
エピソード
「ドラマチック・ワイフ」
何だか、俺が仕事にてんてこ舞いしている間に、 家庭の方がドラマチックになっている。 それもそのはず、妻のヤツが、また、いつもの「ドラマチックモード」に入っているのだ。 妻がいない所で、俺が子供の大喧嘩を仲裁したら、 子供が、ものすごく大袈裟に妻に告げ口したようなのだ。 「僕の頭を蹴った〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 ちょこん、とだよ。 「僕をぶん投げた〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 押しただけだろ。 しかし、妻の頭の中に映し出された映像は、そうじゃなかったらしい。 奇声を発して、暴れ狂い、小さい子供たちを右へ左へと振り回し、 殴り、蹴り、ゴリラの如く自らの胸を叩き、叫ぶ、狂った俺の姿、だったらしい。 誤解だ! それはない! 子供は、号泣しながら、階段を駆け登り、 降りて来る時は、妻の後ろでニヤニヤしていた。 そして、妻は・・・・・・片手にアカンボを抱き、のっしのっしと、静かにやって来た。 目は・・・・・・スワッている・・・・・・。 やばい! 始まる! ドラマは、もう、すでに幕が開いている!! 「・・・・・・頭! ・・・・・・蹴ったんだってなあ!」 「あ、いや、それは・・・・・・」 「頭ってさぁ! 蹴っていいんだっけ?」 「だめです・・・・・・」 「頭蹴られるってさぁ・・・・・・、どんな気持ちかなあ?!」 「あの・・・・・・、えっと・・・・・・」 「教えてやるよ。 そこに座んな」 「いえ、け、けっこうです・・・・・・」 「けっこうじゃねえ」 「あ、はい」 「すわれっ!」 「いえ、あの・・・・・・」 「すわれ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 どうやら、極道もののドラマらしい。 「どうじゃ!! どんな気持ちじゃ〜っ!!」 妻のつま先が、俺の頭をコツコツとツツく。 俺は、カッときて、咄嗟に妻を壁際まで押し返した。 「何してんだよ」 妻は無表情で、俺を冷たく見下ろしていた。 「子供はよぉ、そうやってやり返したくてもさぁ、できないんだよ! 親にさぁ、頭蹴られるってさぁ、悲しい事なんだって事をよぉ、 わかんねえのかなあっ! テメエってヤツァーよう!!」 俺はもう、卑屈に笑うしかない。 「はは、ははは・・・・・・」 「何笑ってんのよ・・・・・・。何が可笑しいの?」 あ、目つきが変わった。何か、違うドラマに切り替わったぞ! 「あたいは、親に殴られて育ったのさ・・・・・・」 <生い立ちが不幸>モードだっ! これは、タチが悪いんだよ・・・・・・。 「あんたみたいな、お坊ちゃん育ちには、わかんないだろうよ。この悲しみがね」 「・・・・・・」 「愛され方を知らず、愛し方もまた、知らない。それがあたいなのさ・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・殴られて育った子供の気持ちなんて、あんたには想像もできないだろうが」 「・・・・・・」 「生きていていいのかな? って・・・・・・、いつだって自分が許せないんだ」 早く謝った方がいい! 早く謝らないと、次の段階に進んでしまう! 「さよならっ!」 遅かった! <宝塚>モードになっちゃった! 「わたくしには、子供たちの命を守る使命があるっ!」 「あ、あの、えっと・・・・・・」 「君とは、もう、別れなければなるまい!」 「ああ〜、もう・・・・・・、ごめんなさいっっ!!」 「立ち去るのだ! 今、すぐに! さあ! さあっ!!」 「あ、あのぅ、オスカル・・・・・・じゃなくって、リカさんや」 「なんだ?!」 「すみませんでしたっ!!!」 俺は、土下座だって何だってする。 妻のドラマチック・モードを終わらせるためならば! 「もう、駄目なのね、私たち」 出たぁ! <四畳半フォーク>の世界! 「あの頃は、二人で行ったのにね、あの銭湯に」 「はいはい、洗面器片手にね」 「もう、戻れない。あの頃・・・・・・」 「いや、確かに戻れないけど・・・・・・」 「二人の恋は・・・・・・終わったのねえ」 しまった! いつのまにか<シャンソン>モードにスライドしている! 「ユメノヨウニ フタリハ デアイ アイシ ソシテ ワカレテイク ソレガ サダメ カミノ アタエシ ・・・・・・」 「ごめんなさいっ!!!」 俺は、台所の床に何度も額を押しつけて謝った。 ここで終わらせないと! ここで終わらせないと! 「おちゃらけて、笑い話にして、つらい状況を消化していこうとした」 あ〜あ! 行き着いちゃった、<作家>モード。 これ、ネタにされちゃうよ。 絶対、悲惨な物語を執筆しちゃうんだ、この人は。 ま、仕方がないな。 俺が、コツンとだけど、子供の頭を蹴ったのは事実なんだ。 カッとすると、力加減ができなくなるのも、事実だ。 反省します。今度こそ、肝に命じます。 だから、もう一度、チャンスをくださいよ。 俺が、自分にしか興味がないなんて、誤解だ。 妻みたいに自由に言葉が操れないだけなんだ。 頭と心と体とが、うまく連携がとれないだけなんだよ。 「でも、もう、自分だけの努力では、どうにもならないという事を、はっきりと自覚しなければならない・・・・・・」 俺は、これからどんな風に料理されちゃうのだろうか。 きっと極悪人だろうな。 そうだろうな。 (つづく) 完全に極刑くらったね、夫。 心は、吊るし首だね。 つらいが、仕方ない。甘んじて受けよう。愛の罪と罰。 (つづく) |