「 友を切る 」

 大学時代の劇団の友人が、仲間割れをして去っていった。
 今まで劇団の中心的人物だったのだが、
仲間の数人ともめただけであっさり行ってしまった。
 彼曰く、
「こいつらはダメだ」
ということらしい。
 喧嘩した連中は、劇団の代表でもなんでもないのだが、
男のくせに陰口悪口根回しの大好きなやつらで、
彼の悪口を言いふらして、結局彼を追いやってしまったのだ。

 私は、彼と仲良しだったし、彼と喧嘩した者たちとも友だちだが、
喧嘩の巻き添えを食らって突然別れることとなり、少し悲しい思いをしている。

 彼は、友を切った。
「ここの連中はダメだ」
と、大勢の気の合う仲間もろとも、
今まで生活のほとんどを費やしていた自分の居場所をも、切った。
 友に切られる悲しみに耐え切れず、自分の方から切ったのだ。

 私がとても切ないのは、自分にも同じような経験があるからかもしれない。

 私は、中学、高校と、6年間ブラスバンド部だったのだが、
卒業して少ししてから、あんなにも仲の良かった仲間たちとは
会わなくなってしまった。
 泣く泣く、友を切ったのだ。

 私は、小さい頃からまつげが濃くて、しかも長く、逆まつげだったため、
いつも眼球にチクチクとまつげが刺さり、視力もどんどん落ちていた。
 いつも白目が充血していて、まぶたは腫れ、生活していて大変な支障だった。

 高校卒業と同時に、母は、私を半ば強引に形成外科に連れて行った。
「逆まつげの治療を」
とまぶたの手術を受け、できあがった顔は、「パッチリ二重の整形顔」だった。

 友だちは、みんな
「リカちゃん整形したの〜?!」
とのけぞり、そして全員眉をひそめた。
「違うの、逆まつげの治療なの」
と言っても、いや〜な目つきでニヤニヤし、「ふうん」と言った。

 あんなに仲の良かったブラスバンドの友人たちも、
中学時代からの親友たちも、みんなみんな、私を化け物のような目で見た。
 今のように「プチ整形」なんて言葉もなかった時代だ。
 私は、誰かと会うたび言い訳をしているような状態になり、もううんざりだった。

 まつげは、確かに眼球に刺さらなくなった。
 でも、ついでに腫れぼったかった一重のまぶたが、くっきり二重になってしまった。
 まったく望んでいなかったことなのだ。
 私は、一重で腫れぼったいまぶたの自分の顔が、アンニュイで好きだったのだ。
 しかし母は、娘の顔を見るたびに、
「かわいそうに、こんなブスで」と思っていたらしい。
 そして、逆まつげの手術も兼ねて、娘を二重にしてやりたいと、
かねがね思っていたと言う。

 まんまと、母の思う通りになった。
 突然「美人さん」になった娘を見て、母は、満足げにうなづいていた。
 「二重になったから、これで人並みの幸せを掴めるよ」
と言った。
 それまで、私の妙なキャラクターに惹かれて集まってきた仲間たちは、
突然の「美人さん」に思い切り引き、みんな去った。
 そして、大学に入ったら、私のキャラなんてまるで見てくれない
「美人さん」目当てのバカ男どもが寄って来た。
 こういうツンとした顔の女はろくでもない、男たらしだ、と思ったのか、
新しい女友達もなかなか出来ず、ひとりぼっちになってしまった。

 私を気味悪がる大好きな仲間たち。
 私は、それが悲しく、嫌われることにこれ以上耐えられなくて、
古い友をみんな切ってしまった。
 私の愛する思い出や過去も一緒に。
 そして、私の顔ではなく、私のキャラまでを愛してはくれない、
新しい浅い友人たちに囲まれて、私の大学生活は始まった。

 それから3年。
 私は、大学の演劇部の部室で仲間とゲラゲラ笑っていた。
 私を「整形の美人さん」なんて気味悪がる人はいない。
 せいぜい「小太りの愉快なオネ―チャン」と思っているくらいだ。

 まぶたのシワの数なんて、どうだっていいのだ。
 自分が自分であればいい。
 友を切るのも切られるのもつらいことだけど、
私はそれを「自由な選択」と思うことにする。

 結婚し、子供を産み、おばちゃんになってからは、友だち作りに苦戦したが、
ネットを始めたら、心の友が次々出来た。
 何も無理しなくても、自分の根っこが誰かにつながっているのを知った。
 駆け引きや、しがらみや、損得なんて関係無しに、
違う場所から生える同じ根っこの木のように、
響き合い、守りあう心の共同体というものが、確かに存在するようなのだ。

 私は、今、なかなか幸せだ。
 縛りあう友情でなく、引かれあう友情を知っている。
 
 ところで、離れてしまった劇団仲間の彼は、
某新進気鋭の映画監督について助監督をしているはずだ。
 先日、その監督がイタリアで映画賞を受賞したというニュースが流れていたから、
きっと彼もその地に赴いただろう。

 そういえば10年前に仲間がうちに集まったとき、
一週間後に初産を控えた私に向かって、彼は、恐る恐る言った。
「おなか触ってみてもいい?」
 そして、遠慮がちに手のひらをマタニティードレスの上から這わせてから、
ガバと顔を上げ、
「結構固いんだね!」
と、幼な子のように目を輝かせた。
「プヨプヨだったら怖いわ!」
 私が言うと、
「そりゃそうだな」
と、5〜6人の劇団員たちは、舞台上みたいな大声量でゲラゲラ笑った。
 中でも彼の笑い声が一番でかかった。
  
 元気にやっていればいいな、と思う。
 今でも彼は、私の大切な友だちなのだ。


                  (了) 

(青春ってやつぁ) 2002.09.21 作 あかじそ