「フェミニズム・プログラム」 テーマ★男尊女卑 俺は、死んだ。 グエッ、と死んだ、その後に、気付いたら、長い長い行列の最交尾にいた。 俺は、並ぶのも待つのも大嫌いだ。 どうしても並ばなければならない時は、妻に並ばせた。 妻は、俺に食わせてもらっているのだから、当然の仕事である。 妻はまだ「ご存命」で、ここにはいない。 だから、仕方なく列に並んではいるが、随分前を見てみると、 5ヵ所の「受付」があり、列は、1本なのである。 みんな、馬鹿だ。 真ん中の列にばかり並んで、他の4ヵ所はガラガラなのに気付いていない。 俺は、死相漂う馬鹿どもを横目に、さくさくと前へ進み、開いている受付に並んだ。 すると、水色のパンツスーツの若い女に肩を叩かれた。 「列の最交尾にお並びください」 見ると、左胸に<受付担当・佐々木みどり>という名札を付けている。 俺は、この馬鹿に言ってやった。 「何で5ヵ所あるのに、1ヵ所しか並ばせない。それでも仕事をしているつもりか。 だから、女はダメなんだ」 女は、口をぐっと締め、んすすす、と鼻息で笑った。 心底、小気味よさそうだ。 「フォーク並びって言ってねぇ、お爺ちゃ〜ん。一列に並んで、 あいた所に順次進んで、待ち時間の不公平をなくしているのよ。 知らなかったのね、お爺ちゃ〜ん」 お爺ちゃん、って言うな! まだ64だ! ふと横を見ると、列に並んでいる連中は皆、俺を見て、んすすす、と笑っている。 俺は、何も言わず、きびすを返し、また、列の最交尾についた。 さっき俺の前にいたヤツは、随分進んでしまっていて、後から来たやつが 10人以上並んでしまった。 さっきの場所に入ろうとすると、その後ろのヤツらに文句を言われ、すごすごと また最交尾に来たわけだ。 腹が立つ! ここはどこだ! 「地獄の1丁目ですよ」 <ここが最交尾です・待ち時間は、約50分> と書いてある看板を持った、俺と同年代のオヤジが言った。 「なんで地獄なんだよっ! 俺は、生きている間、座右の銘は一日一善だったんだぞ! 会社でも、近所でも、善良で通っていたのに! 何かの手違いじゃないのか?!」 俺は、そのオヤジに食ってかかると、オヤジは、にこにこと笑い、何度もうなづきながら、 「俺も、そうだったよ」 と、言った。 「家を一歩出たら、善人だった。でも、女房にはどうだい? いい亭主だったかい?」 「もちろんだ! 一度も妻をパートになんか出さなかったし、 三食昼寝付きにさせて、家まで建ててやったんだぞ!」 オヤジは、んすすす、と笑った。 そして、黙って、手のひらで、前に進むように俺にうながした。 列が3メートル程進んでいた。 何だ! ここのヤツらは! 面白くねえっ! 俺は、じりじりしながら、列について少しづつ前に進んだ。 そして、いよいよ、俺の番になった。 「魚住さん、4番に入って〜」 スピーカーから、女の声が流れて、俺は、4番と書かれたドアを開けて中に入った。 中は、まるで病院の診察室で、白衣を羽織った女医が机に向かって、 カルテのようなものを書いていた。 女医は、書き終わると、カルテを助手の女に手渡すと、俺に向かって微笑んだ。 「はい、魚住さん、こんにちは〜。お待たせしちゃって、ごめんなさいね〜」 四十前くらいの、ちょっといい女で、手元の書類をぱらぱらと読んで、静かにうなづいた。 「魚住さ〜ん、だいぶ悪いですよ〜。ちょっと大掛かりな処置になるけど、頑張れるかな〜?」 「は? また病気ですか? 肝臓ですか?」 「ああ、肝臓ガンで亡くなってるのね。そうかそうか。 肝臓は、もういいから。・・・・・・ないから。肝臓」 「ないんですか? 肝臓」 「ない。体自体ないから」 ここは、やっはり地獄の1丁目なのか・・・・・・。 だったら、女医じゃなくって、閻魔大王がいるんじゃないのか? 「ああ、あの人クビ!」 女医は言った。 俺の心の声も聞こえるらしい。 「あの人ねえ、物凄くワンマンで、リコールされたのよ。 針の山だの、血の池だの、って、最悪の趣味でさあ、 残酷すぎる、お前はサドか? って事になって、廃止されたの。 それで、私らの先輩女史達が頑張って、ここ、フェミニズム・センターになったの」 「ふ、ふぇみに・・・?」 「そう。男女平等を根本から作っていく所です。 魚住さんは、ひどい男尊女卑だから、処置しますよ」 「し、処置って・・・」 「フェミニストになるための、ある学習プログラムをこなしていただきます」 「勉強するのか?」 「勉強します!」 「学校でか?」 「人生で、です! ・・・・・・とりあえず、来週の水曜、横浜の磯子区で、 中村静夫・吉美さんの所の次女として、生まれてもらうから」 「次女?」 