「愛してるよ後輩」  テーマ★ときめいた一言

 これは、実話である。

 「愛してるよ」―――――ドラマなどを見ていて、このセリフを聞くと、
もう、心臓がバクバクして、その物語にはとても入って行けなくなってしまう。
 バクバク、バクバク、笑いすぎてバクバク―――。

 高校の頃、友人に聞いた、そのまた友人の話である。
 彼女は、チェリーボーイの間では結構名の知れた「教えてくれるお姉さん」だった。
純情かつ、好奇心旺盛な田舎の男子高校生たちは、入れ替わり立ち代わり、
彼女の部屋を訪れては「大人」になっていった。
 
 ある日、彼女の後輩が、意を決して彼女の部屋のドアを叩いた。
「―――教えて下さい、先輩―――」
 彼女は、まるでしょうゆを借りに来た隣人を迎えるように、にっこり微笑んで
「いいわよ、上がって」
と、すっと奥へと入っていった。
 「どうぞ」
出されたインスタントコーヒーを前に、彼は正座し、前後にゆっくり揺れていた。
 「ほんとに、いいっすか」
 「いいっすよ」
 彼女は、彼の横に座り、おどけて彼と同じリズムで揺れてみせた。
 彼は、焦点の合わぬ目で、立ち上る湯気を見詰めていたが、突然、
 「行きますっ」
と、彼女に覆い被さった。

 ―――――15分後、後輩の体の下で、困り果てている彼女がいた。
―――位置が違うんだけどな・・・・・・。
一生懸命頑張っている後輩。
マニュアルに書いてあった通り、ちゃんと
「愛してるよ」「愛してるよ」と連呼している。
 ―――――入ってないんだけどな・・・・・・。
彼女は、後輩が傷つかないように、何気なく教えようと試みた。
 「あの・・・・・・、ひ、ひくく・・・」
 「愛してる、あい・・・・・・、は? 何すか?」
 「あの・・・・・・、ひ、低く、もうちょっと低く・・・」
 「あいし・・・・・・、低くっすか?」
 「そう、低く。もっと低く・・・・・・」
 「あーあー、あーいーしーてーるーよー」
 彼女は一瞬、何が起こっているのかわからなかった。
 「あーいーしーてーるーよー」
 後輩はさっきより低い声を出している。
 「あーいーしーてーるーよー。あーいーしーてーるーよー」
さしずめそれは、テノール歌手のようだった。
 「ち、ちがうって・・・。もっと、もっと低くっていうのは・・・」
後輩は慌ててのどの奥で小さく咳払いした。
 「あ〜い〜し〜て〜る〜よ〜」
更に声は低くなった。
 「あ〜い〜し〜て〜る〜よ〜あ〜い〜し〜て〜る〜よ〜」
もう、バリトン歌手だ。
 「ち、違う。そ、そうじゃなくて・・・、低く低く!!!」
後輩、もう、必死である。
 「あ゛〜い゛〜じ〜で〜る゛〜よ゛〜」
地を這うゾンビもまっつぁおの、限界ぎりぎりの低音である。
彼女は、やさしいひとであった。
何度もムセながら頑張る後輩の頭を抱きしめると、取っておきの猫なで声を出した。

 「うっふ〜ん」


                                 (おわり)