「 人の話を聞け 」

 昨夜、ふらっと父が家に来た。
 無言でドシドシと奥まで入ってきて、
子供ら四人にパチンコで取った細かな菓子を配り、
ちゃぶ台の前にどかっと座った。

「海の予定、金沢、結婚式のこと! このみっつ!」

 私と父にしか全然わからないと思うので説明すると、
「海の予定」とは、毎年、両親や弟一家、
そして私の家族とで行っている千葉の海への
旅行の日程をどうするか、ということだ。
 今年は母が高血圧で行けそうもないので、
計画もなかなか進まないでいた。
 その計画をそろそろ立て始めようではないか、
ということらしい。

 次に「金沢」について説明すると、
二ヶ月ほど前に主人の母が脳出血で倒れ、入院しているので、
夏休みに一家で見舞いに行く予定なのだが、
その辺の日程はどうなっているのか、
旅費はあるのか、ということだろう。

 そして、最後に「結婚式」だが、
これはなかなか面倒な事情があって、
電話で話すとすぐに軽い言い争いになってしまっていた。
 父の弟の娘(私にとってはいとこに当たる)が、
この秋、帝国ホテルで資産家の息子と結婚式を挙げる。
 相手の招待客があまりに多すぎて、
新婦側の招待客には人数制限があり、
いとこたちは招待できるが、その配偶者は呼べない、と言う。

 父の弟、つまり花嫁の父は、
一人娘の結婚式に舞い上がり、
招待客の調整に異常に神経質になっている。
 先月から何度も父に電話をしてきて、
「人数の関係で大勢は呼べない」
「お宅は一家総出で来られては困る」
と言ってきたり、そうかと思えば、
「子供たちがいた方がにぎやかになるから、
孫たちを大勢連れてきて欲しい、と娘が言っている」
と言ってきたりして、
こちらとしては「どっちやねん!」というところなのだった。

 何にしろ、私と息子たち4人の出欠について、
私の頭越しに父とおじとで勝手にもめていて、
当の私はまるで蚊帳の外だったので、
平和主義の私としては非常に心外であった。

 
「海だけどな」
 父は言う。
「どうすんだ」

 どうすんだ、ったって、とっとと日程を決めて、
宿の予約を早くしないと間に合わないだろう。
 
「海はやっぱりお盆前でないとクラゲが出ちゃってダメでしょう?」
 私が言うと、
「そんなの当たり前だろうが」
と、しょっぱなからいきなり喧嘩腰だ。

「海行って何すんだよ。釣りか? 泳ぐのか?」
 父は私が出した缶ビールの栓を開けながら言う。
「とりあえず去年の宿付近なら両方できるじゃない」
 私がカレンダーをめくりながら言うと、
「うーむ」
と何やら黙り込んだ。
 私は、「あちこち回るよりも一箇所でゆっくりしたら」
という母のことばを父に伝えようとした。
「ばーばがね・・・・・・」
 「ばあさんは行けねえ!」
 父は私のことばをさえぎり、目を剥いて声を荒げる。
「いや、ばーばが血圧で行けないのは知ってるから。
そうじゃなくて、ばーばが言うにはね・・・・・・」
 私は苦笑しながら話の続きをしようとすると、  
「じゃわかった。海の話終わり」
と言う。

 (えっ、もう終わりか)

「次。金沢」
 父はビールを真上にあおり、ぐびぐび飲んでから、
「金、あんのか?」
と、単刀直入に聞いてきた。
「まあ、お義母さんの方から『どうしても来て欲しい』、って言ってきてるから、
ちょっとは出してくれるんじゃないかとは期待してるんだけどね」
と、言うと、
「結婚式にな」
と、もう話題が次に移っている。
 父の中では金沢問題はもう解決したらしい。

「お前たち出るのか」
 父は、さっき自分が子供にやった菓子に手を出し、
こんなにか、と思うほど大きな音でボリボリとむさぼり食った。
「私たちはどっちでもいいのよ。
でも、私のいないところで勝手にもめてるから
出席しずらくなっちゃったって感じでさあ」
 私は10月のカレンダーを開き、18日の土曜日を指でなでた。

「どっちにしろ、朝9時半の式には出られないよな!」
 父はそう言ってまたビールをあおった。
「いや、バスは出てなくても自転車で行って
駅の駐輪場で臨時駐輪すればいいんだよ」
 私が言うと、
「雨降ったらどうすんだ」
と、至近距離の私に歌舞伎のごとく見得をきった。
「何よ! そんなに怒らなくたっていいじゃないの。
タクシーだってあるし、歩いたって大したことないじゃん」
私が言い返すと、
「大勢で傘差して歩いて、その何十本もの傘、どうすんだ!
この田舎から帝国ホテルまで、何十本も持って歩くのかよ!」
「何十本もないでしょうが。それぞれが持って歩けばいいだけでしょ」
「帰り、子供たちがみんな寝ちまったらどうすんだ!」
「帰りもまだ昼間でしょうが」
「うーむ」

 こんなくだらない非建設的な話し合いが30分ほど続き、
まだまだ課題は山積みだったが、
「俺、けえるわ」
と、父は立ち上がり、私に空き缶を渡した。
 話し合いが終わったから引き上げるのではなく、
ビールが飲み終わったから帰る父であった。

 自転車に乗ってふらふらと走り去る父の後姿を、
ひとり、玄関先で見送りながら、
「人の話聞けよ」
と、つぶやいてみた。
 まあ、あの人とちゃんと話し合いのできる日は一生来ないだろう、
と確信しつつ、父の姿が見えなくなったのを確認し、
私は家へと入った。  
 そして、夕飯の支度のつづきを始めた。


                          (了)
   
(あほや) 2003.7.29 あかじそ作