「 雨で、はひっ 」

 もうすぐ台風がやってくるという。
 しかし、私の頭部だけは、昨日、一足先に嵐に遭った。

 母が何度か行って、気に入った美容院があった。
「面白かったから行ってみな。子供見ててあげるから」
と言われ、おことばに甘えて電車に乗って行って来た。
 あの美容院に。

「シャンプーが特にいいわよ」
と言われて楽しみにしていた。
 で、シャンプー台に乗ってみて驚く。
 頭の上に透明のカマクラがあるではないか。

(なに、このドーム状のものは!)
 で、瞬時に私はテレビでやっていた「自動シャンプー機」というものを思い出した。
(これがそうなのか!)

「オートシャンプー、入りま〜〜〜す♪」
という見習いの男の子の裏声の後、
「お願いしま〜〜〜す♪」
と、従業員たちがやはり裏声で応えた。

 その後、私は、見習い青年によって、目の上に小さな不織布を被せられた。
 髪の生え際にそってタオルが巻かれ、見えないけれど、顔周りに何やら
次々と装着されていった。
 と、目の上の小さな不織布がズリズリズリとずれて行き、
片目が出てきてしまった。
 いろいろと装着に忙しかった青年は、そのことに全然気付いていなかったが、
突如手元に現れたメンタマにギョッとし、
「うわっ! すすす、すっつれーすま〜〜〜す♪」
と上ずった声で言い、ひと回り大きな不織布に取り替えた。

(私、顔、でかいからね。それくらいでないとね)

 私は、静かにうなづいた。


 ここで余談だが、みんなどうしているのだろう?
 美容院でのシャンプー時の顔タオルの下は。
 歯医者の治療中は。

 目を閉じているものなのか?
 
 シャンプーの間にずれていくタオルの下で、
目を開けているのか、否か?

 私は、どうも好奇心が旺盛なせいか、
歯の治療中なども、両目をひん剥いて医者の手元をじろじろ見ている。
 目を閉じてみたこともあるが、何をされているかわからず、不安だった。
 全く情報がないというのは心理的に怖いものなのだ。
 また、心の準備のないままに唐突な処置が行われると、余計に痛く感じてしまう。

 だから私は見る!
 歌舞伎役者のようにはっきりと、目をカッピライテ見ている!

 歯医者の道具たちは実に愛らしいものがあり、
処置の手さばきも見ていて面白いものが多い。
 先が針のように尖がっているスティックを、くるくるくるっ、と回して、
綿をチリチリチリッ、と薄く巻きつけていくのも好きだし、
型取りの時に、先生がマスクの中からくぐもった声で
「セメントッ!」と言い、それを歯科助手が小さなガラスとへらで
クッチクッチクッチクッチ、とこねる音も惚れ惚れする。

 しかし歯医者とて、細かい処置をしている最中、自分の手元で
両目がガバッとひん剥かれているのは怖いものがあるらしく、
大抵の歯医者は、
「すすす、すっつれーすま〜〜〜す♪」
と、顔にタオルを掛けてくる。

 それだけ凄いハイテンションで私は目を開けているのだが、
みんなはどうなのだろうか?

 
 話を自動シャンプー機に戻そう。

 私のぎろぎろな視線におののいた見習い美容師青年は、
臭いものにフタ、という感じで、特大不織布を私の顔面に覆い被せ、
震える声で説明を始めた。

「始めは少しぬるめのお水か出ますが、すぐに温かくなりますから。
ジェットの水圧で、気持ちいいですよ〜。
 ダイジョブですからね〜、ダイジョブですよ〜〜〜」

 かくして、スイッチが入った。

 と!

 ひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!!!
 ちめたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 おぅあ〜〜〜、あったかくなった・・・・・・

 うわぁぁぁぁぁぁああああああはははははははははははは!!!
 ひゃっこいひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!

 おほほほほほほほほほほほほほ〜う・・・・・・・あったかい・・・・・・

 あはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!
 ひゃひーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 うふーーーーーーーーーーーーーーい・・・・・・あったか〜い・・・・・


 「冷たいそしてあったかい」攻撃は計8回。
 どうやらこのマシーンには8本の吹きだし口があるようだ。

 すべて温かくなってからは、今度は、水圧攻撃だった。

 左右の襟足あたりから交互に、
「のねっ? のねのねっ?」
と様子をうかがうような流れの直後、
「おわしゃーーーーーーーーーーっ!!!」
という激しいミニ滝が襟足目掛けて注がれる。
 そして、次々に吹きだし口が順繰り順繰りに、
輪になったりジグザグになったりして私の頭皮ばかりを攻めまくる!

 くききききききききききききききききききききききっ!!!
 くすぐったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 私は、頭皮は、困るのである。
 実に頭皮は、くきききなのである。

 ぞぞぞぞぞぞ、と背筋が凍りつき、全身の筋肉が硬直した。
 頭部を透明のドームに固定され、身をよじってあの手この手の
流水テクニックに耐えていた。
「もう終わるだろう、あと少しだろ!」
が、これがなかなか終わらない。

 10分、いや、15分くらい水圧性感マッサージに耐えた後、
「すっつれーすま〜〜〜す♪」
という裏声で私はその「こそばゆ地獄」から解放された。

 台風に頭だけ突っ込んだような15分だった。
 3億ヘクトパスカルだった。

 
 帰宅後、母に
「どう? 気持ち良かったでしょ〜?」
と聞かれたが、私は
「はひっ?」
とバイキンマンみたいな返事しかできなかった。


 一夜明けて今日、朝から雨が降っていた。
 子供と幼稚園バスを待つ間、
水たまりにポツン、ポツン、と水の王冠ができるのを、
アスファルトに顔を近づけて見ていると、
私のこの剛毛の頭皮の中にまで、
「ぽつっ!!!」
と、水滴が刺してきた。

「はひっ!!」

 昨日の頭だけ台風の感覚がよみがえった。
 空を見上げると、真上の空にはグレイの雲が浮かんでいる。

(この雨粒、一粒一粒、みんな、あんなに高いところから落っこちてくるんだ!)
と思った。
(ちょっとすごいぞ!)
とも思った。

で、またぽつっと来て、
(はひっ!)
とも、思った。

 水圧、恐るべし。


(しその草いきれ) 2002.09.30 作 あかじそ