いを申し上げます。両国とも親日国であり、日本の支援に対して過剰なまでの謝意を表明していることを光栄に思い、このページでも関連情報ページへのリンクを掲示させていただきます。

■ 日本赤十字社
  http://www.sphere.ad.jp/redcross/
■ Yahoo! Japan 台湾地震関連リンク
  http://news.yahoo.co.jp/Full_Coverage/Taiwan_Earthquake/
■ Yahoo! Japan トルコ地震関連リンク
  http://news.yahoo.co.jp/Full_Coverage/Turkey/
■ NHKボランティアネット 台湾地震募金先一覧
  http://www.nhk.or.jp/nhkvnet/spot/taiwan99/bokin.html

 台湾地震への義援金は、日本赤十字社あての郵便振替だと手数料が免除になります。詳しくは上記の「NHKボランティアネット」をご覧下さい。

1999年9月11日(土)
 “お客様の都合により”不通だった、電話が復旧しました。とりあえず今日はここだけ更新。

1999年8月30日(月)
 雨の大曲で一泊してから帰宅すると、ポストに配達されているはずの新聞が入っていません。「また新聞屋がサボったか」と思いつつ部屋に入ると、部屋の中に新聞が転がっています。枕の位置が移動しています。ギターが椅子の脇に移動しています。誰かが麦茶を飲んだ痕跡があります。なんとなく室内の雰囲気が出かけたときと異っています。うむむ、と不思議に思いながらPCを立ち上げNYチャットに入ると、「長野亭から勝手に接続しています」との書き込みが...。
 今井様、小野寺様、板倉様、壷の施設使用料として金15,000円を請求いたします。尚、この金額はすでに板倉様よりいただいていますので、他のお二方はご負担いただかなくて結構です。毎度ありがとうございます。

1999年8月29日(日)
 豪雨の中で決行された大曲の花火を見終わったあと、会場近くの神社に宿泊し、翌朝は車を置いておいた後三年駅まで電車で戻って、それからR13を南下して帰路につきました。ひるめしにソバでも食おうと思っている時にちょうどソバ屋の看板が目に止まり、茅葺屋根の民家ふうのソバ屋に飛び込みました。
 店の中にお客はなく、店主と思われる親父が囲炉裏の横でタバコをふかしながらこちらを一瞥し、我々は店員から何も声をかけられることもなく勝手に席について板ソバを注文しました。出てきたソバは真っ白く、ウドン粉たっぷり、といった雰囲気の麺でした。「店選びを間違えた」との思いが脳裏をよぎりました。でも一口すすると、あまりのうまさにあっという間に全部平らげてしまいました。それまで囲炉裏端でずっと無言でタバコをふかしていた親父が突然口を開きました。「もう1枚食うか? 残さなきゃタダでいいぞ。」
 二つ返事でもう1枚もらい、他の店と比べてもかなり大盛りの板ソバを2枚食べ終えると、「うめぇか、うめぇだろ。」と笑顔の親父さんが近寄ってきて、それから1時間以上も親父さんとソバの話で盛り上がってしまいました。店を出ると午後6時近くで、車のキーをまわすとユーミンの物憂げな声が響いてきました。強烈な印象のソバ屋のせいで、花火大会の記憶はどこかへ消え飛んでしまいました。大石田の「わらぐちそば」、ソバの実の芯の部分から取れる真っ白い一番粉だけを使って打った、絶品の大盛り板そばが850円、おすすめです。

1999年8月27日(金)
 今週末は東北の夏の終わりを告げる大曲の全国花火競技大会を、「素性は明かせない」康元さんと二人で見に行こうと画策中です。花火の後はそのまま河原で野宿して翌朝帰るつもりですが、どうも今週末は雨模様みたいです。テントを持っていないので、雨が降ると寝場所の確保が困難になってしまい悩んでいます。ま、なんとかなるでしょう。

1999年8月23日(月)
 有朋寮の友人と久々に飲んだ。話は自然に、現在の有朋の、電気代不払による新入寮生募集停止のことになる。一部のバカ連中に煽動されて電気代の負担増を拒否し、学生部との度重なる交渉も例のごとく決裂し、その結果として彼らの言うところの「権力側に好都合な方向」へと事態は導かれていったわけで...。バカ連中に煽動されたバカな寮生諸君よ、君たちは寮に住まわせてもらっているということを忘れてはいけない。電気代の負担増は学生自治への攻撃だ、とバカなことをわめくのならば、寮の不動産を寮生で買い取れば良い。享受に甘えるばかりでひたすら我を張るのは生意気盛りの3歳児と同じだ。
 私も今までひたすら自分の主張を通して生きてきたが、彼らと違う点がひとつある。彼らは周囲にその考えを強要するが、私は自分の考えが通らないときはそこから逃げるのだ。私は自己完結性反動分子、略して落伍者。反動学生よ、もっとぐうたらになりなさい。ぐうたらはラクでいいぞー。

