子だくさん 「子供の喧嘩に親が出まくり」


 これから書くことは、事実です。
 現代の小学生の家庭にはよくある光景です。(ホントか?)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 今年度、私は小学校2年生の次男のクラスの役員をしており、
ことあるごとに学校行事の手助けをしに学校へと出向いていた。
 役員をするのはまったくの初めてだった。
 次男の下に小さい子供がふたりもいるので、
本当は引き受けなくても良かったのだが、
1年生の頃、友だちとの喧嘩が多かったこともあり、
心配で引き受けることにしたのだ。

 うちの次男様は、本当に独特な子で、
特に喧嘩っ早いというわけではないが、
人間か野生動物か、と聞かれれば、後者に近いと思う。
 3歳まで「おっおっおっ」としか喋らなかった口下手だが、
確実に自分の主張を持っているようだった。

 入学式の翌日、新入生の親は、一週間だけ通学路の途中まで
お迎えに来るように、と言われていたので、
私が近所の知り合いと一緒にとある交差点で
談笑しながら次男の帰りを待っていたときのことだ。

「あっ! あれ、ユージくんじゃないっ?」
 知人が指差す方を見ると、見覚えのある体形の子供が!
 チビでむちむちした次男坊が、
通学路からひとり外れて道路の向こう岸を疾走しているではないか。

「おい待てっ! どこ行くっ!」

 私は下の子ふたりの手を引き、駆け出して次男の後を追ったが、
彼は、ある店の前のガチャガチャに見入っていたと思いきや、
突如ゴムマリのようにムッチンパッチンムッチンパッチン弾みながら
勝手に家の方に飛んでいってしまった。

 また、毎朝10メートルごとに立ち止まり、
登校班のみんなを待たせて、電柱にオシッコをかけながら
登校するなど、犬そのものの行動でみんなを唖然とさせていた。

 そして、ゴールデンウイークの直前、
ヤツは初めて大きな騒動を起こした。
 席の前の子に「デブ」だの「バカ」だの「パー」だのと
しつこく言われたのに耐えかねて、無言で相手の顔面をぶん殴り、
彼の新品の体操服を鼻血で染めたのだと言う。
 昼間、私が四男の大泣きに頭を抱えていた時、
突然当時の担任から電話があり、
「なんてことをしでかしたんだ」
「お兄ちゃんが利発だからこの子も、と思って受け持ったのに、大外れだっ
た」
「相手の親御さんに絶対今日じゅうにわびてくださいね!」
とまくし立てられてしまった。

 長男は確かに大人しく、優等生タイプで、
いじめられることはあっても、いじめることはなかったので、
私は日頃から
「やられたらやり返せっ!」
と言っていたのだが、相変わらず長男はやられっぱなしで、
ダークホースの次男の方が思いっきり私の教訓を実践したらしい。

 私は経験のない「後処理」に、震えながら取り組むことになった。
 相手の家に電話を掛けると、
「こいつ絶対カタギじゃねえ!」
とすぐわかる凄みのある男が電話に出た。
「お宅の○○くんに怪我をさせてしまい・・・・・」
と、そこまで言うと、その怖いおっさんは
「おうおう、子供の喧嘩になんだってんだ? もう電話してくんなよっ!」
とドスを効かせてくる。
「わかりました、すんまっせんすんまっせん」
とすぐに電話を切り、私は貧血を起こして畳に顔面から突っ伏したが、
後で聞いたら、その家の兄弟は悪名高き「ジャイアン系」だったらしい。
 
 また、それから数日後、
ヒステリックな声を上げて担任が電話をしてきた。

「ジロー(次男の名前)が今度は女の子の目を刺しましたよ!」

 「目を刺した」って!

 次男から事情を聞くと、次男が紙で工作を作っている時、
クラスの女の子がそれを覗き込んで
紙のとがった所で目を突いてしまったのだという。
 私はまた真っ青になって頭を抱え、
とりあえず地元で一番高級な和菓子屋に駆け込み、
「詫び用菓子折り」を購入した。
 夕方、次男の手を引いてそのお宅に伺い、ひたすら謝った。

 と、相手のお母さんは、突然涙目になり、
「いや実は一番可哀想だったのはユージ君なんですよ」
と言う。
 女の子は自分から近寄って目を突いてしまったのに、
先生は事情もよく聞かず、次男をボロクソにけなしまくり、
「そんなだからあんたはダメなんだよ」と人格否定のセリフを
ひっきりなしに浴びせまくっていたのだと言う。
 担任からの電話で女の子を迎えに行ったそのお母さんは、
そのあまりの酷い叱りように、
返って次男を気の毒に思ってしまったのだと言うのだ。
 次男にそのことを聞くと、
「もう忘れちゃった」
と言って、無心にスケッチブックに絵を描いている。

