――2002.8/5〜8/7――
あかじそファミリー《また!》海に行く


D「馬鹿顕在」



弟の家に到着した。
弟の設計した家は、まるでチャペルのようにカッコイイのだが、
何だか異常に暑い。
リビングを見上げると、洒落た吹き抜けの窓があり、
高い位置からの光や熱を家の中に呼び込み、
そして、
―――暑い!

「腹減った」
と、夕方4時から騒ぎだした子供たち。
「俺はいつもバーベキューで人をもてなすのさ」
と語る弟だが、アカンボ連れの旅行で疲れている奥さんに、
仕込みや片付けをさせるのは気の毒だし、我々も気を使う。
「ご馳走するから夕飯は外食にしないか?」
と言ったのだが、
「俺は毎週バーベキューだから。紙皿使うから。何にも洗い物ないから」
と、弟は言う。
「でも・・・・・・」
と、それでも私と父がもぞもぞ言っていると、
「ダイジョブだって。俺んチは毎日バーベキューだから」
と言う。

そこまで言うなら、とバーベキューをしてもらうことになったが、
夕方、アカンボがぐずる中、ひとりでせっせと野菜を刻んだり仕込みをするのは、
やはり弟の奥さんの仕事だった。
私は手伝おうと思ったが、奥さんは手早く準備を終わらせてしまった。

「結局いつも私がやらされるんで、慣れてるし」
と、サラッと言ってくれたが、弟のヤツ、
やっぱり奥さんに負担を掛けているのに気付いていないではないか!
「毎日バーベキューって言ってたけど、家族だけで?」
と私が聞くと、
「人が来たときだけ。すぐ大げさに言うの!
毎月が毎週になって、毎日とか言っちゃって」
と奥さんは笑う。

物を大げさに言うのは、
私自身にも思い当たるふしがあるので何とも言えないが、
ともかく弟は、奥さんに威張ってて、そして甘えている。

そんなところも、父同様。

私は、そんな弟に文句を言った。
父に似るなよ、父に似るなよ、と。
しかしそんな私もまた、
「自覚症状あり」の「父同様」なのだ。

リコウな弟の奥さんは、
なぜかどんどん母に似ていく。
不思議だ。
順応力や適応力のある人は素晴らしいよな、と思った。


私は、昼間のシーワールドでの格闘で疲れきっていたので、
食事も飲酒もそこそこに引き上げて、皿を洗ってとっとと寝た。
寝る前に、【カナ10】と四男を風呂に入れたのだが、
アカンボを風呂に入れるのは、やっぱり幸せな行為だと思った。
ふなふなで、へろへろで、イタイケで、可愛い。
ああ、アカンボが好きだ。

風呂に入ってサッパリしたし、
もう、とにかく電池が切れたので寝た。
育児は、最後にゃ気力だ。


よく朝、道路が混みだす前に帰ろうと、
朝9時半に出発することにした。
出発直前、今まで仲良く遊んでいた四男と
【カナ10】が大声を出し合ってもめていた。
ひとつのオモチャを取り合って引っ張り合っていたのだ。

2歳半は、やっぱり生後10ヶ月に比べたら強いが、
生後10ヶ月の握力は、
まだ猿の本能が残っているから馬鹿にできない。
いい勝負で戦っていた。

と、形勢不利と見た四男が、突然【カナ10】の後頭部をぺチッと叩いた。

「コラッ!」
と、私は飛んで行って止めたが、恐らく生まれて初めて
バイオレンスを食らったと思われる、箱入り娘・【カナ10】は、
一体何が起こったのか判断でぎずに、ただ固まっていた。

申し訳ない。
ただただ、申し訳ない。

私は、独身時代からずっと、
「乱暴で、ギャ―ギャ―うるさくて、
口汚く言い争うオスガキ」
が大嫌いだったのだが、
うちには4人もそれがいる。

弟も、奥さんも、つくづくオスガキがイヤになっただろうなあ、
としんみり思いつつ、
2、3人の幼い娘たちと一緒に
折り紙やアヤトリをするのが夢だった自分の若い頃を思い出した。
今年36歳になったが、まだその夢を捨てきれずにいる。
年も年だが、まだ女児出産をあきらめていない私に、
両親は、「もう勘弁してくれよ」と言い、
夫は、「別にどっちでも〜」と言う。

でも時々、泣きたくなってしまう。
手に入れようと思うから届かないのだ。
授かりたいとただ願えば、
それは私の元にやってきてくれるのか―――。


弟たちにお礼を言って、熱帯のチャペルを出た。
再び狭いシャリオに全員乗り込んで一路自宅に向かったが、
渋滞に巻き込まれて30分で通過できるところまで2時間かかった。
お腹が空いたと子供たちが言うので、途中、「道の駅」に寄る。

