hidyさん 21300キリ番特典
テーマ:旅先で知りあった人とのラブコメディー
「契約社員」

 僕は、イベント会社の照明の仕事をしている32歳の男だ。
 契約社員という立場だが、下手な社員よりはよっぽど
キャリアもテクニックもあると自負している。
 7年間付き合っていた彼女が、
「契約社員のままじゃダメ」
という理由で突然別れを告げてきたのには驚いたが、
今考えれば、それは全然突然のことではなく、
僕が彼女の発する信号に気付いていなかっただけなのだと思う。
 
 そういえば、出会った頃23歳だった彼女も、今年、30歳を超えた。
「仕事の方は、どうなの?」
と、たびたび聞かれ、
「順調だよ」
としか答えない僕にふてくされていたのは、
「社員になって収入が安定してきたから結婚して欲しい」
という言葉を待ち続けていたからだろう。

 彼女との別れは、正直、かなり僕を落ち込ませたが、最近、
仕事が面白くなってきていた僕は、そのことを忘れてしまう時間が長くなっていた。
 会うたび理由のわからない不機嫌を撒き散らす彼女に、
いい加減、うんざりしていたところだ。

 そんな真夏のある日のことだ。
 
 僕たちイベントスタッフは、公演のため、とある地方都市に出張に来ていた。
 オンボロワゴンで、ある市民会館に到着し、裏口から照明機材などを運び込んでいると、
細い通りをはさんだ向かいの食堂で、部活帰りらしい5、6人の女子高生たちが、
開け放った窓から僕たちの作業をじっと見ていた。

「おい、女子高生女子高生!」
と、先輩にアゴで示されてその方を見ると、彼女たちは、
「キャー」
と一斉に声を上げた。
 からかわれているのかもしれない。
 それから何度か僕が近くを通るたびに、彼女たちは悲鳴を上げた。
 僕はあいにく女子高生には興味がなかったので、そのまま無心で仕事に没頭した。

 夜の9時過ぎにイベントが終わり、搬出作業のために先ほどの裏口に
出て行くと、電柱の影から何者かの視線を感じた。
 目を凝らして見ると、水色のワンピースを着た若い女がこちらをじっと見ている。
 僕は気味が悪くなり、気付かぬふりをして作業を続けたが、
その女は、1時間経ってもまだ同じところに立って、僕の方をじっと見ている。
 僕は、汗まみれになった首筋を、タオルで拭いながら、
「なに?」
と、思い切って話し掛けてみた。
 
「昼間も会いましたよね」
と、言う彼女は、大人びた姿とは似つかぬ子供っぽい声だった。
「どこかで会いましたっけ?」
 僕がつっけんどんに言うと、
「そこの食堂から」
と、閉店後の真っ暗な食堂のトビラを指差し、
そして、まっすぐ僕を見上げて真顔で見つめてくる。

 さっきの女子高生のひとりらしい。
 僕は「見られた」けど「会って」はいないんだがなあ、と思いつつ、彼女の
手元の紙袋を見た。
 彼女は、僕の視線を追って自分の持つ紙袋を思い出し、
「あっ」
と言ってそれを僕に手渡した。
「これ、どうぞ」
 彼女は、その小さい紙袋を僕に押し付けるように渡すと、
「さようなら」
と言いながらさっさと帰って行ってしまった。
 
 僕は、その紙袋を機材と一緒にワゴンに投げ入れ、
首に巻いたタオルを頭に巻きなおして、また搬出を続けた。
 いまどき古風な女子高生もいたものだ。


  秋になって、新しい彼女ができた。
 仕事で忙しくて新しい出会いなど皆無な状態だったのだが、
いつも仕事明けに寄る近所のキッチンで、毎日のように会う若い女がいたのだ。
 どこかで見たことのある顔だな、と思ったのだが、思い出せなかった。
 それは、よく言う「運命の人」とでも言うのだろうか。
 初対面でも、「前から知っていたような感じ」という、その感じなのか。
 
 彼女の名前はミカと言った。
 いつも口癖のように
「前にも会ったよね」
と言うが、僕は会った覚えが無い。
 ミカも、僕に運命を感じているのかもしれない。
 
 エアコンも風呂もない、薄汚いアパートで、僕らはいつも体を重ね、
互いの顔などよく見えない真っ暗な部屋で寝た。
 僕は酔って前の彼女を抱いているつもりになっていた。
 ミカとは違う名を呼ぶと、ミカは、一瞬ピタリと動きを止めたが、
「でも好き」
と言って僕の首に両手を回してきた。
 
  目が慣れてくるとミカの顔がうっすらと見えてきた。
 まっすぐに真顔で僕の顔を見つめる、その目。
 僕は思い出した。
 僕らは、確かに会っていたのだ。
 夏、暗い市民会館の裏口で、僕は水色のワンピースのミカから小さな紙袋を受け取った。

  機材と一緒に積み込まれていた紙袋には、小さなテディベアが入っていた。
 僕は、それを自分部屋のベッドに放り投げ、そのままにしていたのだ。

「気付いたの?」
 ミカは、固まったままテディベアを見つめる僕に、ニヤリと笑いかけてきた。
「あの子だったのか」
 僕は、狐につままれたように呆けていた。
 あのワゴンには、確かに会社の電話番号も書かれていたし、
僕の身元を調べるのはたやすいことだったかもしれない。

 ミカは、僕の心を見透かしたように笑った。

「でも、結局こうなったんだから、いいよね」
 裸のミカは、横たわったまま腕を伸ばしてテディベアを掴むと、
突然その頭の後側をむしって小型カメラを取り出した。
「いつも見てたの。クールな人。思ったとおりの人だった」

 僕は、立ち上がって急いで服を着た。
 慌てる僕を、裸のミカはゲラゲラ笑った。
「カワイイ。クールじゃないときも大好き!」

「高校生が・・・・・・おじさんをからかうんじゃないよ!
 これじゃストーカーじゃないか!」
 僕が言うと、
「ストーカーまでして愛をマットウしようとしたミカって、
一途でカワイイとか思わないの?」
 ミカは、くりくりの目で心底不思議そうな顔をし、テディベアを抱いて首をかしげた。
 
 帰れよ、と、僕が言うと、ミカは、ケラケラ笑って言った。
 
「ミカが帰っても、この部屋には、ミカの目がいっぱいあるんだよー。
ミカの耳もあっちこっちにあるもーん」 

 僕は、盗聴器と隠しカメラだらけの部屋を出て、ひとり、深夜の繁華街を歩いた。
 僕の耳には、部屋を出る時に聞いたミカの声がまだ残っていた。

「こんなに一途に想ってあげてるんだから、正社員になったら結婚してよね!」


                     (了)

(小さなお話) 2002.08.17 作 あかじそ