1999年8月12日(木)
 サイク部同期の吉澤と奥田が私の歌声旅館に泊まりに来ました。はるばる大阪・京都から来て、ウチの腐った部屋の中で寝てるのもアレなので、昨日、最上川にカヌー遊びをしに行って来ました。炎天下の最上川を3時間ほど川下りをしたのですが、その間、水なし食べ物なしで、さながら「カヌー部合宿」といったキビしさでした。インストラクターの先生も熱心で、瀞から早瀬に乗る練習や滝下りなどを何度もやらされました。カヌー初めての私は何度も沈して、全身ズブ濡れになって温泉に行ってソバ食って帰ってきました。今日は日焼けと筋肉痛でつらいっす。あーひさびさに運動した。

1999年8月7日(土)
 ハードディスク内10GBの全データを私の操作ミスで消失させてしまってから、このページを更新する気力もなくなっていましたが、なんとかWin98を再インストールしてFTP Explorer秀丸エディタ、それにAN HTTPdPerl for Win32をセットアップし、ページ更新を再開する環境を再構築しました。Win98にIE5.0と上記の4つのソフトだけを入れた環境で現在作業していますが、動作が軽快で快適です。MS OfficeとVisual C++もインストールしたいのですが、それらを入れるとレジストリが汚れて動作が重くなってしまうのでどうしようか悩んでいるところです。Windowsもプレーンな環境なら私のPentium 133MHzのウンコPCでも軽快に動作するんですがね。
 環境再構築にあたっていろいろ考えた挙句、10GBのHDDを、

    ・Primary 2GB    FAT16 (C:)  [Bootable]
    ・Primary 2GB    Linux e2fs (/dev/hda2)
    ・Primary 504MB  Linux Swap (/dev/hda3)
    ・Primary 5.3GB  Windows 9x Extended
       ├ Logical 4GB FAT32 (D:)
       └ Logical 1GB FAT32 (E:)
のようにパーティションを切りました。Linux Swap領域はちょっと大きすぎるのですが、後で他の用途に使うことも考えてこのサイズにしました。Linuxは、フロッピーに入れたLILOを使ってブートさせています。
 Linuxは、日経Linuxという雑誌にTurbo Linux 4.0が入っていたので遊びでそれをインストールしました。カーネルを最新の2.2.10に入れ直しサウンドカードを認識させ、3Dfxのビデオカード用のX Serverを組み込みました。デスクトップにはGNOMEを採用しGimpも入れ、Netscape 4.61(Navigator Only)をダウンロードしました。Turbo Linuxには、Communicator 4.08が付属しているのですが、Netscape Messengerは私には無用の長物なので、動作の軽いNavigator 4.61に入れ直したのです。glibc2版のLinux用Netscapeは最初から多言語対応しているので、ロケールとフォントリソースをいじるだけで問題なく日本語が通ります。
 そんなこんなで、WindowsよりもLinuxのほうがアプリケーションが揃ってしまい、メイン環境になってしまいました。Gimpの凄さは噂には聞いていましたが、実際に使ってみて本当に感激しました。これならAdobe Photoshopを高い金出して買う必要は全くないですね。フリーソフトで完璧な画像処理ができます。使い勝手も良く見た目はまるでPhotoshopそっくりな上、マニア心をくすぐる強力なスクリプト機能がついていて、これからしばらくGimpで遊ぶ日々が続きそうです。

 長い間この欄の更新をサボっていたのでどうせ読む人もいないだろうと、今日は独り言を書いてみました。ここまで読んでくださいましてありがとうございます。あー、なにか日記に使えるネタないかなー。

1999年8月6日(金)
 今朝白頭山を出ると、一番町は七夕の飾り付け作業が行われていました。今日も晴天、セミがジワジワ鳴いてます。夏です。
 ゆうべの七夕前夜祭花火は、仲ノ瀬橋の下の打ち上げ場のすぐ間近で見物しました。オカマの夏子さんが、ド真ん中最前列の最高の場所を確保してビールを用意して待っていてくれたのです。すぐ目の前で打ち上げられた花火が頭の真上で炸裂し、それを灰をかぶりつつビールを飲んで大騒ぎで見物しました。大迫力でした。仙台の花火もなかなか捨てたもんじゃないですなあ。

 [お知らせ] サイク部リンクに待望の新リンクを1件追加しました。

1999年7月22日(木)
 おひさしぶりです。しばらく更新を停止すると書き換えが面倒になってしまって...。
 2年間伸ばした髪の毛を切りました。長さ40cmほどにまで伸びていた髪を切ってすっきり丸坊主になりました。切りカスの髪の束は、白頭山のお客さんの元ケロ子さんにあげました。それが何に使われたのかは不明。
 夏休みになって、ウチの前の路上は終日近所のガキ共、もとい、お子様方の遊び場となりにぎやかになりました。今日は久しぶりに晴れたので窓を開けて部屋に溜まっていた湿った空気を入れ替えて、蚊取り線香を焚き風鈴を吊ってひとときの夏の情緒を味わいました。夕方、仙台放送で再放送されている「未来少年コナン」を見ていると、窓の外にガキが集まりだし、「見えん」だの「音が聞こえん」だの注文を付け始めました。しまいには「5チャンネルに変えろ」だのと言い出し、NHK教育の子供向け番組を強制的に観させられました。あー、これから一ヶ月、こんな状態が続くのかねぇ。はやく夏休み終わらんかなぁ...。

