ムーヤンさんキリ番特典 お題「イベント」
あほや 「いい子にしてて」
5月3日。
毎年地元で行われる祭に、
今年は家族6人と私の両親、
合計8人で出かけることになった。
長男は午前中、クラスの友だちと一緒に回り、
正午に保育園前で落ち合う約束をしてある。
私たち一行は昼前、
空腹を抱えて大通りをうろうろしていた。
「どこで食うんだ」
「なに食うんだ」
何かイベントがあると、
いつも段取りの心配で異常にテンパッてしまう父・じじじそが
今日もまたイライラしだした。
そのじじじそを見て、今度は母・ばばじそがイラつきだした。
それから逃げるようにじじじそは姿をくらまし、
どこからか大好物のビールを買ってきては
何杯も何杯もがぶ飲みし、へらへらしだしたので、
ばばじそが恐ろしいテンションでじじじそに怒鳴る。
「テメーこのヤロー昼間っからがぶがぶ飲んでんじゃねえっ!」
その絶叫は、通行人全員の足を止めた。
私は、この間亡くなった祖母が怒鳴ったのかと思った。
先日、祖母の納骨を済ましたとたん、
ばばじそは、祖母の持病だった高血圧を発症し、
まるで祖母が乗り移ったかのように怒りっぽくなったのだ。
じじじそは、ばばじその神経を逆なでするように
にやにや笑って口笛を吹き、
怪しい踊りを踊っては、
その辺の人たちの奇異の視線を集めた。
「まあまあまあまあ、お祭なんだから楽しもうよ」
と私が仲裁すると、ふたりはとりあえず静かになった。
ショッパナからつまらないことでもめている。
こんなので今日一日無事過ごせるのだろうか?
いや、やっぱり過ごせないのであった。
すごい人出だったので、はぐれないように
二人一組で手をつないで歩くことにした。
第一グループ・次男(8歳)とばばじそ。
第二グループ・三男(6歳)と夫。
第三グループ・四男(3歳)とじじじそ。
私はそれら三つのグループがはぐれないように
あっちへ行ったりこっちへ行ったりして歩調の調整をしていた。
第一グループ。
大通りにずらっと続く露店に次男がいちいち引っかかり、
次男大好きのばばしそがべったり張り付いて支払い。
第二グループ。
興奮して走りまくる三男と、もたもたしてはぐれそうになっている夫。
第三グループ。
気分次第で勝手にどこかへ行ってしまう62歳と3歳ペア。
どいつもこいつもまったく協調性のかけらもなく、
はぐれないように駆けずり回っている私だけが
馬鹿みたいに疲れ果てていた。
そのうち正午になり、
疲れた一行は歩行者天国の道端で座って休むことにした。
私のあごに「行け!」と指示された夫が、
長男を待ち合わせ場所に迎えに行った。
その間、じじじその酒はさらに進み、
子供たちは露店で買った馬鹿高いインチキグッズの数々を取り出して遊び、
私はばばじそに命令されて焼きそばを買いに走った。
みんなでその焼きそばを食べながら
長男と夫を待ったが、20分以上待ってもなかなか現れない。
子供たちは、
「また店見たい!」
と騒ぎ出し、ばばじそはばばじそで、
何も食べないで酒ばかり飲むじじじそに
ぶち切れ寸前だった。
――ーと、私の携帯が鳴った。
夫からだった。
「保育園の正門でいいんだよね」
違うって。
保育園の通り沿いだって言ったのに!
私はこちらの緊迫した空気に気おされて
思わず携帯に怒鳴りつけた。
「正門のわけないでしょ!
馬鹿じゃないの!」
夫は「ひー」と言ってすばやく電話を切った。
それから10分以上経っても何の連絡もないので、
今度はこちらから電話をすると、
「会えました。今そちらに向かっていますので」
と、敬語だった。
そういえば、夫はここ数年、私に対してずっと敬語だ。
そんなに怖いのか?
・・・・・・まあ、怖いかもしれない。
それはそれとして、
恐ろしくせっかちな私の両親と、恐ろしくのんびり屋の夫。
その仲立ちやフォローをする私の気苦労と言ったら
尋常ではないのだ。
イライラする両親と、常にポカーンとしている夫。
どちらも互いに相手に最大限合わせているつもりだが、
それが全然足りていないのに、
これまたお互い全然気づいていない。
はるか向こうから人波にもまれながら
夫と長男(11歳)がゆっくりとやってきた。
長男の口のまわりには泥棒メイクのように
黒いひげがついていた。
聞けば、友だちと一緒に回っているときに、
イカのゲソ焼きを2000円分も食べまくったらしく、
そのタレが付いてえらいことになっていたのだった。
いくらイカが好きだからって、そんなに食うか?