 そんなことが、去年一年間で数回あった。
 
 次男は目に見えないことばの暴力がたくさん注がれ、
その痛みを人に説明する表現力を持たないために
猿のように相手の顔面を引っかいてしまうのだった。
 
 次男は、一年の時の担任のことが好きなのだと言った。
 肩を揉むよ、と言うと、みんなには「ありがとう」と言う先生が、
次男には「あんたは触らないでよ」と言うらしい。
 それでも次男は担任が好きなのだと言う。

 2年生になり、私は意を決して役員に立候補した。
 次男が説明できない屈辱を、
現場で私がちゃんと見ててやろう、と思ったのだ。
 
 最初は絶好調だった。
 今度の担任は、長男の担任を2年間受け持ってくれた先生で、
 次男が肩を揉むと、「気持ちいいよ、ありがとう」と言ってくれるそうだ。
 いわば「昔タイプ」の、ベテランおばさん先生だった。
 私は、自分の小学校時代を思い出し、結構好きなのだが、
お友だちのお母さんたちは、しきりに
「外れた、外れた」
と言っていた。
「何でハズレだと思うの?」
と聞くと、「子供がいじめられた」と親が訴えても、
「それはコドモ同士のケンカですよ」
と言って、「揉み消す」からだと、みんな言うのだ。

 子供同士の喧嘩に、親が目を剥いて飛び出していき、
教室に、相手の親に、職員室に、校長室に、
果ては教育委員会にまで怒鳴り込み、
真相究明することが「親の義務」なのだそうだ。
 それが子供を守る、ということらしい。

 私は、どうしてもそういうノリがバカみたいに思えて仕方なかった。
 初めて謝りの電話を掛けたヤクザなオヤジの気持ちが
やっと理解できてきた。
 彼も、さんざん怒鳴り込まれたクチなのだろう。

 そして、ついに2学期、その「親の義務」攻撃を、
私と担任が浴びまくることになった。
 その子は、クチの達者な子で、ことあるごとに
「わが道を行く」次男をからかい、泣かすことがあった。
 次男はキーッとなってその子の顔を引っかき、
その数日後、またひどくからかわれて相手の足を蹴った。
 どちらも、先生から見たら「怪我でも何でもない」というものだったらし
い。
 で、先生は、「喧嘩はやめなさ〜い」と本人達に注意して終わりだったとい
う。
 ところが、相手の子の連絡帳には、
「ユージという凶暴な子に目に近い部分を傷つけられ、
危うく失明寸前だった。真相究明をお願いします」
「前回の真相も究明されないまま、また今度も同じ子に
足を真っ青になるまで蹴られてきました。説明を!」
と、書いてあったと後で聞いた。
 
 担任からの電話で、そのことを聞いた私は、
久しぶりにまた顔面蒼白になり、頭を抱えた。
 急いで教室に駆けて行き、その子本人に頭を下げ、
担任にも謝ると、担任は、
「先方は、先日、ご両親揃って校長室に乗り込んで来て、
このまま真相が究明されなければ教育委員会に訴える!」
と言ってカンカンだったと教えてくれた。
 私は廊下にへなへなとしゃがみ込み、
「先生、どうしたらいいですか〜〜〜っ!!」
と半べそをかいてしまった。
 担任は、「ともかく一応謝ってみてください」
と、比較的冷静に言い、なんだか慣れているような感じだった。
 こんなことはよくあること、のようであった。

 私は早速相手の家に電話し、半べそで謝りまくると、
「私どもは謝ってもらいたいのではない。真相を知りたいだけです。
返って嫌な思いをさせてしまってごめんなさいね」
とのことだった。
 (真相は、「ただのガキの喧嘩」だ!)
と思いつつ、後日担任に聞くと、「訴える!」の騒ぎは収まったらしい。
 「真相究明を!」とは言っていたけれど、
やっぱり要は「ワビいれろ」ということだったんじゃないですか、 
と、笑っていた。
 さすがだ。慣れている。

