「 頭打って 」 | |
おとといの朝、布団を干そうとして 重い敷布団を「よいしょおっ!」と持ち上げ、 勢い良く窓からベランダに出ようとしたら、 突然脳天に激痛が走った。 私は敷布団を抱きしめたまま、 後ろの畳にゆっくりと仰向けに倒れ、 一体、今自分に何が起こったのだろう、と考えた。 私はひとり、畳の上で埃っぽい敷き布団を抱き、 頭の激痛に耐えながら思った。 窓枠の上の桟に頭をぶつけたらしい。 しかも、物凄く勢い良く。 あーーーーーーーーーーーあ、 という感じだった。 数年前、自転車ごと車に轢かれたときも その瞬間「あらあら」と思っていた。 またやっちまった。 頭を強打して、物凄く嫌な痛みが走っている。 血液がしょわーんしょわーん、と 頭の内側を右往左往している。 (下手したら死ぬな) (いや、半身不随か) 誰かに助けてもらおうかとも思ったが、 階下からは子供たちの激しい兄弟喧嘩の声が聞こえる。 たぶん、声をふりしぼって助けを呼んだところで 全然聞こえないだろう。 あーーーーーーーーーーーーーあ。 窓が開けっ放しだ。 蚊が入っちゃうなあ。 ふと気づくと私はまだ敷布団を抱いている。 このまま死んでしまったら、 私の死因はどんな風に推理されるのだろう。 心臓麻痺? 強盗に鈍器で一発やられた? 敷布団を抱いたままで謎の死! いやいや、事実は、窓枠に自ら激突して死亡―――。 人が死ぬときって、案外、こんな風に 間抜けなものなのかもしれないなあ。 みんな死んだ人を悲劇的な気分で想っていても、 当の本人は、意外とおっぺけぺえで 平和な気分で死んでいったのかもしれない。 あーーーーーーーーーーーーあ。 しばらく呆然としていると、 小1の三男が鼻歌を歌いながら階段を上がってきた。 「おーい、お母さん頭ぶつけちゃったからアイスノン持ってきて」 自分から出た声は案外のんきだった。 「あいよー」 三男ものんきにまた歌を歌いながら下に降りていった。 しばらくしたら、三男ではなく、 次男がアイスノンを持って上がってきた。 彼は血相かいて走ってくると、 「お母さん、大丈夫!」 と、私の頭の下にアイスノンを敷いた。 (お、こいつ案外優しいじゃないか) 私はちょっと嬉しくなり、 「お母さん布団干そうとしたら頭打っちゃってさ」 と、事情を説明しようとしたら、 もうヤツはいなかった。 (チッ、やっぱね) しかし私は辛うじて手当てらしいものを受け、 静かにそのまま横たわっていた。 今起き上がったり動きまくったりしたら 絶対にまずいような気がしたのだ。 しかし、布団を抱いている腕が だんだんと暑さで蒸れてくるのを感じ、 私はやっと布団から手を抜き、 左側を下にして寝ていたのを 寝返りをして、ゆっくりと右を下にした。 姑が脳出血で左側の脳を損傷して 右半身と言語に障害を残したのを思い出したからだ。 半身不随はともかく、ことばは私の命だ。 ことばだけは無くしたくない。 だから、脳内に出血した血が 左脳に流れてしまったらやばいのだ。 何の根拠も無い素人考えだが、 私は真剣だった。 ぼんやりとしてきて、眠い。 このまま眠ってしまったら死んじゃうのかな・・・・・・。 いや、ところが全然死ななかった。 その日は頭が痛くてじっと居間に座ったまま パッチワークばかりしていた。 ぼんやりと皿を洗い、 ぼんやりと夕飯を作った。 その様子を見ていた小5の長男が 「お母さん、お願いだからじっとしててよ」 と言ってくれたが、 その後、少し炊事の手伝いをしてくれた後、 「お駄賃欲しいなあ」 と聞こえよがしに言う。 そして、三男はひっきりなしに 「せっかくのお休みなんだからどこか連れてけ」 と不機嫌にわめきまくっている。 三歳の四男はあれしろこれしろと、 常にしつこくからみついてくるし、 小3の次男は、困っている私に知らん顔で ギャグマンガを読んでひっくり返って笑っている。 夫は、その晩も帰りが遅くなるという。 「何だよみんなっ! ひどいよ!」 私は、たまらずぶちぎれて、 布団を敷きに二階に上がった。 すると、二階には、すでに布団が敷いてあった。 子供たちが敷いてくれていたのだ。 しかし、暑い晩なのに、 真冬の羽毛布団が何枚も出してあったので、 私はついつい 「こんな真冬の布団出して!」 と、怒鳴りながら布団を押入れに乱暴に戻し始めると、 「お母さん、ごめんなさい。僕やるから僕やるから」 と、長男が言った。 しかし、不機嫌を長く引きずっていた私は 急に「素直ないい人」に戻ることができずに 意地になって 「いいからもう寝なさい!」 と、また怒鳴ってしまった。 優しい子供たちに育っているのだ。 素直ないい子に育っている。 私が優しくなくて素直でないのが問題なのだ。 二日目も、頭の鈍痛とぼんやり感に悩まされ、 ただただじっとしていた。 頭打って三日目。 朝起きたら、突然体調がいいことに気づいた。 気味悪いほど頭もすっきりとして、 気分も良かった。 月曜日だから、 朝一番で医者に行って検査してこようと思っていたが、 やっぱりやめた。 ダイジョブだろう。 朝、三男が夏休みに持ち帰ってきていた朝顔の鉢を 学校に持って行き、 その帰りに実家の母に自家製健康ドリンクを持参する。 昼間はパッチワークの続きをして、 夕方、長男の上履きがきつくなったというので みんなで靴屋に新しいのを買いに行く。 涼しくなってきた秋の夕方、 私の頭は妙に冴え冴えとしていた。 もう、これは何度も何度も決心してはいるけれど、 今度こそ、ちゃんと思い直そう。 家族のためにと、いつもいつも、 必死必死で毎日がんばりまくって、 いっぱいいっぱいになって、 そしていつも家族に怒っている私。 それ、もうやめよう、と。 「昔お母さん、怖かったよねえ」 「でも、ある日、頭打ってから人が変わったよね」 「急にのんきでおおらかで いつも笑顔のお母さんになったんだよ」 そういう展開にしようじゃないか。 友達と仲良くしなさい、と子供に偉そうに説く前に、 自分が家族と仲良くしなくちゃだよな。 《頭打って、 私は脳の中枢のどこかのスイッチが押され、 突如、懐の深い大人の女に変身した》 そういうことにしますから! そういうことにしといてください! はい、自己暗示自己暗示自己暗示! (了) |
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(子だくさん) 2003.9.9 あかじそ作 |