おにぎりを買って、ふたつづつ食べた。
そして、自家製アイスクリームを食べていると、じじじそが、
「ばあさんに銚子メロンでも買って帰ろうかなあ? どうしようどうしよう」
と、うろうろ落ち着かない。
「買えば」
と私が淡々と言うと、
「銚子じゃなくって、何とかメロンならあるんだって。どうするどうする?」
と、そわそわそわそわ行ったり来たりしている。
「買えばいいじゃん」
私が投げやりに言うと、迷いすぎてイライラしてきたじじじそは、
次男と喧嘩をし、他の子供たちのゴミは捨ててやったが、
次男のゴミだけ無視してわざと捨てなかった。
めちゃくちゃ幼稚な意地悪をしている。

繰り返すが、じじじそと次男は、53歳違いの双子とも言えるほど、
何もかもそっくりなふたりなのだ。

ふたりして、
「ふんっ」
「ふんっ」
と、意味の無い喧嘩を繰りかえし、その後の車内でも最悪だった。

そして2時間後、昼の1時半過ぎにやっとじじじそ宅に到着した。
荷物を降ろしてサッと家に帰ろうと思っていたのだが、
頭痛で苦しんでいるはずのばばじそが笑顔で出迎え、
「カレーライスできてるからみんな降りな〜」
と言ったものだから、子供たちは勿論、
じじじそまでスキップして車から飛び出し、
みんなとっとと
ばばじそのふところへと飛び込んで行った。

さすがばばじそ。
ゴッド・マム。

私は、ひとり、車を運転して家に帰り、
自宅に荷物を降ろしてから、
カラカラに干からびてしまっている庭に水を充分に遣った。
大量の洗濯物をカゴに入れ、
冷蔵庫の中の冷えきった【飲むヨーグルト】を一気飲みした。

自転車に乗り換えて歩いて5分の実家に向かう。
ばばじそに玄関を開けてもらって中に入り、
ちょっとゴロッと横になったら意識を失ってしまったようだった。
遠くに
「ちょっと買い物行ってくるね〜」
という母の声を聞いて、また眠ってしまった。

数時間後、私たちは、ばばじそ特製のカレーを食べた。
そう、またカレーだ。

それでもみんな、
うまいうまいと久しぶりに食べるような勢いで平らげた。
食べているとき、じじじそと次男がまた喧嘩を始めた。

「そんなだらしない食い方してると、ぶっ飛ばすぞ」 
と脅すので、
「ジイみたいに虐待男になっちゃうからやめてよ」
と私が言うと、
「ほうらな、
甘やかせばお前みたいな
口ばっかり生意気なガキになっちまうんだ」 
と、私にまで火の粉を振り掛けてきた。

( 子供だった私や弟を、そして母を、
あんたは気分次第で殴ってばかりだったじゃないの! )
( 悲しみに負けないために、私は生意気になったのよ! )

「殴って体で分からせないとダメなんだ!」
まだ嫌な言葉を繰り返すじじじそに、私は涙が出てきた。

学校の帰り道、
交差点を飛び出して
何度も車に惹かれそうになっている次男に、
じじじそは、
「お前なんて轢かれて死んじゃえばいいんだ」
と言って注意し、
ばばじそにその言葉を咎められると、
ますます意固地になって、繰りかえし
「お前なんて、死ねばいいんだ!」
と次男の顔を見て大声で言う。
それは、ついこの間のことだ。

ばばじそは、私が静かにカッとなっているのに気付いていた。

疲れているじじじそと私が、神経戦を戦わせようとしているのを
一瞬で感じ取って、楽しい話題に挿げ替えた。
私は、涙声をごまかしながら、楽しい話に乗っていこうと頑張った。
じじじそも、しばらくは、
「ああ、おもしろくねえ!」
だの
「ケッ! いろいろやってやったのによ!」
だの、毒づいていたが、
やがて静かになって縁側に煙草を吸いに行った。

みんな旅行中ずっと気を使ってきて疲れていたのだ。
マイナスとマイナスをつなぐ、プラスのばばじそが居なかった旅で、
神経を使い果たしてしまったのだろう。
無事ばばじその元に帰って来て安心し、甘えが一気に出てきてしまった。

その後、私とばばじそは台所で洗い物をしながら、
じじじその悪口を言い合っては笑っていた。
「あのバカ男がさあ!」
とふたりでゲラゲラ笑っていると、
台所の窓の外側にじじじそが居て、
「俺の悪口言ってるな〜」
と言い、高笑いをした。
「ギャ―!」
「そこに居たの?! びっくりしたーっ!」
私とばばじそは、思い切り言いたい放題言っていたので、
本人登場で本当に驚き、大声を上げて飛び上がった。

怒って、泣いて、我慢して、爆発して、後悔して、反省して、許して、また笑う。

本当に、心底嫌になることが、何度も何度もあるけれど、
それでもまだ家族であり続けることを続けている。

昨日許しても、また今日は怒り、
今日怒りに震えても、明日また笑って許している。

非・建設的で馬鹿な関係。
全然前に進めないのに、いつもぐるぐる回ってる。

あかじそファミリー、今日も無事、馬鹿顕在だ。

   
2002.08.08 作 あかじそ