何か毎日、「いやんなっちゃうこと」が山積みで、
にっちもさっちも行かなくなってきたので、
金も無いけど一家でディズニーランドにでも行って
気分転換をすることにした。
私たち夫婦は、長い間車を持たないペーパードライバーだったので、どこへ
行くにもいつも電車だった。
夫は運転センスゼロで、免許取得も期限内にできなかった。
もう1回自動車学校に入学し直し、
教官に「センスないからやめておいたほうがいい」
と言われつつも、何とか免許を取得したのだった。
一方私は、運転センスは、なくはない。
ただ、度胸がないのだ。
恐ろしく心配性なので、運転に伴う
「何か恐ろしいデメリットの数々」を想像しては、
「怖いから乗らない」を通してきた。
それでも、幼い子供が増えていくにつれ、
移動手段として必要に迫られ、
幼稚園や、駐車場の大きなスーパーくらいまでは
行けるようになっていた。
しかし、「何かふっ切りたいこと」が生じると、
私は急に思い切って遠距離を運転してみたくなるのだ。
死ぬ気で何かひどく危ないことを命掛けでやってみたくなる。
それで出かけた先は、千葉の弟の家とか、
多摩のおばあちゃんの家だったりする。
死ぬ気で出かける割には、前の晩は
「期末テスト前夜の中学生」のように必死に、
地図を顔面に貼り付けて行き帰りの道をシュミレーションする。
付箋貼りまくりの地図を小脇に抱え、鼻息も荒く、家族に
「じゃ、行くぜ! みんな乗りやがれっ」
とドスを効かせて出発する。
今回は、ここ埼玉から国道4号線で環七に出て、
湾岸道路と並行して走り、ディズニーランドへと行く経路を選んだ。
夫に地図を持たせ、ナビを頼んだ。
―――んが!
完璧な準備をしたつもりだったのに、
夫にナビを頼んだ時点で、このドライブは失敗だったのだ。
快適に走り出し、よく知った市内の道を出て、
最初に訪れた難関は、国道4号線と旧4号線の合流地点だった。
ここは、とにかくわかりずらくて危ないところなのだ。
1回、この場所で合流地点を間違え、反対車線を逆走してしまい、
あわや衝突、大渋滞を巻き起こしたこともあった。
そんなトラウマのある合流地点が、もうすぐそこに迫ってきている。
「どこだっけ?! あれっ? ここ右折車線入っちゃダメなんだよね」
私が早くもパニクッていると、夫は
「この先でいいから。落ち着いて〜」
と頼もしく言うので、私もちょっと落ち着いて左車線を走っていくと、
―――あっ!
合流地点があれよあれよという間に右後方へと過ぎ去ってしまった。
「合流地点過ぎちゃったじゃん!」
私が叫ぶと、夫も
「やっぱさっきのところ右車線だったか・・・・・・」
と、呆然としている。
「まあ、いい。左折して、もう一回回っていこう」
私はすぐに思い直し、左折左折で元の場所に戻り、
無事合流することができた。
「やったぁ!」
合流ひとつで、こんなにも盛り上がっていて、
大丈夫なんだろうか、この運転手!
・・・・・・自分でもそう思った。
「これでしばらくはこのまま直進ね」
夫の声もほっとしているのがわかった。
夫は、私の運転が怖いのではなかった。
私の運転によって生じる、私の異常なパニック状態に怯えていた。
「この道って、私が前に葛飾の婆ちゃんちまで運転したとき、一回走った道だ
よね」
「そうそう。もう、一回走ってるから平気だよね」
夫婦とも、余裕の会話だった。
子供たちも
「あ、ダイジョブなのね」
と、空気を察したらしく、
ホッとしていつもの騒がしさになっていった。
「梅島陸橋の手前を左折だよね」
「そうそう。よく覚えてたね」
「まあね〜」
知っている道というのは、何て安心なのだろう。
知っている地名、知っている店が、ほのぼの並んでいる。
そのうち、梅島陸橋を無事左折し、環七に入った。
「やった! 環七だあ!」
「よし、そのまま葛西まで直進あるのみ!」
「よし、楽勝だ!」
快適であった。
ごみごみした都内の道が、埋立地が近づくにつれ、
どんどん平べったく、そして広くなって行く。
「葛西まで、あとどれくらい〜?」
私が夫に聞くと、
「まだ」
と言う。
「でも、【まんだまだ】、位だよねえ」
と、また私が聞くと、
「いや、【まだ】くらい」
と言う。
―――「あと何キロ」とか言えよ。
【まだ】と【まんだまだ】、
どんな基準で測ってるというのだ。
各自、主観的な感覚だけじゃないか!
我ながら、馬鹿な夫婦だと思った。
すると、あっという間に「葛西」という標識が出てきた。
「葛西、もう着いちゃってるじゃ〜ん!」
私は、心の準備が出来ていなかったので、突然パニクった。
「左折なんだよね! 次は、左折だから、
左車線走ってた方がいいんだよね!」
「いや、まだいい。まだ大丈夫・・・・・・」
夫が言うので、私は3車線のうち、真ん中の車線を走っていた。
と、突然、
「そこ左折!」
と、背後で夫が叫ぶではないか!
「えええええっ!!!」
私は、左車線に行こうと思ったが、
後ろからどんどん車が来て、移動できなかった。
私たちの車は、直進し、
力なく「葛西臨海公園」の敷地内に吸い込まれていった。
「なんでよ〜〜〜〜〜〜っ!!」
私は、激怒した。
「ごめんごめん・・・・・・」
公園の敷地内は、ロータリーになっていて、
道なりに走っていくと、また元の環七に戻れた。
―――今度こそ。
私は、今度は独断で右折車線に進入し、
無事、予定の道へと戻った。
「んも〜〜〜。ちゃんとナビしろよ〜〜〜っ!」
私は、語気を荒げつつも、
ディズニーのムード漂う道に出たことで安心していた。
しかし、広い広い道だ。
どこからがディズニーランドの駐車場なのだ。
―――と。
「今の道・・・・・・左折だった」
ぽつりと夫が言う。
「だったあ?」
―――なぜ過去形!
何でナビなのに過去形なのだ!
事前に言わねば曲がれまい!
その後、夫は、何度も「直前指令」や「過去形指令」を連発し、私は完全に
パニック状態に陥っていった。
かくして、我々一家は無事ディズニーランドに到着し、
普通に遊び、普通に楽しんだが、
帰り道のドライブもまた、大変だった。
曲がるところの直前に、
「そこ右折、じゃなくって、左!」
と突然叫ぶ夫と、パニクる妻。
たまのディズニーで興奮して騒ぐ子供たちに
「生きて帰りたかったら静かにしやがれっ!」
と絶叫する母親と、いちいち縮こまる父親。
夜、家に到着した頃には、私も夫も心神耗弱状態だった。
「楽しかったね」
と、微笑みあう子供たちを横目に、
私は横たわり、畳に顔を突っ伏して静かに意識を失った。
―――ねえ、これって、私、気分転換になったのかしらん?
薄れゆく意識の中で、子供たちが歌うミッキーマウスマーチが
遠く聞こえていた。
家庭の平和のために、カーナビ買おう・・・・・・
カーナビ代を稼ぐのだ、私よ。
―――がんばれ、私・・・・・・
(了)
しその草いきれ 「ドライビング・ハイ」
しその草いきれ 2002.12.10. 作あかじそ