「 なにすんのっ! 」

 私が第三子妊娠中
―――あれは確か9ヶ月の終わり頃だったか―――
張りが強く、おっかなびっくり暮らしていた頃の話だ。
 その日、父は、腰の激痛に連日悩む妻と、
早産の不安に連日怯える娘に、
イッチョいいところを見せようと張り切って車を磨いていた。
 うまいうなぎ屋を発見したというのだ。
 そのうなぎ屋は、いわゆる田園地帯の奥深くにあり、
知る人ぞ知る、いわゆる「隠れ家」的な名店であった。

「あれを食えば、腰痛も早産も一発で治っちまうからよぅ」

と、言う父に、母と私、そして、3歳と1歳の子供たちは素直に従い、
父のボロ車に乗り込んだ。

 んが!
 それは悪夢の始まりだった。

 国道をしばらく走り、大きな川を渡る橋にさしかかると、
父は突如、「おりゃ!」と叫び、
いきなり土手の道なき道をぐお〜〜〜っ、と降りていった。

 車は、砂漠を駆け降りるオフロードカーの如く
激しく上下左右に揺れまくった。
 車内は、一瞬無重力状態になり、その後、
乗組員全員が天井やドア、シートや窓ガラスに
激しく体を打ち付けられていた。

「ぎゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 一同思わず絶叫した。事故ったと思った。
 
 細い細い田んぼのあぜ道に「着地」し、
一同、「お〜〜〜う・・・・・・」と感嘆していると、父が
「どうだ、この近道はっ!」
と、得意げに言った。

 「わざと落ちたんかい!」

 一同イキリたって父を睨みつけた。
 なにせ、今、父も一緒になって「ギャ―」と叫んでいたのだ。
 想像ではスルスル〜、と下っていくつもりだったのが、
思ったよりヘビーなことになってしまって、
実際のところ運転手が一番びびっていたのではないか?

 車は、幅100センチ強のガッタンガッタンのあぜ道を、
ごろごろと進みだした。

 車幅とそう変わらないあぜ道。
 小型トラクターがのろのろ走るのがやっとな道だ。
 そこを父は、なんと時速70キロ以上出して疾走した。

 ―――これは、【パリ〜ダカールラリー】?

 激しくバウンドする車。
 激しくシェイクされる乗員一同。
 
 悲鳴。また悲鳴。

 子供たちは宇宙飛行士のように車内をプカプカ浮いていた。
 私は、お腹がパンパンに張っていき、
今にも陣痛が起きそうなほど、下半身に緊張が走った。
 母は、腰の激痛に声も失い、助手席でのけぞったまま
突っ張って青ざめている。

「停めて〜〜〜っ!! 停めて〜〜〜〜〜〜っ!!」

 みんなで叫んだが、父はワハハワハハと笑い、
ますますスピードを上げていった。

「このまま田んぼを突っ切ればすっげえ近道なんだぜ!
ウキキキキキキキキィ〜〜〜ッ!」
と、狂ったように甲高く笑っている。

「お願い〜〜〜、お願いよ〜う!」

 私たちは絶叫しながら懇願したが、
父は「ひゃっほ〜〜〜う!」と吠えて、目は爛々と前方を見据えていた。

「腰が! ひっ! 割れるっ! ひっ、お父さん!」
「生まれる! カンカンに張ってきた! アカンボが下りてきたあっ!」
「ジイ! 痛いよぅ! 痛い! 痛いよぅ!」
「エーン、エ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!」
「わはは、わは、わははははははははははっ!!!」

 悪夢のような数十分の後、例のうなぎ屋に到着した。
 
 チュンチュン、と小鳥がさえずる大自然の中、
車から飛び降り、バンッ、とドアを爽やかに閉める父。
 深呼吸する彼の目はキラキラだった。
 しかし、その後に続いて降りてくる者は誰一人いなかった。

 母は、助手席で反り返って固まっている。
 私は、うずまって腹を抱えている。
 3歳の長男は、頭を打って号泣している。
 1歳の次男は、大下痢をして、シートの上にガニマタで立っている。

 父!
 おい、父よ!

 なにすんの、あんたという人は一体!!
 うなぎの味なんて、全然わからなかったよ!

 もうっ!!!

(しその草いきれ) 2002.11.17 作 あかじそ