爆裂 31歳児

夫の妹、31歳。未婚。
夫の母の末っ子である。
夫の両親は、ずっと前から家庭内離婚していて、
姑は、夫との心の溝を埋めるように、
その娘を、ずっとペットのように猫っ可愛がりしてきたらしい。

彼女に関するエピソードは、数知れない。

結婚して間もない頃、
姑と一緒に新婚家庭に1週間ほど泊まり込んだ彼女は、
中華レストランで15〜6品注文し、
「やっぱりいら〜ん」
と、言い、デザート3品を食べただけだった。
 私は、料理のたんまり乗ったテーブルを見渡してあんぐりし、
「これ・・・・・・どうする?」
と、もらすと、姑は、
「お兄ちゃん! 食べまっし!!」
と、夫にきつい調子で言い渡した。

(そんなに食べたら死んじゃうよ!)

と、思ったが、私のその思いを察してか、
姑は、
「ここは、私が出すさかい、好きにさせて」
と、早口で言った。


 私が、三男を出産し、
病院から「ベッドが足りないから」と、
早めに退院させられた日、
姑と一緒にやってきた彼女は、うちに来るなり、アカンボに目もくれず、
「眠〜い」
と、言って、私の布団に迷わず直行し、熟睡してしまった。

 私は、急いで買物に行き、
姑と舅に食事を作り、
アカンボに乳をやり、
コーヒーを淹れ、
アカンボのうんちを取り替え・・・・・・
と、やっていたら、夜になってめまいがしてきた。
 今回の出産は、出血が多くて、大変だったのだ。
夫の妹は、ふらふらになって皿を洗う私に、
「食後にシュークリームが食べたいから、
ケーキ屋で買って来てください〜」
と、言う。

(まじっすか?)

私は、正面から妹さんの顔を見つめてしまった。


 私がヤクルトレディーの仕事をしているとき、
「生理休暇」を取って姑と一緒にうちに泊まりに来ていた妹さんは、
朝、支度で忙しい私に、
「トーストの焼き加減が違うので、もう一度焼き直してください」
とか、
「カフェオレのミルクの分量がこれじゃ嫌だから、淹れ直してください」
とか、
「明日の朝は、もっといい食パンを使ってください」
とか、
「歯磨きするから、お湯を用意してください」
とか、
「エアコンだけじゃ寒いから、
今度来るときまでにストーブを用意しておいてください」
とか、
20個ぐらいの注文を立て続けに言い放った。

 私も、朝の忙しい時間、出勤前に言われたものだから、
カチン、と来て、

「うちはホテルじゃないしねえ・・・・・・」

と、苦笑いしながら言うと、なぜか姑がキッ、となり、

「お金は払うさかいにっ!!!」

と、きつく言った。

(バカ親めっ!)


 私は、夫を睨んだが、夫は気づかない。
のんびりと、トーストをかじっている。


 今年のクリスマスの3連休、
例によって、姑・妹コンビが泊まりにやってきた。
私が、食事の準備やら、後片付けやらしていると、突然、妹さんが、

「私は、毎朝、アンドーナツを食べるんで、買ってきてください」
と言う。

 もう、夜も7時過ぎである。

 私は、急いで近所のスーパーに行こうと支度していると、
その私の背中に、
「スーパーの安いのは、食べられんし。
ベーカリーの美味しいのでないと嫌」
と、言う。

「えっ!!」

私が固まっていると、姑が、
「まあ、いいじゃないの、まずいのでも。リカさん、嫌な顔してるじ」
と、言った。
「えっ? 嫌じゃないですけど、
ベーカリーは、遠いし、もう閉まっているので」
と言うと、姑と妹さんは、(チッ)という顔をした。

 私は自転車を走らせた。
もちろん、スーパーに、だ。
 なにが、ベーカリーだ。阿呆!
私だって、市販品よりベーカリーの方が
美味しいに決まってるじゃないの!
あんたの息子の稼ぎじゃ、スーパーのパンだって買えなくて、
わたしゃ、強力粉買って来て、自分で毎日焼いてるんだぞ!

 ハアハア言いながら、家に戻ると、私が上着も脱がないうちに、
妹さんは、
「リカさん、チョコレート食べたい。あとアイスも。
でも、ハーゲンダッツじゃなきゃ、ダメや」
と言う。

(てめえこそダメやっ!)

私は、切れそうになった。
 
 私が、「明日にしようよ」と言うと、
その言葉が言い終わらないうちに、姑が、
「金は出すじ!」
と、ピシャッ、と言った。

 私は、また自転車にまたがって、遠くの百貨店まで走った。
四男が、乳くれ、と泣いている。
でも、店も閉まってしまう。

(なんでやねん!)

である。

 この31歳児!
確かに、青春真っ盛りのハタチの時に、事故に巻き込まれて、
軽い障害を負ってしまった。
気の毒な状況ではある。

 でも! でもね! お義母さん!!

だからこそ、しっかり自立させてあげるのが、
親の役目なんじゃありませんか?
私が死んだら、この子は、どうなる? と、泣くんじゃなくて、
私が死んだら、この子を頼むわ、でなくて、
この子、この31歳児を、31歳の大人として扱ってやることこそが、
本当の愛情なんじゃあ、ないでしょか!

私は、いつも、結構、ズバッ、と、妹さんに言ってしまいますよね。
「自分でやってごらん。できるはずだよ」
って。

でも、
「この子には、そんなことできん!」
って、彼女の意志を聞く前に立ちはだかってる母親は、
結局彼女の育つ力を台無しにしているんですよ。

人間は、死ぬまで育つことができるらしいですよ。
妹さんも。
そして、お義母さんも。
私も、です。

育ちましょうよ!
育ちましょうよ!
育ちましょうよ、お義母さん!

 私は、31歳児が気の毒で仕方ないんです。
生きているんです、彼女は。
そして、これからも、あなたの死後も、生きていく人なんです。
 骨を抜かないであげてください。
生きているものの、骨を抜かないでください!
 それは、エゴです。
それは、彼女を殺しています。

私は、私の目の前で、人殺しはさせません。
そんなことは、絶対にできません。

病気で気弱になっているお義母さんには、
やんわりとしか言えないけれど、
他人のお前は黙ってろ、と言われそうだけれど、

31歳は、大人です。
猫でもないし、お人形でもない。

 余計なおせっかいかもしれませんが、
わたしは、あなたを叱りたいです。


そのことがいまだ言えず、
また自転車をかっとばしてしまうのだ、私は。


              (おわり)

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