「 旨いものうまい 」

 食う食う食う食う!
 旨いもの食う、これすなわち幸せ!

 冷たいカラッカゼに背中を押され、
ガラガラと重い木の引き戸を開けると、
湯気湯気湯気。
 湯気の奥から元気な「いらっしゃいませ」の声。
 いつものテーブルで待つ、いつもの。
 待つ。待つ待つ。
 来た。
 さぬきうどんが目の前に置かれ、
だしの香りをたっぷりと含んだ湯気が
私の顔をふんわりと包む。
 澄んだつゆ。
 こしの強い麺。
 汁をすすっては麺を食み(はみ)、
麺を食んで(はんで)は汁をすする。

 美味。美味美味。
 洟をすすって顔を上げ、連れと笑いあう。
 旨いと人は笑ってしまう。
 本能から嬉しくて、ただ笑う。

 食う。食う食う。
 旨いもの食う、これすなわち生きること。

 夜も更けて、小腹の空いた頃に来る、焼き芋屋。
石焼き芋屋の、あの声あの歌。
 「い〜しや〜〜〜きいも〜〜〜、やきいも〜お〜、やあ〜きいも〜〜〜」
 どうしよう、どうしようかと迷いながらも財布を持って立っている。
 芋屋は知ってる。私が迷っていることを。
知っているから、また歌う。
 「早く〜しな〜いと〜いっちゃ〜うよっ」
 私は走る。
 もう迷わない。
 玄関から飛び出して、赤い提灯のトラックを追う。
 胸に財布を抱いて追う。
 トラックは停まり、路肩で私を黙って待っている。
 よし。
 私はゆっくりと歩き、
「芋が食べたくて食べたくて辛抱たまらず、走って追いかけて来た」
というそぶりも見せずに余裕の表情でおじさんに言う。
 「1000円分ください」
 おじさんは太い芋をたった一本、新聞で作った袋に入れる。
 私が淋しそうにそれを見ていると、
 「わかったよ、おまけだよ」
と言ってもう一本入れる。
 値段などあってなきもの、焼き芋屋。
 御大層に芋の重さを測っちゃいるけど、
いつもおまけしてくれるんだもの。

 部屋に戻って、新聞の包みを開く。
 びりびりと、破いて広げて、その上に芋を置く。
 折ると、マッ黄色。
 立ちのぼる湯気の玉。
 皮を剥く。
 タテの繊維に沿って、ホロホロホロと簡単に剥けていく。
 子供の頃、まだ元気だったおばあちゃんが
「みんなに内緒だよ」
と言って私だけに買ってくれた焼き芋。
 おばあちゃんが折った芋もマッキッキだった。
 マッキッキで、皮がほどけるように剥けた。
 熱いからね、と、包みの紙を芋に巻いて渡してくれた。

 思い出が旨さを誘い、旨さが思い出を誘う。
 
 食う。食う食う食う食う。
 旨いもの、食う、これすなわち愛!

 最近克服したもの、旨いおにぎりの握り方。
 外側しっかり中ほっくり。
 最後まで崩れないのに、食べればほろりと口の中でほぐれていく柔らかさ。
 塩むすび。
 シャケ。
 明太子、塩昆布。
 手のひらにチリチリするような熱い飯で握る。
 海苔を仕上げにひと巻きして、キュッと締める。

 何十個も握ったおにぎり。
 忙しい朝。学校のある朝。幼稚園のある朝。会社のある朝。
 いくつもの手が皿に伸び、あっという間に無くなっていく。
 「いってきます」といくつも聞こえ、
おにぎりエネルギーを積んだヤツラが飛び立っていく。

 みんなが居なくなった茶の間でひとり、残ったおにぎりを食べる。
 テレビに合いの手を入れながら、頬張る。
 旨い。
 
 旨いもの、うまい。
 ただ幸せ。

 むずかしいことは何もわからない。
 でも―――
 旨いもの、うまい。
 ただ。それだけ。

(しその草いきれ) 2002.11.04 作 あかじそ