1999年6月24日(木)
 今朝まで白頭山に居座っていた3人と一緒に、気付いたら吉野家で牛丼を食っていました。支払いの段で一発ジャンケン勝負となって、不意のジャンケンでは必ずチョキを出してしまう私に皆さん揃ってグーをお出しになりやがり、私が支払う羽目になってしまいました。ちっとも牛丼なんか食いたくなかったのに、1杯2250円の高い牛丼を食わされました。悔しいので吉野家を出てから「そばの神田」でリターンマッチをし、なんとか「冷やしたぬきそば」をタダで食すことができました。
 広瀬通を歩いて帰り川内まで差し掛かったところで放尿意欲が高まったので、公衆便所に駆け込みました。吉田和弘と書かれたそのドアを開けようとするとカギがかかっていたので、ドアの横の窓を開けてそこから手を入れてカギを外し、部屋の中で寝ている男を無視して便所で用を足しました。それが、今日の朝の出来事だったわけで...。

1999年6月23日(水)
 ゆうべはせつねー男の車に金ねー男さんちょと一緒に乗り「味一品」を食いに行き、24時間やってる泉中央の「モス」でコーヒー飲んであみ〜ゴTシャツプレゼントの申込をしました。Tシャツ当たったら3人“おそろ”で街を闊歩します。
 そのまま朝までせつない白いカローラでドライブして、今朝8時に寝てさっき午後1時に起きました。しまった、すずらん見逃した、うー。

1999年6月22日(火)
 きのうの「きょうの出来事」で、「専門家」にオウム系列のパソコンショップNetBankで買ってきたパソコンを鑑定してもらい、いかに質が悪いかを喧伝する企画をやっていました。Pentium III を搭載しているはずのそのパソコンを起動し、Windows98の「システムのプロパティ」を開いて「Pentium 2 と表示されていますね」と言っていました。さらにケースを開けてCPUを見て「IIIという文字が彫ってある」というようなことを言っていました。
 PentiumIIIが出るよりも先に発売されたWindows98では、Pen3でもPen2と認識されてしまうことは事情通の人なら誰でも知っていることです。そもそもPentiumII/IIIにはチップのIDを返す「cpuid」という命令がハードウェアロジックで組み込んであるので、それを実行すれば偽物かどうかなんてハッキリとわかるはずなのに...。これじゃあオウムに営業妨害だ、って訴えられたら日本テレビは敗訴するでしょうねえ。
 私は常々、右翼の方々ってみんな左翼の広報員じゃないかと思っています。街頭で不細工な黒い車で騒音を撒き散らし、悪いイメージを大衆に植え付けようと頑張っているようにしか見えない...。日本テレビもオウムを攻撃したいのなら、いい加減な報道をしてオウムのパソコンの優秀さを世間にアピールしてちゃしょうがないですな。

1999年6月21日(月)
 週に三度は後輩の板倉龍君がウチに来ています。夜中にNYチャットで呼び出して、それから我が歌声旅館で朝までギターを弾いて酒を飲んでいます。「フォークロック1001」や「あのうたこのうた2500」なんていった歌集ももうどの歌も歌い尽くしてしまい、最近は彼がウチに来てもすることもなくただ二人でタメ息をつきながら、安い紙パック入りの梅酒を買って来てはチョーヤの梅酒のビンに詰め替えて飲んでいます。
 誤解なきように申し上げておきますが、私が板倉をせっせと我が家に呼ぶのは、私が彼を高く買っているとか彼を親友と思っているとかそのようなことは決してなく、ただ単に彼の所有する車が目的なだけなのです。たまたま近くに住んでいて、車を持っていて、後輩で私の命令するがままに夜明けに味一品のラーメンを食いに市名坂まで連れていってもらえる、そんな存在がたまたま彼だっただけのことです。彼が車を持っていなかったら、連絡すら取り合わない関係だったかもしれません。あー便利な男だ板倉龍、せつねー。

1999年6月17日(木)
 ゆうべ、喜多方にいるはずの井沢嬢から「今、安楽にいるからすぐに来い」と電話がかかってきました。タダで酒が飲めるならと私はふたつ返事でホイホイと歩いて出かけ、井沢嬢と、秋田にいるはずの嬢の二人にオゴってもらいました。
 こうした、後輩にまでタカり続けた日々も今日で終わりです。いよいよ白頭山が営業を再開しました。「仙台の吹き溜まり」「泥酔者の掃き溜め」「酔っ払い最終処分場」が機能していなかったこの3ヶ月弱の間、今まで白頭山が一手に引き受けていた「×××(お好きな言葉をお入れ下さい)」が街中に散らばって至る所に迷惑がかかっていたようですが、もう大丈夫です。白頭山はお客様のお越しをお待ちしています。祝・白頭山営業再開!