 そして、そんな騒ぎがやっと収まったと思いきや、
先日、朝の8時50分に担任から電話があり、
「ユージ君、またやっちゃいました。とりあえずすぐに教室に」
という呼び出しがかかった。
 今度は、ちょっと引っかいた、どころではないらしい。
 顔面全体、血まみれになるほど引っかきまくってしまったのだという。
 私は、電話を切るや否や、もうすでに貧血状態で、
意識モウロウとなりながら3歳の四男を連れて学校に走った。
 教室に到着し、担任に呼ばれて廊下に出てきた子の顔を見て、
私は絶叫してしまった。
 顔面がマスクメロンなのだ。
 肌色に赤の筋が縦横無尽に駆け巡り、顔じゅう傷だらけだった。
 私はその子に駆け寄り、頭を抱いて
「ごめんごめんごめんごめんなさいーーーっ!!」
と、叫んだ。
 そこへ次男がそろそろと廊下に出てきたので、
私はもう、本能的に次男の頭をポカッ、と叩いてしまった。
 
「もうお友だちに手を出さない、ってお母さんとあんなに約束したでしょっ
!」

 びっくりした。
 私の声は泣いていた。
 自分でも知らない間に号泣してしまい、
次男に向かって
「お母さんは悲しいよ! 情けないよ!」
 とオーイオイ泣きながら叫んでいた。
 私は、続いて相手の子に向かって、
「痛いでしょ? ホントにごめんなさい! ごめんなさい!!」
と、何度も何度も頭を深々と下げて、また泣いた。
 その子は私のあまりのハイテンション謝罪にびびりまくり、
涙をぽろぽろこぼした。
 どの子だって、子供は子供だ。小2の男子だ。
「ぼくこそユージくんにいやなことをいってごめんなさい」
と小さい声で謝った。
 そのやりとりをアッケにとられて見ていた次男は、
突然、猛獣のように叫んだ。
 何の雄たけびかと思ったら、泣いているのだった。
 絶対泣かない母親が、自分のクラスまで来て、
廊下でどおどお泣いている。
 ビックリしすぎて混乱して吠えているのだった。
(一応反省しているのか?) 
 次男は、吠えに吠え、いくら担任がなだめても、いつまでも泣き止まなかっ
た。

 その晩、フルタイムで働くという
先方の住むマンションにお詫びにうかがうことになった。
 ちょっとの引っかき傷で「教育委員会」を持ち出す人だ。
 こんなひどい怪我を負わされたら、これはもう、「裁判沙汰」は間違いな
い。
 
 私は、
@両親揃って頭を下げようと、夫に「仕事の中抜け」を命じ、
Aもうすっかり我が家の御用達となった
(と言っても自家消費はしたことがない。いつもお詫び用だ)高級和菓子屋に
行き、
桐の箱に入った【超高級お上品&ハイセンス&伝統美和菓子】を購入し、
B先方のお宅の前で、寒風吹きすさぶ中、
親子3人直立不動で帰宅を待ち、そのときが来るのをじりじりと待っていた。
 
 ―――と、先方の母親が帰ってきた。
 子供の傷を診察してもらいに病院に行ってきたのだと言う。
 私と夫はひたすら何度も頭を下げまくり、
これでもかこれでもかと言うほど、物凄いハイテンションで謝り、
相手を圧倒した。
 今回は前もって早めに担任から「真相」を告げられていたらしく、
「この子が連日嫌なことを言い続けていたからいけないんです」
と言い、次男に謝ってきた。
 
「いえいえいえいえいえいえいえ、い〜え〜〜〜っ! 
どんな理由があろうとも! ええ、ええ、あろうともっ!
怪我をさせたのはこちらが一方的に悪かったのですっ!
悪うございました悪うございました悪うございましたしたした〜〜〜っ!」

 と、私も一歩も譲らず更にハイテンションで詫びまくり、
「子供の喧嘩ですからどうか気にせずに」
と、言わせて帰ってきた。
 
 【勝った】?

 怒る余地を与えないほどの、物凄い気迫の謝罪は、ある意味無敵だった。
 私はまたひとつ新しい経験を積み、経験値を少し上げた。

 帰り道、次男と夫と三人で自転車をこぎながら、
「顔の傷は目立つけど、心の傷だって見えないけど痛いよな」
と話し、次男はしおらしくうなづいた。

「もう、人を傷つけないと、お父さんとお母さんに約束して」
と言うと、
「もうしないよ」
と次男は言った。

 
 翌日―――。

 次男の連絡帳に担任の字でこう書いてあった。

「残念ながら、今日は女の子の足を蹴って泣かせました」

 ド―――――――――――――ン。

 私は顔面から畳に倒れ込んだ。


                    (了)




          (子だくさん)2003.3.18.あかじそ作