エピソード15 「 民生委員 」

 夫は、家族が近所のトラブルに巻き込まれ、窮地に落ちても、
「困ったね」
とだけ言ってばたばたと出勤し、まったく関心なし。
 関わる意志なし。
「それだけかい」
と袖をつかむ妻に、
「ごめん」
と言って、出勤。

 夫が転職する時に、妻は、少しでもフォローをしようと、
幼児3人おんぶにだっこで、託児所や勤め先に連れ歩き、
自転車で配達の仕事を、雨の日も雪の日も続けたのに、
「家に閉じこもっていると愚痴っぽくてうるさいから、勤めに出してやってい
る」
と、夫は、言った。

 妻は、結婚して10年間は、
「夫婦で協力して家族を守ろうよ」
「困ったことがあったら助け合おうよ」
と、思って、わがままに育った自分に鞭打って頑張った。
 また、そういう努力を決してしない夫に、つっかかってきた。
 しかし、それは、非常に無駄な努力であるということに、最近気づいたの
だ。

 例えば、夫が仕事に忙しく、心に余裕がないだけだったなら、
必死に働きかければ、何とか改善されるかもしれない。
 しかし、夫は、そういうキャラではないのだ。
 疲れていようといまいと、寝不足だろうと、よく寝てようと、
全然関係ないのだ。
 
 夫は、「猫」なのだ。

 部屋の一番暖かいところで、寝たい時に寝て、
やりたい時に、やりたいことをやる。
 やりたくないことは、どんなに厳しくされても、やらない。やれない。
 猫に芸を仕込むがごとく、夫に「家庭人としての心得」や「常識」を仕込む
のは、
生物学的に無理なのだ。

 無理なことをやりつづけるのは、無駄だ。
心身ともに、エネルギーの消耗が半端でない。

 妻の涙は、ここ15年いつも、夫への悔し涙ばかりだった。
しかし、これはもう、いくら流しても、流し無駄なので、もうやめた。

 妻は、以下のように考えることで、
今後の人生を明るく生きていこうと思っている。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
@夫は、死んだ。(どうしょうもない人だったけど、いい人だったわ・・・)
A私は、大勢の子供とともにこの世に残された、美貌の未亡人である。
B自分が家族の中心。大黒柱。リーダーなのだ!
C働いて、子供育てて、自分の生き甲斐追求して、キラキラ生きるわ!(かっ
ちょいー!)
D時々家に巡回してくるのは、「生前の夫」に似ている「民生委員のおじちゃ
ん」である。
(「母子家庭手当て」を運んでくる)
Eこの民生委員は、「美貌の未亡人」の私に惚れている。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 人間、多くを望んではいけない。欲張っちゃいけない。
「これは!」と思った少しの望みを、どんどん追求していこう。
 妻の場合は、「毎日アホらしいことで笑えること」と、「死ぬまでモノを書
くこと」。
あとは、家族みんなが、面白可笑しく暮らせれば、問題ない。
 お金がないと困るのなら働いてお金をどこかから持ってくるし、
病気の人がいたら、看病する。
 なんてことない。

 猫に芸を仕込むことを考えたら、苦労でも何でもない。 

 妻は、何かを吹っ切ったような晴れやかな表情となり、
アカンボを背負って、雨の中、傘を差し、買い物に出かけた。
 
 その頃、職場で、不器用につっかえつっかえ仕事をする夫は、
すでに自分に死亡宣告がされたことなど、知る由もなかった。

                         (つづく)

 ついに殺されたね。
合法的に、殺られたね、夫。
 美しき凛々しき妻は、瀕死の夫の生き血をすすって、
蘇ったようだぞ。金狼のごとく。
 そして、夫は、象の墓場へと、人知れず去っていくのか?
その体をゆっくりと横たえ、骨と化すのか?
 どうする、どうなる、虫の息の夫よ!

                         (つづく)
                          2002.02.26作 あかじそ