商工会まつりにて じじじそには、まいった。 いつもいつも、しょうもない親父だが、 オンモに出ると、なお一層、しょうもない男だ。 地元の名産品即売所で、3軒の梨農家が並んで梨を売っていた。 右から、にこにこ嫁姑チーム、真ん中はウツムキがちな嫁姑チーム、 そして、左には、もじもじしたおじちゃんひとりが、並んでいた。 私は、何の気なしに、真ん中の試食の皿から、梨をつついてみた。 「うまいっ!」 すると、真ん中の、おとなしそうな嫁姑の表情が、パッ、と明るくなり、 「こ、これ、ど、どうぞ……」 と、ビニールに4個梨が入ったものを私に渡そうとした。 すると、 「400円で〜す」 と、右隣のにこにこ嫁が、自分の家の方の梨を無理やり私に渡してきた。 「ほら、お母さん! おつり用意して!」 と、ニコニコしながら姑の肩をつつく。 真ん中の家の内気な嫁姑は、凍りついて固まった。 そこへ、追い討ちをかけるように、じじじそが、真ん中の梨を試食して、 「ん! ダメだ、こりゃ! まじいまじい! 水っぽい!」 と、真ん中の嫁姑に向かって、大声で言う。 真ん中の嫁姑が、一家で1年間丹精した梨だ。 それは、私が食べた限り、とてもうまかったのだ。 それなのに、じじじそのその仕打ち! 内気な嫁姑は、完全に表情が無くなり、二人揃って、一瞬にして、目が暗く落ち窪んだ。 じじじそは、更に、右隣の活発な嫁姑チームの試食梨を食べると、 「うまいっ! あっちの梨とは、大違い!」 と、言い放ち、 「3袋くれいっ!」 と、大量注文だ。 私は、慌てて、 「私は、こっちの方が好きかな!」 と、真ん中チームに千円札を渡し、 「2袋ください!」 と、言った。 しかし、真ん中チームの嫁姑は、必死のフォローも虚しく、 目がうるうるで、半泣き状態である。 じじじそ! この、くそじじい! テメエは、人の心ってもんが、わかんねえのか! 私は、買う予定のなかった重い梨を両手に持って、 とっとと先に歩いていくじじじその背中を睨みつけた。 と、突然、じじじそは立ち止まり、私は、ドスン、とヤツの背中に追突した。 「何よ! どしたの!」 すると、じじじそは、にやにやしながら振り返り、輪投げコーナーを指差し、 「俺、あれやりたいんだけど、子供専門みたいだから、 お前、俺にもやらせてもらえるように、言って来い!」 と、言う。 「はい〜〜〜〜〜?」 私があきれていると、じじじそは、 「俺、昔から輪投げ名人なんだ! すげえ技見せてやる」 と、腰を落とし、くねくねくねらせて、輪を投げる フォームを繰り返す。 「見たくないねっ!」 私は、乱暴にじじじその肩にぶつかりながら、追いこした。 「よう! ようようよう! 頼むよ、お姉ちゃん!」 「うるせい! 酔っ払いめ!」 私は、完全に怒っていた。 ばばじそと、子供達4人は、どんどん先に行ってしまい、 私は、じじじそのお守りに来たようなものだ。 じじじそは、いつの間にか、右手にビールの紙コップ、左手に焼き鳥を持ち、 へらへら千鳥足で歩いている。 ……ってことは? 「ちょっとお! 梨どした! 3袋!」 私が叫ぶと、 「うい?」 と、ヤツは、可愛く首をかしげる。……なくしてやがる。 「うい?」じゃねえだろ、お前はフランス人か! あんなに、善良なお百姓さんたちを傷つけ、打ちのめしておいて、 「うい?」は、ねえだろ、この野郎! 私は、人でごった返す祭会場を、駆けずり回って必死に梨3袋を探しまくった。 が、ない。 誰かが持って行ってしまったらしい。 そりゃそうだろう。 ぐったり疲れて、ばばじそと子供達のところへ行くと、ばばじそは、 「あたし達、もう帰るから。おとうさん、よろしくね」 と、言って、とっとと家に向かって歩き出してしまった。 「おとうさん」は、遥か向こうで、へらへらと輪投げしている。 子供達を大勢待たせて、いつまでも次の人に交代せずに、 「ちょっと待てよ、おかしいな、もう一回、あれっ、ちょっと、もう一回」 なんて言って、いつまでも輪投げコーナーを占拠している。 輪投げ係の、商工会青年部のお兄さんたちも、困惑しまくっている。 私は、太い、ふと〜いため息をついて、じじじその後ろに進み、 「父が酔っぱらってご迷惑をおかけしました」 と、一同に丁重にあやまり、 ヤツの首根っこをつかんで、ずるずると引きずってその場を去った。 「よ〜し、けえるぞ!」 じじじそは、何だかご満悦らしい。 私は、無言で自転車に乗った。 じじじそも、自分の自転車にまたがると、でっかい声で、 「○○町2丁目5番地9号に帰りますよ〜〜〜!」 と、あたりにいる人たちに報告した。 「これっ! 黙れ! 住所を言うな!」 私は、先に自転車を走らせた。 道は、人と自転車でいっぱいだった。 私たちは、道路の左側を、ゆっくりと自転車で進んでいると、 向こうから、やはり自転車で来たおばちゃんが、 「左側通行でしょ!」 と、私に怒鳴ってきた。 私は、左側の歩道の、やや右寄りを走っていたようだ。 だから、歩道の左端に寄りやがれ、とおばちゃんは言う。 しかし、おばちゃんの方こそ道路の右側を走行しているのだ。 私が、おばちゃんの迫力にひきつっていると、じじじそが、 「テメエこそ左走れ、ババア!」 と馬鹿でかい声でおばちゃんに言った。 おばちゃんは、キッ、となった。 「やや、ババア怒ったぞ! お姉ちゃん、逃げろ!」 じじじそは、そう言って、物凄い勢いで私を置いて、自転車を飛ばした。 「へっへっへー」 まるで子供だ。しかも、幼児だ! しかし、幼児でも、親は親なのらしい。 私は、自転車を立ちこぎして、必死にじじじその後を追いかけた。 (おわり) |
2001.11.9 作 あかじそ