1999年6月16日(水)
【緊急告知】(17時30分)白頭山は本日はお休みいたします。
 サイマル演劇団の公演の広告を無断で白頭山オンラインに掲載していましたが、そういう私は公演を観に行っていません。とても行きたかったのですが、私の経済力がそれを許してくれませんでした。あーそれこそ借金してでも観に行っておくべきでした。後悔。
 先日私は29年振りに産院に入りましたが、今度は、昨日生まれて初めて墓に入りました。オバちゃんの家のお墓に新たに納骨する、というのでお墓を開けるのを手伝ったのです。湿度が高く日が照り付けて暑かった昨日の朝、お墓のふたを開けて中にもぐりこむと、お墓の穴の中はひんやり涼しくとても快適でした。お寺とか墓地とかは私は好きでして、静かな墓地の片隅の木陰で昼寝なんかできるととても幸せです。
 私が死んだら、臓器は全部摘出して(使い物になるのは少なそうですけど)残りを焼いた灰は、畑にでも海にでも便所にでもどこでもいいから散骨しちゃって、墓なんかは残したくないな(でも墓地の雰囲気は好きなんですけどね)と思うのですが、それってやっぱ自分本位の身勝手な考え方なんだろうなあ。

1999年6月15日(火)
 いよいよ明日から白頭山が再開します。うおー、ばんざい。\(^o^)/
 で、特に書くネタもないので、丸木晋君(昭和49年7月2日生まれの24歳、メールは:s-maruki@cb3.so-net.ne.jp)の恥ずかしい写真を載せておきます。興味のある方はここをクリック!
 んでは、失礼いたします。

1999年6月11日(金)
 私がなかなかホームページを更新しないことに業を煮やしたのか、「読者様からのおたより」に投稿が送られてきました。最近生活に変化がなく、ネタ不足でホームページの更新が停まっています。なにかおもしろいことはないんでしょうかね?

1999年6月7日(月)
 板倉龍大先生のご支援により停まっていた電話が復旧しました。私の電話が停まっている間に『仙台東京伝書鳩通信網』開設計画が動いていたようですが、とりあえず通信路の確保はできましたので、鳩は来月また電話が停まった時に送って下さい。私もその来たるべき時に備えて、匂当台公園で鳩を餌付けしておくことにします、プピー。

1999年5月31日(月)
 29年ぶりに産婦人科に足を踏み入れました。森谷のコドモが生まれたというので、ダンナのマー君が自動車学校に行っている隙に病院に行って、薄汚い面々プラス花一輪(ちばいくか嬢)で押しかけて騒いで来ました。赤ん坊の名前は「俊輝」君、男の子です。おむつ交換をみんなで覗き込んでギャーギャー騒いでいるさまをビデオにでも撮って、18年後に彼が我らがサイク部に入部したときにぜひ見せてやりたいもんだ、と思いました。
 この土・日は、仙台でくすぶっている金なし髪なしチンケ3人組(板倉龍・櫻井孝治・小板橋亨)にメシを食わすために奈須野と丸木が来仙した、というので私もそれにつきあわさせていただきました。前述3人組と同類に扱われる不名誉にも堪えて私もまぜてもらい、安楽でゴチになりました。安楽を出た後、白頭山は休みなので一番町の路上で二次会をし、帰る前に天一までナスP君におごってもらいました。こむらさきにておろしニンニクと辛子味噌が少ないと店員に文句を言ったら、壷のフチまで一杯にしてニンニクを寄越してくれました。我々も店員の挑戦に負けるものかとそれを全部平らげたのですが、...今まで食った天一の中で一番マズい天一でした。今日もまだ腹の調子が良くないです。
 安楽で残った焼鳥は持ちかえって今わたしの冷蔵庫に眠っています。今夜は安楽の焼鳥をおかずに晩めしにしよう。

1999年5月27日(木)

毎日遊んで暮らしたい


1999年5月23日(日)
 友人の墓参りに行った。彼が自ら命を絶ってからもう5年、彼と知り合って一緒に居た時間よりも過ぎた時間の方が長くなってしまった。八戸の街を見晴らす丘の上にある彼の墓の前でギターを弾き酒を飲んで騒いで来た。
 しとしとと雨が降っていたあの通夜の晩の衝撃も今はもう遠い昔話となり、彼の記憶は日常の生活の中で意識に上ることも少なくなってゆく。彼と一緒に過ごしたたったの3年間の記憶はもう何度も掘り返され反芻されて、いざ墓石の前に立っても以前ほど強い感慨を抱かなくなってしまった。もちろん彼には生き残った私達を拘束するつもりは毛頭ないだろうし、それを求める私の気持ちは生き残った者のエゴイズムなのだろうが...。
 そもそも私はそれほど深く彼と関わりあったのか。彼が生きていたら、これほどまでに彼のことを思っただろうか。どこか遠く離れた地で彼が暮らしているとしたら、私は彼と連絡を取り合っていただろうか。
 来年も必ず八戸に行こう、そう思う私の気持ちだけでも彼にわかってほしい。死者に甘えるのは許されることではないのだろうけれど。

