「 エンターキー 」

 物凄く素朴なことを、ふと気付いてしまった。

 私は、パソコンを始めて3年になるが、ワープロを覚えたのは15年前だ。
 習いたての頃は非常に不自然に感じていた、
〈変換〉→〈決定〉という入力の手順は、今やもう無意識下で行っている。
 ところが、この無意識にやっている、
「いちいち決定を出しながら言葉を話す」ということは、
実はコミュニケーションにおいて大きなポイントとなっているということに気が付いたのだ。

 夫は、ローマ字入力で、キーボードに1度も視線を落とさずに
素早くキーを打ち込んでいくが、見ていると、非常にマメにエンターキーを押している。
打ち間違いも多く、ひとつの単語に対して何度も訂正しながら進むので、文が一向に進まない。
 「この人って、こんなに素早く動けるんだ」
と、目を見張るほど指が異常に早く動いている割には、
文章の書き上がりが異常に遅いので、変な感じだ。
 で、夫は、普段会話をするときは、
口元がもんもんもんもんうごめいている割には、
その口から出てくる情報量は、異常に少ない。

 この感じ、何か、似てないだろうか?

 一方私は、15年来ひらがな入力一本槍で
いまだにキーボードに顔面を密着させて打っている。
 モニターを全然見ないで長文を打ち続け、ハ〜、とため息混じりに顔を上げて
モニターに目を移すと、滅茶苦茶なアルファベットが長々と表示されていたり、
変換ミスのオンパレードで、お経のような奇妙な漢字の羅列が続いているのだ。
 で、普段の私の会話ときたら、相手の反応も見ずに、
ドバババババとしゃべくりまくり、ハッと気付くと相手を傷つけていたり、
誤解を与えていたりする。

 何か、似ていないだろうか?
 入力とコミュニケーションは。

 私たちの脳みそは、無意識のうちに、
そういう言葉の〈入力〉→〈変換〉→〈決定〉をしているのだろう。
 でも、その入力も、効率のいいローマ字変換だったりそうでなかったり、
一発変換だったりアホ変換の嵐だったり、いちいち単語ごとに決定を出したり、
最終的にまとめて決定したり、と、いろいろだ。

 私は、「夫はただのアホだ」と思っていたが、
あの口元もんもんの裏側では、ヤツの脳はキーボードを1度も見ずに
素早く情報を入力し続け、何度も変換と誤変換の訂正を繰りかえし、
いちいちマメにエンターキーを押しているのかもしれない。
 ただのアホではなく、【素早く入力するが仕上がりが遅い】だけなのかもしれない。

 そして私は、立て板に水の如く機関銃のように喋りまくるが、
脳では小学校低学年並のひらがな入力で、モニターを全然見ていないため
間違いに気付かず、素晴らしい内容であるにも関わらず、
無意味なアルファベットの羅列として相手に伝わっているやもしれぬ。

 なんという・・・・・・なんということなのだ!
 その人の入力の様子を見れば、コミュニケーションの癖、
ひいては脳の性質がわかるということなのか?
 また、その逆も真なり、なのか?

 ドモリがちな夫は、入力においてもドモッているし、思考についてもドモってる。
 大量に喋り大量に誤解を受ける私は、入力においても誤変換ばかりで、思考もレロレロだ。

 要は、言いたいことが伝われば問題ないのだが、
まったく癖というのは困ったものだ。

 上の文を、モニターを1度も見ずに入力してみよう。

 酔うは、いい太古とガ伝わればモンだ以内のだが、
待ったく久世というのは駒った者だ。

 アーあ、だ目だ子りゃ!

(しその草いきれ) 2002.07.22 作 あかじそ