もう大きいし、数年前から友だちと祭を回るようになっていたが、
まだまだガキだ。
絶対後でハライタを起こすに決まってる。
ともかく、ここで私と長男は第四グループを結成し、
ふたたび祭を練り歩くことになった。
途中、和太鼓を叩く団体あり、
鼓笛隊あり、在日外国人グループの仮装行列ありで、
祭はいろいろな出し物を繰り広げていたが、
出し物を見たい私の心と裏腹に、
子供たちは、しょーもない露店にばかり引っかかっては
インチキのものばかりつかまされていた。
そのうち、酔いの回ったじじじそが、
知らない人たちに声をかけまくり、
完全に「変なおじさん」と化してしまったので
ばばしそが
「あんたは帰れっ!」
と、一喝した。
そんな空気をちっとも読まない子供たちは、
手に手に針を持って炎天下の台にへばりつき、
「型抜き」を始めてしまった。
「おいおい、今度はこんな時間のかかること始めちまってよう!」
と、じじじそは、大声で営業妨害発言をし始めた。
「いいから帰れっつんだよ、コノヤローッ!!!」
ばばじそは歯を食いしばって叫ぶ。
さすがのじじじそも真っ青になって静かになり、
私たち一行から少し離れたところに移動し、
物陰からこちらをうチラチラとうかがっている。
(返って怪しいんだけど・・・・・・)
私は気が気でなかった。
そのとき、次男のクラスメイトふたりがどこからか現れ、
「おう、お前、今度俺らのことぶったら先生に言うぞ!」
と言ってきた。
すると、次男が言い返す前に
般若の形相のばばじそが、
「お前らこそ、この子をぶったら許さねえぞっ!」
と怒鳴っていた。
物凄くでかい声で威嚇していた。
(ひーーー)
悲鳴を上げたのは私の方だった。
その怒鳴られた子の親は、
この辺でも屈指のクレームつけまくりの親なのだ。
喧嘩で、ちょっと子供が擦り傷を負っただけで、
裁判沙汰にしてしまうほどの激しい親なのだ。
(ひーーー)
今、怒鳴られた子供たちは、
「ぎゃー、あいつのお母さんに怒鳴られたーーーっ!」
と言って、真っ青な顔で駆け出して行った。
(お、お母さんっ???)
そうなのだ。
ばばじそはどう見ても「おばあさん」には見えない。
見た目が若い上に、若作りもすごい。
だから、彼らの目には完全に
「次男の母親」に映ってしまったのだった。
「ちっ、違うのよーっ!
誤解だよーっ!
母親は温厚ですぅーーー!
いくらでも謝りますからぁ!
謝らせてくだされーーーっ!」
私は、彼らを追いかけようとしたが、
人ごみに邪魔されて見失ってしまった。
(ああ・・・あああ・・・・・・)
私は顔面の血の気が一気に引きまくり、
地に足もつかず、その場で亡霊のようにゆらゆらと浮かんでいた。
一方、ばばじそは、
「してやったり」
と満足顔で、わが孫の「型抜き姿」をうっとり見ていた。
ちょっと目を離した隙に、
またイカ焼きを買ってむさぼり食い、
新しいドロボーひげを付けている長男。
あれ買うこれ買うと泣き叫ぶ三男と、
その横で子供をもてあまし、自分も泣いている夫。
金魚すくいの水槽に尻から落ちている四男。
刑事ドラマの尾行シーンのように、
電柱の影からパンをかじりつつ我々を見ている、
あやしすぎるじじじそ。
「型抜き、割れちゃったよーーーう!」
と地団太踏む次男と、
その頭を両手で抱きかかえて、
「いいのよ!
それでいいのよーう!」
と叫ぶばばじそ。
もういやよぅ!
私・・・・・・・、もうこの人たちと一緒に居るの、
本当につらいのよぅっ!!!
でも、これが私の家族・・・・・・・
これが私の修行の旅路・・・・・・
ああ・・・・・・
でもみんな頼むから、
オンモでは、いい子にして。
いい子にしていて欲しいのよーーーーーーーーーーーーうっ!
(了)
(あほや) 2003.5.6. あかじそ作