1999年5月18日(火)
 おひさしぶりです。
 ゆうべ夜11時に苦竹のとあるオカマバーのママさんから電話がかかってきました。タクシー着払いで飲みに来なさいよ、との誘いに二つ返事で乗りました。一文無しの私は財布も持たずにタクシーに乗り、苦竹の店に着くとカウンターに私の席が用意してあり、カクテルとワインと焼酎の注がれた3つのグラスが私を待っていました。空腹の私はとにかくカロリーを求めて浴びるように飲ませていただきました。焼酎のビンがカラになったので今度はビールと日本酒を飲み、とにかくタダで飲む酒ほどウマいものはないので飲んで飲んで飲んで、
 ...今朝私は知らない家の布団の中で目覚めました。起きるととなりにそのオカマバーで私と一緒に飲んでいたモモコさんが寝ていました。それから、ひるどき日本列島を見ながら昼めしまでごちそうになり、小田原のモモコさん亭から1時間かけて八幡まで歩いて帰ってきました。庄深の店頭のキャベツ1個60円の表示に惹かれて店内に吸い込まれ、レジ前でポケットに手を入れるとなぜか5千円が入っていました。ありがたく生活費の足しにさせていただきました。

1999年5月5日(水)
 現在チャット掲示板および白頭山onlineが停止しています。連休明けに電話が停まることになっているので復旧作業を行う予定は当分の間ありません。私への急ぎの連絡は郵便または電報でお願いします。

【5月6日 午後7時45分】
チャットおよびファンクラブを新URLに移動して再開しました。
【5月7日 午前9時20分】
まだ電話は通じています。白頭山onlineを復旧させました。読者様からのおたよりに1件追加。

1999年4月28日(水)
 最近の私の生活リズムは、朝8時10分に起きて NHK の「すずらん」を観て、その後は新聞を読み Web で一通りのニュースをチェックしてから、時々ギターの練習をしながら、日中はほぼずっと VC++ で Spectrum Analyzer のソースをいじって遊んでいます。ほんとは自転車を早く修理してどこかにテントでも持って走りに行きたいのですが、所持金が3桁になってからは外出する気になれません。
 今 VC++ で作っているのは、ギターのチューニングを助けるソフト(仮称 NY Guitar Tuner)で、Spectrum Analyzer のエンジンを使っています。私にとっては、プログラミングそのものが遊びであり目的なので急いで開発する気もなく、Win32API のドキュメントを読みながら実験的なことばかりして遊んでいます。無意味にも UI と表示部分を分離して Multi Thread にしてみたり、将来は表示部分を ActiveX オブジェクトにして Windows Scripting Host から制御できるようにしたいので COM や ATL などのドキュメントも読み漁っているのですが、こっちはどうも私には難解でまだまだ時間がかかりそうです。MFC を使えば簡単にできるのでしょうけど、プログラミングを楽しむためになるべく MFC を使うことは避けたいので。
 話はかわりますが、Linux版の Voodoo Banshee/Voodoo 3 用の XFree86 サーバがだいぶ安定して来ています。 http://glide.xxedgexx.com/3DfxRPMS_vb_glibc.html からベータ版をダウンロードできますが、XFree86 の正式ディストリビューションに取り入れられるのも近いかもしれません。3Dfx のビデオカードを持っていて今まで Linux を動かすのをあきらめていた人は、ぜひ試してみてください。あとは私のサウンドカードが Linux でマトモにサポートされれば、Spectrum Analyzer を Linux に移植するんですけど...。

1999年4月26日(月)
 久しぶりの大雨でした。大倉ダム放流のサイレンが鳴り響き、牛越のサッカーグラウンドあたりまで水位が上がっていました。あれだけ晴天が続いたのならもっと早めに放流して備えておかないのはダム管理事務所の怠慢だぁ、と刻々と我が家に危険が迫る濁流の広瀬川を見ながら思ったりしました。
 サイク部新歓ランは雨で予備日へ延期になりましたが、どうしても定義の三角油揚げを食べたくなった私と小太り君ウンコ製造器君と3人で勝手に新歓ランに出かけました(車で)。赤坂の休憩ポイントの商店に立ち寄るとなんとあの店が改築されて立派なスーパーになっていました。ウンコ君曰く「去年の時にもう新しくなっていた」のだそうで隣のガソリンスタンドもなくなっていました。畑前まで来たところで大倉ダムへ至るくねくね道が落石通行止めでそれ以上大倉川左岸を遡ることはできなくなり、広瀬川温泉の横の橋を渡ってR48を経由して定義に入りました。
 日曜日なのに観光客もなく静まり返った雨の定義山の参道を歩いて、庄司恵子のとうふ屋に行き、揚げたてのあの絶品・三角油揚げと冷奴をジャンケンに負けたウンコ君にゴチになりました。定義からは、年々舗装化が進む青下へのダートを抜けて帰宅しました。時間が遅かったのでニッカウヰスキー仙台宮城峡ディスティラリーまで足をのばせなかったのが心残り。今度はニッカに連れてって>小太り君

