じゅんさん 21000キリ番特典
テーマ「写真」
「なにその情熱」



 第一子が幼稚園に入園し、初めての運動会のことだった。
 「朝9時集合」と言われていたので、8時半に園庭に行ったのだが、
そのときにはもうすでに座る場所など皆無だった。
 園舎の非常階段は、高い所から全体を見渡せるらしく、
スタンドに設置されたホームビデオが、上から下までズラ〜〜〜、っと並んでいた。
 まるで芸能人の記者会見さながらのカメラの数で、
どの父親たちにも笑顔はなく、
「おい、じゃまだから頭下げろよ!」
「自分の子の競技が終わったら場所替われよ!」
などと、殺気立っていた。

 トラックでは、小さな小さな園児たちが、
可愛い競技や演技を繰り広げているというのに、
その周囲には、殺気立ったビデオパパたちが群がり
もうひとつの戦いを展開している。
 静かに座って見ている者には、園庭で、
おっさんの群れが押し合いへしあいしながら、右往左往している姿しか見えない。

―――ねえ! 子供どこ!

 私たち一家は、園児の下に小さな乳幼児数人を抱え、撮影どころではなく、
また、我が子の姿を確認することすらできずにいた。

「ちょっとお父さん、見えないからカメラで撮って来て」
私が言うと、完全に出遅れた夫が、ノロノロと立ち上がった。

 徒競走のゴール付近では、
「危険ですから下がってください」
という放送を無視したパパたちが、我が子の走る姿をとらえようと興奮して、
ゴールラインからどんどんどんどん前進していき、
しまいにはスタートラインまで押していってしまった。

―――お前らがゴールインしてどうする!

 私は、もうすでに子供の応援を半ばあきらめ、
半狂乱の父親たちのウォッチングをすることに決めた。

 輪になってお遊戯、というときは、もうひと回り大きなカメラパパの輪が子供たちを囲み、
子供たちが右に回ればパパたちも右に回り、左に回ればパパたちも左に回った。

―――なんだよ、おっさんのダンスしか見えないぞ!

 私の突っ込みは、周囲のお母さん方の大いなる同意を得、
いい突っ込みには何度も拍手と笑いが起こった。

―――何か人が多いなと思ったら、ひとりの園児に「両親の両親」まで来てるのかよ!
     ひとりにつき6人以上の保護者かよ!

―――これだけ親戚総動員でも、オヤジのケツしか見えないのか!

―――何だ、このカメラの数は! 熱愛発覚かよ!

 いい加減突っ込み疲れたところで、夫の姿を探すと、
人ごみに潰されながらはるか向こうで夫が私に向かって何か叫んでいる。

「ええっ?」
「〇※∞〒∋≧〜〜〜っ!」
「ええっ? なに? 聞こえない!」
「〇※∞〒∋≧〜〜〜っ!」
「はあ〜〜〜っ?」

 夫は、カメラのシャッターを押すジェスチャーをした。

「えっ? カメラ?」

 私がバッグの中を見ると、ビデオもカメラもしっかり入っていた。
―――ん? 手ぶらで撮影しに行っちゃったのかい!

 私は、ビデオとカメラを両手に持ち、上に上げて夫に見せると、
夫は、片手を後頭部に回してポリポリ掻き、「てへへ〜」という仕草をした。
 この人出だ。あそこからここまで戻ってくる間に、すべての競技は終了しているだろう。

 ダメだこりゃ。
 我が家は今年は記録なし!

 と、カメラパパたちのフォーメーションが突然変わった。
 クラス対抗パパリレーが始まるという。
 このときばかりは父親たちはカメラを放り出し、
よせばいいのにムキになって全速力で走っている。
 我が子にいいところを見せようというのか?
 とにかく、せまい園庭のトラックを、脂ぎった親父たちや、
まだまだ独身でも通用するぞ、というナイス青年たちが、
「何もそこまで」と言う位鬼気迫る勢いで走っていた。

 そして、次の瞬間、私は、息を呑んだ。

 向こうから裸足で駆け出してくるチンチクリンな「トッチャン坊や」を見たのだ。

「やだ、あのおじさん、張り切って裸足になっちゃってるわよ!」
 近くに座っている人たちは大いに笑い、私にも気の効いたを突っ込みを求めてくる。

「あ、ホントだ・・・・・・本気出しすぎ・・・・・・」
 私は力なくつぶやき、みんなはゲラゲラ笑った。

(嗚呼、あの裸足の男は、私の配偶者だ・・・・・・)

 私が、恥ずかしさで密かに貧血を起こしていると、隣りに座っている人から
「次は、ママのおんぶリレーよ」
と言われ、腕を掴まれて立ち上がった。

 夫の張り切りに困惑していた私だったが、
長男をおんぶして、スタートラインで待っているうちに、
私にも異常な闘志が湧いてきてしまった。
「絶対1等取ろうね!」
 私は、鼻息も荒く、フライング気味でスタートし、第1コーナーに素早く突っ込むと・・・・・・
―――おうぁっ?
 天地がひっくり返り、背中の長男が吹っ飛んだ。
 物凄く派手に転んでしまったが、顔面真っ赤になりながらも一等賞を取った。

―――恥ずかしかったけど・・・・・・燃えたわ。生まれて初めてカケッコで一等取ったし!


 かくして、我が家で最初の運動会の記録は一切ない。

・・・・・・と、思っていたら、幼稚園の定期会報の表紙に、
私と長男が激しくトラックの土に顔を打ち付けて倒れている写真がB5サイズで、
でかでかと載っているではないか!

 
≪走った! 転んだ! 運動会!≫

・・・・・・なんてタイトルを付けられていた。

 私は、がっくりと肩を落とし、その会報をテーブルに伏せると、
裏表紙にはなんと、「裸足のトッチャン坊や」の写真が大きく載っている!

 
≪パパだってがんばるぞ!≫

・・・・・・だって。

 あーーーーーーーあ。

あーーーーーーーーーーーーーーあっ!



(しその草いきれ) 2002.08.03 作 あかじそ