「 淋死(さびしじに) 」

 純は、40歳の誕生日の翌日、
トイレで死んでいるのを小学4年生のひとり息子に発見された。
 純の夫は、連日会社に泊まり込んでいたので、連絡も半日遅れた。

 死因は、不明だった。

 両親健在、夫との仲も悪くなかった。
 家族3人、仲良く買い物をしたり外食をしたりする姿も
よく目撃されており、性格も明るく、幸せそうに見えた。

 純は、なぜ死んだのか?

 死因は、純にしかわからなかった。
 いや、純にもわからなかったのかもしれない。
 
 純は、淋死(さびしじに)したのだった。

 両親は、純を育てはしたが、愛してはいなかった。
 夫は、純を養ってはいたが、家に帰らなかった。
 子供は、純を愛していたが、純は、それを感じ取ることができなかった。

 その晩、純は、数ヶ月に一度の発作に襲われ、
夜中にトイレに駆け込んで泣いていた。
 タオルを噛んで、その上から両手で口を覆い、
ひとつも音を立てずに号泣した。
 耐えられないほどの淋しさが純を襲い、
目が回り、地の底に落ちていくようだった。

 天井を見上げ、嗚咽を必死にこらえようとしていると、
突然呼吸ができなくなり、手が痺れ、頭が真っ白になった。
 胸が物凄い圧力で潰され、
目の前の空気を両手で掴みながら床に崩れ落ちた。

 純は、淋しくて淋しくて、
 淋しくて淋しくて、
 淋しくて淋しくて、淋しくて、死んだ。

 「淋しい」と、誰にもひとことも言わずに、淋しくて死んだ。

 死因は、結局、誰にもわからなかった。
 何不自由なく育ち、幸せな家庭に恵まれた純ちゃん、
と、友人が泣きながら葬儀で手紙を読んだ。
 
 純の死因は、永久に誰も知らない。


                       (了)


(小さなお話) 2002.07.05 作 あかじそ