1999年4月25日(日)
 ゆうべ板倉とチャットをしているうちに気付いたら彼が私の部屋にいました。そのまま酒を飲みながら朝まで日本とアジア諸国の融和、NATOとユーゴの紛争、ムスリムとクリスチャンとの争いについて酔っ払いの狭窄した視野の中で議論しました。結論は、世界の政府の人間は酔いどれの我々よりもずっとずっといろんなことを考えた上で戦争をしているんだ、ということ、...にまとまったのでしょうかね? なんか、板倉と話をしていても、思想の根底に大きな違いはなく、結局二人とも同じことを言おうとしているのに、頭の悪さから語彙が不足してうまく相手に伝わらずにくだらない議論になっているような、大いにムダで有意義な一夜でした。やっぱり議論は考え方の異なる人間としないと面白くないな。おまけに酔っ払っていると、何がなんだかわからないついでに何も覚えていない話をしているだけになってしまって...。
 ひさびさに自分の若さを感じる「呑み」をすることができました。あー楽しかった。

1999年4月24日(土)
 せっかくの週末なのに今日は朝から雨模様、いつもなら子供の遊び場になってにぎやかな私のアパートの前の道路もひっそりと静まり返っています。散り始めていた桜もこれですっかり新緑の装いに変わりそうです。そういえば今日は某応援関係の団体の人たちの花見があるはずですが、...雨ですね。よほど日頃の行いの悪い人でもいるのでしょうか?
 私が会社から一時帰休を命じられて収入が途絶えているこの1ヶ月間、本当に多くの方から食糧・経済支援を受け続けています。ゆうべも有朋寮さわらび同期の遠藤哲志君に“うおや一丁”をゴチになりました。ありがたいことです。私に援助してくれる人たちは皆「GIVE and TAKE だから気にするな」と気を遣ってくれますが、あたしゃ最近ずっと TAKE, but TAKE ですなぁ。まあ遠慮するつもりもありませんけど...。

1999年4月23日(金)
 金を借りてオコメを買いました。「たくわえくん」というブランドのブレンド米です。要するに標準価格米なんですが。
 昨日は、ヒマでしょうがないプータローの私と、ヒマを持て余している留年バカ学生の櫻井さんちょ君、それにヒマ人の留年バカ学生小板橋亨君と昼間から我が家で酒宴を開いていました。私の、家計が正常化するまで禁酒という誓いも、さんちょ君の「ウチにいっぱいビールあるっす」の電話での一言でもろくも崩れて、ザックにビールを一杯詰めて背負って持ってきてもらいました。
 夜になって大量のビールもすべて空瓶になり、散らかった我が家の魔窟の底から発掘した酒もカラになったころ、不出来さんがラム肉とビールと酒を持って私のために食糧支援に来て下さいました。それまでツマミなしでひたすらビールを飲んでいたのが、今度はゼータクにもジンギスカンパーティーになりました。ビールで焼肉を食い、2リットルのパック酒がなくなると不出来さんは寝ている小板橋の乳首を一生懸命吸っていました。
 その後は私も記憶があいまいなのですが、どうも夜中に板倉を電話で呼び出したようで、酔いつぶれたバカ沢さんを車で送ってもらったみたいです。夜中に呼び出されてあまり面識のない人を車で運ぶことになりしかも車中でゲロまで吐かれて、そんな刺激的な生活を送れる板倉君はウラヤマしいですな。

1999年4月22日(木)
 繁体字中国語フォントをインストールしてInfoseek台湾を使ってウェブサーフィン(死語?)を楽しんでいたら面白いページを見つけました。「本週新CD・東洋」つまり「今週発売のCD・アジア編」ってページなのですが、見覚えのある日本の曲目がずらりと、歌手名も曲名も漢字にされて並んでいるさまは結構笑えます。「松隆子」とか「友阪理惠」「鈴木亞美」くらいならいいのですが(でも台湾の人たちはどう発音するんでしょうね?)なかには難解なのも...。

 さてここで問題です。次に挙げる台湾名はそれぞれ日本の何という歌手でしょうか?
緑樂團The Brilliant Green
恰克與飛鳥チャゲ&飛鳥
恰拉CHARA
美夢成真Dreams Come True
小事樂團Every Little Thing
茱蒂與瑪莉JUDY AND MARY
口袋餅乾ポケットビスケッツ
地球合唱團globe
月之海合唱團LUNA SEA
南方之星サザンオールスターズ
彩虹L'Arc-en-Ciel
史必茲合唱團スピッツ
絶配雙人Le Couple
巾白女己(漢字2文字です。「へん」と「つくり」を分けて書いています。)
Puffy
 解答は、上の枠内をマウスでドラッグする(ボタンを押したままなぞる)と出てきます。

 また「本週新書漫畫」要するに「今週発売の漫画」のページも面白いです。「MASTERキートン」が「危険調査員」になってたり、「ハロー張りネズミ」が「偵探物語」になってたり...。