「・・・・・そう。女です。が・ん・ばっ・て・ねっ! はい、次の人〜」 「ちょっと待ってくれい! 女は、ちょっと・・・・・・」 受付の女が、頬笑みながら、俺の背中を蹴っとばして、部屋の奥の崖から突き落とした。 俺は・・・・・・気が付いたら、オギャア、オギャア、と泣いていた。 女に生まれ変わってしまった。 俺・・・・・・私は、今、オギャア、オギャア、と泣き狂う赤ん坊を抱いて、 半べそをかいている。 私は、頼りがいのある人に、 「黙って俺についてこい」 と言われて、結婚し、男の子を産んだ。 大変な難産だったが、夫の第一声は、「ちぇっ」だった。 女の子が欲しかったらしい。 赤ん坊は、抱いても、ミルクをやっても、オムツを換えても、一日中、泣き狂っていた。 近所からは、虐待を疑われ、夫は、平日だけでなく、休日も家に寄りつかず、 両親も早くに亡くなって、私は、頼る人が誰もいなかった。 朝5時から、夜11時まで、毎日毎日、耳元で絶叫する赤ん坊を抱いて、 私は、ぼんやりと考えていた。 「うるせえ! 赤ん坊を泣かせるな!」 ずっと昔、そんなセリフを吐いた記憶がある。 そう言われた女の人は、赤ん坊を背負って、夜中に凍えるオモテに出て行った。 これは、映画か何かの1シーンなのか? 私は、腰がふらつき、ガクガクする膝で、赤ん坊を背負い、オモテへ出た。 その子が、学校に行かなくなった時も、夫は私を責め、私は、子供の手を引いて 市役所に相談に通った。 「まったく、ろくに子供のしつけもできねえ馬鹿女だ! 」 「女のくせに、家の事もできないのか? 出来損い!」 「俺に食わしてもらっといて、いい気なもんだ! このゴクツブシ!」 子供が成人し、私は、子供の学校時代の役員を一緒にやった仲間と、 旅行に行くようになった。 夫は、相変わらず酷い事ばかり言うが、気にしない事にした。 夫の許可など得ないで、出掛けてしまう。 後で、どんなに殴られようと、出掛けた者勝ちだと、開き直っている。 顔のアザは、私のトレードマークだ。 あと半年の我慢。 夫は、末期ガンで、長くない。 でも、告知しないで、泳がせている。 だいぶ前に保険も掛けた。大金を掛けた。 余生は、ばっちりだ。 女に生まれて、本当に良かった。 苦労もしたけど、友達も、かわいい孫もいる。 あとは、うるさいジジイが往くだけだ。 その日も、私は、友人と温泉に出掛け、熱い湯にたっぷりつかった。 そろそろ出ようと立ち上がり、湯船をまたいだ途端、ふらっとした。 ふらっとして、つるっとして、ぐしゃっとして、死んだ。 私は、死んだ。 気が付いたら、なんとなく、見覚えのある所で、行列の最交尾に並んでいた。 ぼんやりと進むにまかせていたら、名前を呼ばれて、ある部屋に入った。 にこにこ頬笑む女医がいた。 「東海林ヨシカさんですね?」 「はい、東海林です」 女医は、指でカルテをなぞって読みながら、うなづいた。 「ええっと、私は、担当の藤塚です。覚えていますか?」 「いいえ、あの、すみません」 「はい、いいんですよ〜。東海林さん、人生、楽しかったかな?」 「まあ・・・・・・、いろいろありましたが・・・・・・悔いはないです」 「 次は、男と女、どっちに生まれ変わりたい?」 「女です! 断然、女でお願いします!」 女医は、大きくうなづくと、にっこり笑って 「急で悪いんだけど、明日の午後、北海道。三代川さんちの長男で、よろしく」 と、言った。 そして、私は、助手の女性の導きによって、別室へ通された。 待っているうちに、眠ってしまい、オギャア、オギャア、という自分の声で気がついた。 私は、男に生まれ変わった。 私は・・・・・・僕は、やさしい両親に、何不自由なく育てられ、32歳で結婚した。 相手は、姉さん女房で、気は強いが、しっかりやってくれる、いい人だ。 やがて、僕は出産に立ち会い、我が子を抱いた。 フルタイムで働く妻と、順番で育児休暇を取って、一生懸命、一緒に育てた。 子供は持病持ちで、ずっと通院を余儀なくされたが、幸い、まっすぐに育ってくれた。 やがて、子供は独立、結婚した。 僕は、勤めをリタイアし、妻と共に、余生を楽しむ毎日を送っている。 ある晩、夢の中で、何故か何度も見た事があるような診察室が出て来て、 見た事があるような女医が言った。 「プログラム終了しましたよ。いい人生を」 僕は、何の事やらわからないまま、目を覚まし、朝食を作った。 妻を起こし、二人で向き合って食べた。 旨かった。百何十年ぶり、という位、旨い朝食だった。 (おわり) |
2000.05.23 |