「 集中治療室 」 |
母方のおばあちゃんが倒れて入院した。 意識が無くなって、緊急手術をし、 何とか一命を取り留めたものの、集中治療室に入っているというのだ。 おばあちゃんの病状を語る母からの電話を受けて、 私が深刻に電話口で話をしていると、 長男が涙ぐんで部屋の隅で転がっているのが目に入った。 4年前に父方のじいちゃんが亡くなった時は、 「もっとオコツひろいたいっ! オコツ〜〜ッ!」 と火葬場で大騒ぎしていたのに、ヤツも大人になったもんだ。 私は、静かに受話器を置き、長男の顔の前にしゃがんで言った。 「おばあちゃん強いからダイジョブだよ」 人を慰めると、自分の心細さが救われる。 私は、私より先に涙ぐんだ長男に救われた。 そして、その晩見た夢。 その、あまりのアホくささに、自ら思いっきり慰められることになる。 夢の中で私は、急いで病院に駆け込んでいた。 「集中治療室はどこですかっ?!」 と、ナースに聞こうと思ったのだが、 その「集中治療室」ということばをド忘れしてしまって、 どうしても出て来ない。 なら、英語3文字で言おうと思ったのだが、 これまたその3文字のアルファベットが全然思い出せなかった。 焦れば焦るほど思い出せない。 おばあちゃんの命がかかっているので、私はますます必死になる。 ともかく、思いつく3文字のアルファベットを 片っ端から言ってみようと試みた。 「すみません、【CIA】はどこですか?」 「あ、そこです」 「おばあちゃん!」 ナースが指差す部屋に飛び込むと、 黒いスーツでサングラスの数人の外国人男性たちが、 そこここに立っていて、何やら国家的大事件の捜査に 当たっているようであった。 「お〜う、ソーリーソーリー」 私は、彼らに片手で拝み、その部屋から出た。 【CIA】ではなさそうだな・・・・・・。 「すみません、【FBI】は!」 飛び込んだ部屋には、さっきの外国人たちが、またいた。 夢の中の私は、【CIA】と、【FBI】の区別もできていなかった。 いや、起きていても恐らく区別出来ないだろう。 「【NEC】? いや違う! 【TIM】? 『命!』 って! いや確かに 【命関係】なんだけど・・・・・・思い出せない!!!」 慌てれば慌てるほど、全然ダメだった。 ―――なんだか、【U】が入ってた気がする。あと、【C】も! そうだ! あれだ! 「すみません! 【UCC】どこですか!」 看護婦に教えられた部屋にまたもや飛び込むと、 そこにはまた、さっきの外国人たちが! 手に手に缶コーヒーを持っているではないか。 ―――違ったか! 私は、おばあちゃんの命が危機にさらされているというのに、 さっきから何をやっているのだ! 情けなくて泣きそうになった。 すると、いかつい外国人たちの向こうから、 聞き覚えのある声が響いてきた。 「リカちゃん! こっちこっち! 早くこっち来て【コーシー】飲みな!」 やや! あの「ひ」と「し」が逆になってしまう江戸弁はっ! まさしくおばあちゃんの声! 伸び上がって部屋の奥を見てみると、 分厚いピザトーストを頬張りながら缶コーヒーをがぶがぶ飲みまくる、 ばりばり元気なおばあちゃんの姿があった。 「おばあちゃん!」 ガバと起き上がると同時に、朝6時の目覚ましが鳴り出した。 ―――夢だった。もちろん、夢であった。 私はすぐに隣に寝ている夫に覆い被さって、ゆさゆさ揺さぶりながら聞いた。 「病院で最も弱ってる人たちが医者や看護婦に 24時間管理されてる部屋って何て言うんだっけ?」 夫は白目でぴくぴくしながら 「ふえっ? ふああ・・・しゅ・・・集中・・・治療・・・室」 と言った。 私は更に夫の両肩を、がっぽんがっぽん前後に激しく揺らしてまた聞いた。 「そそ、それを英語3文字で言うと何だっけ?」 夫は白目でかっくんかっくん、なされるがままに揺れながら、 「【ICU】・・・でしょ・・・・・・」 と言った。 私は思いっきり夫から手を放し、彼がそのままゆっくり布団に沈んでゆく横で叫んだ。 「そう!!! 【ICU】!」 ―――ああよかった、わかって! ・・・・・・気持ち悪かった! ―――そうそうそうそう! 集中治療室! 【ICU】!! しばらくして、東京で暮らす妹からメールが届いた。 ≪おばあちゃん、見舞いに行ったら、私を見て笑ったよ≫ 意識・・・・・・戻ったんだ! よかった。よかったよかった。 長男にそのことを言うと、彼はすっと表情を明るくした。 そして笑いながら言った。 「夜中お母さん、物凄い声で 『 【BCG】お願いします! 』 とか、 『 【ADSL】 あ、一個多い! 』 とか叫んでたから怖かったよ!」 嗚呼―――。 ともかく一命は取り留めたからよかった。 しかし、命の瀬戸際で、こんなに間抜けでいいのだろうか? まあ・・・・・・、いいか。 |
(しその草いきれ) 2002.11.11 作 あかじそ |