1999年4月21日(水)
 天気いいですな。雲ひとつない快晴の青空です。
 隣の家が取り壊し工事をしていてうるさいので、今日は朝からCDを大音量で流して部屋の掃除をして洗濯をし布団を干してと、普通の人の週末の午前中のような生活をしています。
 昼間、作業が一段落してからコイタバ氏に電話をかけてみました。今日は平日ですが、やはり彼は家にいました。だらだらと電話で「梨食いたい、桃食いたい、焼きナス食いたい」と食べ物話をしたところで、彼はNHK教育の「高木ブーのウクレレ教室」を観るからと電話を切りました。あー腹減った。でもウチには米がないのです。

 先日公開した nybbs-0.9.4 は、機能のほとんどが未実装であまりに不完全だったので削除しました。現在の最新版は nybbs-0.9.6 です。まだ一応β版ということでドキュメントの類は一切ありませんが、ソースコード中にコメントをたくさん入れておいたので「Perl使い」な人なら動作のしくみを理解するのは容易だと思います。(Perl がわかる人ならば誰でもすぐに作れるような稚拙なコードですけど。)

1999年4月20日(火)
 近所の家が建て替え工事をしていて昼間うるさい日が続いています。ようやく取り壊し作業が一段落ついたと思ったら今度はそれとは別に、隣の家が取り壊し作業をはじめました。家が老朽化したので引っ越して駐車場にするのだそうです。白頭山が休みなので昼間寝る必要はないのでまぁいいのですけど、すごい騒音ですワ、これは。でも隣がサラ地になってしまえば、我が家はもう夜中でも騒ぎ放題深夜狂乱宴会愛好者の楽園になるはず...。

1999年4月15日(木)
 今まで「ながのゆたかファンクラブ」はベッコアメとは別のサーバで別料金を払って運営してきましたが、ベッコアメで去年からCGIが開放されたのを機に自前のプログラムで動かすことにしました。昨日からファンクラブは新システムで稼動しています。URLが変更されましたのでご注意下さい。
 プログラムはまだβ版ですが、ソースコードを公開します。面倒なのでドキュメントはありませんし、当然無保証です。フリーソフトとして自由に改変して使って構いません。また、プログラムコードに対する要望や意見などは歓迎しますが、「どうやって動かすの?」といった設置方法に関するお問い合わせには応じません。
 → nybbs-0.9.7.txt (便宜上 .txt という拡張子にしています。適宜変更して下さい。)

1999年4月9日(金)
 榴ヶ岡の桜はもう咲き始めたようで、仙台にもようやく桜の季節がやって来ました。今日は天気も良く春の陽気に包まれて、花粉症の私は朝から鼻水たらしっ放しです。
 春休み中は我が家の前の道路が子供達の遊び場になってにぎわっていました。普段こたつで寝ている私の耳元からそのお子様達の声帯までの距離は、途中窓ガラス1枚を経て2mほどしか離れていないわけで、毎日クソ餓鬼の甲高い声に悩まされ、夜型の私には寝苦しい日々が続いていました。でもやっと学校が始まってくれて我が家の前の通りも静けさを取り戻しました。昼間、あまり静かなのも淋しいもんです。

 そうそう、4月から、ベッコアメのドメインが「bekkoame.ne.jp」に変わっています。メールアドレスやブックマーク、リンクなどの修正がまだの方はお早目にお願いします。

1999年4月7日(水)
 おひさしぶりです。最近はかなり投げやりな私のホームページに、今日もお越しいただきどうもありがとうございます。
 「読者様からのおたより」に、宮教大サイクOGの山口さんからのお便りを掲載しました。お便りをいただいてからかなり経ってからの掲載となってしまいましたことをお詫び申し上げます。

1999年2月24日(水)
 北四番丁を西に進んできた共同溝工事が今は八幡町で行われています。道路の舗装を掘り返したその横に、アスファルトの下から出てきた市電のレールが積まれていました。ノスタルジーだけじゃない路面電車の有効性が叫ばれている昨今の風潮と、目の前で掘り返されて撤去されて行く市電のレールとが頭の中でぐるぐると絡まり合ってゲロを吐きそうになりながらタバコ屋に逃げ込み、エコーを1カートン買って帰宅しました。頭悪いんで市電の有効性と害悪についての計算なんてできませんが、路面電車の街・広島で中学時代を過ごした私は、やはり市電が走る街が好きです。

1999年2月22日(月)
 今朝は白頭山からバスで帰宅しました。バス停に行くと大学病院経由定義行きがすぐに来ましたが、爺婆満載のそのバスをやり過ごし、続いてやってきた作並温泉行きも爺婆バスなのでパスし、その次の、尚絅女学院・一女高経由交通公園行きのバスに乗車しました。そのバスは通学の女子高生で満員で、男の乗客は私一人でした。ピチピチ・ムンムン(何のこっちゃ:)のバスに揺られて、仕事の疲れと眠気も吹き飛ばし今日一日の活力を得て帰宅しました。感謝

