「 来たかこの時 」

 いつも午後8時半にはバタバタと眠っていってしまう我が息子たち。
 しかし、その晩に限って、夕方、2時間も居眠りしてしまった長男(小4)が、
夜中の11時を過ぎても眠れずに居間に居座っていた。
 その時テレビでは、横溝正史の推理ドラマが流れていたのだが、
茶の間が夏休みの宿題の話題で盛り上がっているさなか、
突如、激しい濡れ場が画面いっぱいに展開された。
 
 「いや、それはないだろ!」
というほど興奮しまくった男が、女にグワバと覆い被さると、
女の着物の襟元はするりするりと開いていき、肌もあらわになっていく。
 真夏の畑の真ん中で、直射日光とミンミンミンミン蝉の声を浴びながら、
クンズホグレツしている男と女の行為を、長男は真っ青な顔で凍りついて見ていた。

 私は、「これだ!」と思った。

 子供の頃、突然テレビでラブシーンが流れると、家族一同シンと静まり、
父はワタワタとして、すっとんきょうな声を出し、新聞で画面を隠して大騒ぎ、
母は台所に素早く引っ込んで次のシーンまで出てこなかった。
 子供心にも、
「気まずいな、こりゃ」
と思っていた。

 その「変な感じ」を、今度は親の立場として味わう時がついに来たのだ。

 私は、この懐かしい気まずさが妙に可笑しく、くっくっくっくっ、
笑わずにはいられなかった。
 夫も、音もなくプルプル震えながら、この感じの可笑しさに耐えていた。

 いや、確かに、子供と一緒に濡れ場を見るのは気まずいものだ。
 どう説明したものか、と一瞬頭をよぎる。

 しかし、やっぱり、この独特の気まずさに対する懐かしさ、
可笑しさがどうしても先に立ち、私たち夫婦は、プルプル震えてしまっていた。

 その可笑しさの、ちょうど絶頂期に、絶妙のタイミングで長男は聞く。
「お母さん、なにやってんの、これっ!」

「だあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っはっはっはっ!」 
 夫は、馬鹿みたいに大声で吹きだし、ゲラゲラ笑い出した。
 
(笑ってる場合か!)

 私は、名指しで聞かれてしまった不運を恨みながらも、にこやかに
「いちゃついているんだよ、ラブラブなんでしょ!」
と、極力「普通の表情」で答えた。

「何か僕、気持ち悪いよ〜」
 小4の長男は、そう言うと、
「もうこれ見ない」
と言って子供部屋に引っ込んでしまった。

「いや、これ気持ちいいのよ」
とでも言いたげな夫をジロリと睨み、私は長男に
「だから早く寝ろってば〜」
と大声で言った。

 子供が寝た後、夫婦して
「いや〜、親としてこのシチュエーションに出会うとはねえ!」
と、ゲラゲラ笑い合い、危機を何とか切り抜けたことを祝った。
   
「来たかこの時が!」
といった感じが、ウレシハズカシかった、昨夜の出来事だった。

(しその草いきれ) 2002.08.22 作 あかじそ