「 ヤツが来た 」 |
昨夜10時過ぎ、閉め忘れた雨戸のところから窓を開けようとしている物音がした。 そのすぐ横の電気のついた部屋でテレビを大音量でつけていたのに、 平気で家に入ろうとしていた者がいた。 嫌な予感がして、慌てて他の開いていた窓を閉めたら、 その途端、窓の外から 「ただいま」 という男の声。 夫の声に似ていたので、帰ったのだな、と思っていたら、 一向に玄関から家に入ってこない。 それから20分。 夫が「ただいま」と帰ってきた。 ということは、さっきのは誰? 引っ越した来た当時から、何だか怖かった。 この辺は空き巣が多く、マンションはピッキングされ放題、 2階で洗濯物を干している間に1階の物を取られたり、 一銭も取れなかった時は、逆切れして放火していく、 という野蛮なヤツが横行しているのだ。 数ヶ月前から、うちはターゲットになっているらしく、 しょっちゅう、吐き出し窓でガタガタ物音がしたり、玄関でカチャカチャと鍵穴の音を聞く。 うちは、通りからずっと中に入っていて、全然人目に付かずに物色できるし、 逃亡だって楽勝の立地だ。 取られるものなんて、何もないのだ。 泥棒が気の毒に思ってポチ袋のひとつも置いていきたくなるほど貧しい家だが、 だからこそ怖いのだ。 昔は、泥棒なりに仁義みたいなものがあったと思うが、今は、もう、めちゃくちゃだ。 物なんて欲しくなくて、人を殺したくて押し入るヤツもいるし、 どこかで誰かに気に入られてストーキングされているかも知れない。 また、知らないところで変な恨みを買っているかもしれない。 いつ、誰に何をされても不思議ではない物騒な世の中だ。 うちは、昔ながらに窓を開け放って、自然の風と扇風機で涼をとっていたが、 こんな時代で、こんな立地で、夫が常に不在というのが相手にバレているとなると、 やっぱり窓は締め切って夏じゅう冷房を入れていなければならないのか。 いやな時代だ。 怖い怖い。 泥棒に話し掛けられたと夫に言うと、 「やだねえ。戸締りに気を付けてねー」 で済まそうとしているので、私は怖さも手伝って、興奮して言い返してしまった。 「それだけかよ! 何回も狙われてるのに、何年も何もしてくれなくて! 明日帰ってきたら、私たち殺されてるかもしれないのに、それだけなのかよーっ!」 夫は、困った顔をして、パソコンのスイッチを入れた。 そして、ヤフーで「防犯グッズ」を検索し、腕組みしている。 だーかーらー、それだけかよー!!! いつもいつも、パソコンで検索して、 「うーむ、困ったねー」 と言っておしまい。 ヤツがいよいよ来たんだぞ。 家族が狙われているのに、できることは、やっぱり「検索&唸り」だけかい! 私は、泣きたくなるのをぐっとこらえながら、 玄関にセンサーライトを付ける手はずを整えた。 別に、家事育児なんて手伝わなくてもいい。 休日に家族でお出かけなんてしなくていい。 働いて、お金持ってきてくれれば、それでいいよ。 なぜこの人は、私たちを守ろうという気概がないんだろう。 百歩譲って、何もできなくてもいいから、 「何とかしなければ」というところを見せて欲しいだけなのに。 わが夫のできる家族を守る行動は、面倒臭そうに「検索する」ことだけ。 この男、何度人をがっかりさせれば気が済むのか? 私は、大きなため息をつき、大粒の涙を一粒、ゆっくりと拭って、 また次のステージへと進むことにした。 またひとつ、夫を見限った。 そして、またひとつ、完全母子家庭に近づいた。 またひとつ依存心を脱ぎ捨て、 そして、またひとつ、男前になっていく私(♀)が、ここにいる。 |
(しその草いきれ) 2002.07.08 作 あかじそ |