夫婦百態  

「夫は生かさず殺さず」



 夫は、連日帰宅は夜中の12時過ぎだった。
 そして、休みは1ヵ月に一回あればいい方だ。
 
 夫は、今までかいていなかったイビキをかくようになり、
話し掛けてもモウロウとしていることが多くなった。
 足が痛くて医者に行くと、いわゆる成人病の「痛風」と診断されたという。

 妻は、夫と結婚する前からも、
そして結婚して子を何人も産み、育児の大変さにもがきながらも、
いつもいつも「私をもっと大切にしてよ」と夫に主張しつづけてきた。
 ところが、夫厄年の今年になって、
身内の人間が相次いで亡くなったりして、
「もしかして夫も、やばいのでは?」
と思うようになっていた。

「今に突然死しちゃうから、ちゃんと休暇とりなよ」
「もっと早く帰ってきて寝た方がいいよ」

 やさしく言っても、夫は「ああ」と上の空だ。
 相変わらず全然自分の体を大切にしない。

 夫は、妻が
「私を大切にし
なさいよ」一辺倒から、
「あなたが心配だわ」という心境に
大きく変革したことにテンで気付いていないようだった。
 「またいつものうるさい愚痴の延長だ」と思っているふしがある。

 気の強い自己チュウの妻がこんなに折れまくって
優しくいたわっているのに、夫は態度悪いったらないのだ。

 妻は切れた。
 第一次の「キレ」が入った。

「ねえあんた、あんたが倒れて面倒見るのは誰なんだよ」
「すぐ死ねばいいけど、だらだら長患いしそうなんだよ、あんたは」

 結婚して13年。
 夫はもはや、妻の口からどんなことばが吐かれても、
その意味を考えずに、「とある音声」として聞き流す技を身に付けていた。
 全然、顔色ひとつ変えない。

 そこで妻はまたもう1本切れた。
 第2次の「キレ」が入った。

「つーかもうすでに死んでるよね」
「心ここにあらずだもんね」
「生命保険もっと掛けるわ」
「返って死んだ方が儲かるかもね!」

 ここまで言っても全然怒らない。
 無表情のまま、妻のことばが途切れるのを待って、
「んじゃ、行ってきまーす」
と、普通に出かけていく。
 そして、その晩も帰りは遅い。

 妻は、帰りの遅い夫が、ひとり職場で息絶えているのではないか、
とその晩もヤキモキしていると、
12時過ぎに玄関のカギをカチャカチャ開けて夫が静かに帰ってきた。
 深夜テレビをひとりでポツンと見ている私に、
【ハーゲンダッツ・クリスピーサンド/キャラメル】を黙って手渡し、
2階に着替えに上って行った。

 妻は、パジャマで下に降りてきた夫に、
アイスをかじりながら言った。

「心配なんだってば。毎日少しづつ自殺してるような働き方、よくないって」
「仕事が残ってるんだったら手伝うから持って来なよ」
「まだまだ生きてて欲しいんだよ」

 素直に正直に心配してみせることは、
照れ屋の妻には大変な勇気だった。
 珍しく神妙に話に耳を傾けている夫に対して、
妻は急に恥ずかしさでいっぱいになり、思わず言ってしまった。

「夫は生かさず殺さず、ってねえ・・・・・・」

「おい、生かせよ!」
 さすがに夫もツッコミを入れた。
「いやいやいやいや、生かすとすぐに調子に乗るからね、男は」
 妻も、やっとホッとして話ができた。
 
(話し掛けたら返事が来る―――これが会話ってもんだわよ)

 「もう遅いから、それ食べたらもう寝な」
 夫はにこやかに言って、風呂に入っていった。
 妻が夫の笑顔を見たのは何ヶ月ぶりだろうか。
 妻自身も大好物を与えられて、笑顔だったのかもしれない。

「じゃあ、もう寝るね、おやすみ」
 妻は、素直にトコについた。
 すやすやすやすや眠っていたが、ふと、何かの物音でまた起きた。
 下に降りて行くと、深夜2時過ぎなのに、
テーブルの上にはレンタルビデオが積まれ、
テレビ画面には懐かしのガンダムが映っていた。

(この、バッキャロ〜ウ!)

 オタク野郎!
 殺人的マイペース!
 いいから寝やがれ!!

 夫は、妻を気づかってネナヨと言ってくれたのではないのだった。
 とっととうるさいのを追いやって、趣味のアニメと、
もしかしてエロビデオとかも見ていたのだ!
  
(こいつ、私の言ってること聞く気ねえな!)

 妻は、第3次ブチギレ状態となった。

「もういい! 死ね死ね! もう心配なんてするもんか!」

 緊迫する夫婦間の空気と、
緊迫するテレビ―――モビルスーツの戦闘シーン。
 夫は、妻の方をチラッと見つつ、 
モビルスーツの方へと視線を戻した。

(もう知らんわ!)

 妻は、どかどかと階段を上り、布団の中にするっと入った。
 
                   (つづく)


 あ〜あ、馬鹿な夫。
 過保護に育てられ、誰かに心配してもらえることを当然と思っている男。
 今、夫婦の間に新しい絆が結ばれようとしていたというのに・・・ 
 妻の手が差し伸べられているのを振り払っちゃって・・・・・・
 次のチャンスは、きっとまた10年後だな。
 七夕より、うるう年より貴重なチャンスだったのにね!

 やっぱり「生かす」と、ろくでもないのが男・・・
 夫が殺されるのも時間の問題か、と危惧しつつ、つづく。
 
                        (細々とつづく)   

            

(夫婦百態)2003.3.11.あかじそ作