 東京に出張に来たついでに仙台に遊びに来た、という京都在住の朋也くん(毛深い・最近また失恋)と、それに付き合って東京から遊びに来た尚史くん(毛深い・うなじ好き)が土曜の夜1泊だけ仙台に滞在して帰って行きました。遠方からの客人にご馳走をと明治屋でチーズとフランスパンを購入し白頭山に持ち込んでフォンデュをしました。それからサンシャインボウルで卓球をし、板倉龍くんの家でAV(裏)を鑑賞して、彼らは久し振りの仙台を満喫して帰って行きました。私と卓球をするために新幹線ではるばる仙台までやってきた彼らのお陰で、週末の暇つぶしをすることができました。感謝。

1999年2月17日(水)
 そろそろ寝ようかという朝5時に電話が鳴りました。
「もしもし、長野ですけど」
「‥‥(なにやらぶつぶつと歌声)
「もしもし?」
(歌声)おれはァ〜、ダメだァ〜、ダメにんげ〜んんん
「あ、○○さんっスか? 飲んでるんですか?」
(ずっと歌いっぱなし)ダメだ〜ダメだ〜、ニッポンんん、ダメだ〜
「ダメになってるみたいですね」
ちょっとウンコしてくる
「はあ」
ウンコもれると大変なことになるから、ウンコしてくる」ガチャッ、ツーツーツー。
「・・・・」
 いったい何だったのでしょう。これでもこのダメ人間さんは、私の高校の時の先輩なんですけどねぇ...。

1999年2月14日(日)
 今朝は寒いですね。ゆうべ、あー寒い、灯油も残り少なくなってきたなー、などと思いながらNY Chatに入ると、ちょうどいいタイミングで私のお抱え運転手メガネの小太り君が入って来ました。チャットで彼を呼び出し、彼の車で灯油を買いに行きました。そのまま車で白頭山に乗りつけてホルモン定食に舌鼓(もしくは舌打ち)を打ち、灯油を2缶買って家の前まで送ってもらいました。便利ですね、学校にいる運転手君と気軽に連絡が取れて。チャットを設置した甲斐がありました。

1999年2月13日(土)
 今日は快晴、冬晴れの気持ちのいい日ですが、風がすごいですね。蔵王からの強風に乗って小雪が真横に流れて行きます。
 今朝白頭山を閉めたのは午前8時近く、久し振りに遅くまでお客さんが見えました。店を閉めて後片付けをしていると、つい先ほど送り出した、川村さん(齢77歳・大正10年生まれのじじい)から電話がかかってきました。
「グリコのレトルト中華丼があるから喰いに来い。」
 ...とのことなので、紙パックの合成酒を手土産に爺さんの家に押しかけました。それから爺さんの帝国海軍鹿屋航空隊時代の話を肴に合成酒で酒盛りをして、ふと気付いたらもうお昼、正午になっていました。本町の爺さん邸を出ると、外は極めて健全な昼の街。三越の袋をぶら下げたご婦人の横でバスを待ち、酒臭い息を吐きながら交通公園行きのバスで帰宅しました。真ッ昼間から酔っ払って街を歩くのもなかなか優越感に浸れて(私がそう思っているだけで、周囲の人間は「いい気なもんだ、この長髪浮浪者野郎」とでも思っているのでしょうが)、気持ちのいいもんでした。あー酔っ払ったァい。

1999年2月10日(水)
 だいぶ前に作ると宣言して以来中断したままだった、銀輪会オンライン住所録「銀輪DB」の開発作業を再開しました。ユーザー認証を行うコードがとりあえず完成し、現在テストを続けています。データベース本体は、Berkley-DBライブラリを使って構築しようと考えていますが、これがウチのWindows環境では動かないので、cgiサーバにプログラムを転送してオンラインでデバッグ作業をしています。恐ろしく非効率的です。
 ベッコアメのcgiサーバは FreeBSD + Apache + Perl 5 という組み合わせで動いているそうで、それらはすべてフリーソフトなので、同じ環境をウチのPC上で構築すればデバッグの効率も上がりそうです。Linuxは入れてるんですが、FreeBSDに乗り換えようかな。BSDには精神高揚効果もあるって話だし...。

1999年2月9日(火)
 電話を復旧させました。ネットに接続することができない、息が詰まるような一週間でした。やはり私はオフラインでは生活できません。

1999年2月4日(木)
 巻頭言廃止/再開アンケートの集計結果は、
  いつも楽しみにしてますからぜひ再開をお願いします57票
  あってもなくてもどうでもいいからまあ廃止したきゃしろ:37票(うち35票は私)
でした。予想のつきやすいつまらない質問だったので結果も予想通りになりました。とりあえず、アンケートの結果を踏まえ、再開することにします。
 でも、我が家は本日午前8時30分に電話が停まることになっています。12月分の電話代3万円は現在財布の中にあることはあるのですが、大家さんから滞納している家賃の催促も受けています。ここで家賃を1ヶ月分でも多く払うか、それとも電話を早く復旧させて今月の電話代も大台突破を目指すか、難しいところです。

平成己卯年 元旦
あけましておめでとうございます。
本年が楽しい年でありますようにお祈り申し上げます。

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