エピソード 「おにぎり関係」の巻
結婚10年目。
結婚前は、味噌汁ひとつ作れなかったのに、今は、必要に迫られて、
たいていの家事は出来るようになった。
しかし、何度やっても、ちっとも上達しない事がある。
「おにぎり」を握る事である。
私は、おにぎりが大好きで、残りご飯を、塩むすび、しょうゆのおにぎり、しおと海苔、
しゃけ入り、たらこ入り、と、毎日握っているが、一度として美味しく握れたためしがない。
たいていはキツク握りすぎてしまう。
作るときはちょうどいいと思っても、食べてみると硬すぎる。
米と米とが、がっちり固まりすぎて、非常に口当たりがよろしくない。
その反省から、ゆる〜く握ってみるのだが、今度は、食べるそばから、
ばらばらと米がほぐれて落ちてしまう。
海苔以外の部分が、一口かじった直後に雪崩れを起こす。
どうしたものか―――――――。
愛情込めて、ぎゅっ、ぎゅっ、とやると、硬くて食えぬ。恐る恐る、ほわっ、ほわっ、とやると、
崩れて食えぬ。どうすりゃいいのよ、この私・・・・・・。
―――ん?
そういえば、これと同じような現象が、あったような気がする。
「人間関係」ってやつだ。
気持ちをこめて、ハイテンションで、ぎゅっ、ぎゅっ、とやると、たいていトラブルが起きる。
例えば、恋人にうっとおしがられる。
職場で浮いてしまう。
子供に「うるさい」と言われ、夫に黙り込まれる。
かといって、恐る恐る、身の入っていない、うわべだけの付き合いでは、
誰とも血の通った付き合いが出来ない。
―――そっくりじゃん。
そう考えると、生まれてこの方、「人間関係」も、上手く「握れた」覚えが無い。
「そのちょうど中間」というのが、どうも難しい。
コツを掴めば、どうってことないのかもしれない。でも、そのコツって奴が、
どうしても掴めない。
テレビで「おいしいおにぎりの握り方」をやっていた。
真似してみたが、やっぱりうまくいかない。
「三角の山の部分だけ、ぎゅっとして、辺の部分はゆるく・・・」できない。
ふにゃふにゃで、持ったとたんに空中分解だ。
三角にこだわるのをやめてみた。
俵型や、太鼓型を握ってみる。
と、三角よりは具合がいい。
海苔を巻いてみた。
ご飯をかじると、海苔にご飯が全部くっついて広がり、「ご飯の開き」が出来てしまった。
―――なぜ、出来ぬ。
人間関係は、おにぎり関係。
いつもいつも、愛を込めて、家族に接しているつもりなのに、怒鳴り散らして家庭に
嫌なムードを漂わせてしまうのは、なぜなんだ。
「もういやっ」
と、子供から目をそむけると、子供が荒れて、
夫から目をそむけると、夫はどんどん口をきかなくなっていく。
なぜなんだ。
「そのちょうど中間」ってどこにある。
無意識に握っても、おいしくできるコツとは?!
ぼんやりと深夜のテレビ映画を見ていると、夫が会社から帰ってきた。
映画に熱中するふりをして、画面を見ながら泣いていた。
「ただいま」の声にも、気付かぬふりをした。
「なんでうまくできないんだ」
熱い塊が胸に込み上げて、嗚咽になりそうになったその時、
夫が、小皿を一皿、私のあたっていたコタツの上に置いた。
小さな、白ごまのまぶされたおにぎりが二つ、乗っていた。
「夜食にどうぞ」
黙って口に入れ、ほおばってみると、口の中でほろっとほぐれた。
手に持った方は、しっかり形が残っている。
ちょっぴりしょうゆ味。
「うまい・・・・・・」
「そうお?」
夫は、着替えに別の部屋に行った。
「なんでやねん」
私は、東京生まれだ。
なんで関西弁なのか知らないけれど、そうとしか言えなかった。
結婚10年目、まだまだ、やっぱり続いてしまうんだろうなあ、と、嬉しいような、情けないような、
太い太いため息をつきつつ、つづく。
つづいていってしまう。
(つづく)