niyaさん No.24400キリ番特典  テーマ「給食」
「 給食当番 」

 とある日曜日、
小学生の息子たちが夫を囲んで
給食当番について話しているのを
私は台所で何気なく聞いていた。

 私は夕飯の支度をしながら
彼らの会話に口を挟んだ。

「給食当番はいつも泣きながらやってたよ。ね、父さん?」

「へ? 何で泣くの」
 夫はぽかんとして答える。

「いやいやいや、
重いスープの入ったバケツやら
食器の入ったケースやらをさ、
二人ひと組になって
ひーひー言いながら運んだでしょ?
 子供の力の限界を完全に超えたものをさ、
1階の奥の給食室から2階3階までさ」

 私は濡れた手を拭きながら
彼らの輪の中に入っていった。

「え? 全然」
 みんなの反応が冷たい。
 
 子供たちは、
私が何を言っているのか
まったく理解できないようだった。
 いや、子供たちだけでなく、
私より4つも年上の夫までもが、
「何言ってるの」といった顔をして
私を見ている。

 「どの階にも給食用のエレベーターがあって、
その前に行けばクラスごとに給食が
台車に乗っかって置いてあるんだよ」
 長男は、淡々と言う。

 「ええっ! まるで病院みたいじゃない。
 じゃあ、運ぶとき階段で転んでスープこぼしたりして、
隣のクラスに分けてもらったりとか、そういうのはないの?」

 「全部台車に乗ってるからこぼしようがないんだけど」
 次男はふてぶてしく言う。

 「今の子は軟弱に育てられてるよねえ!」
 私は夫に声を掛けた。
 夫も、私と一緒になって
「俺らの子供時代はもっと大変で」
と言うと思ったからだ。
 ところが―――。

 「俺も台車に乗ってるの押すだけだったぞ」
と、えらっっっっっっっっっっっそうに
ふんぞり返って言う。

 「え!だって脱脂粉乳の時代なのに?」
私は夫に詰め寄る。
 「そうだよ!その脱脂粉乳を
台車でスマートにコロコロ運んでたわけよ」
 実に憎たらしい笑みを浮かべ、
夫は私を見下ろしている。

 「私はソフト麺やらミルメークみたいな
こじゃれたメニューを食した世代なのよ!
揚げパンやら味噌ピーではしゃいでるような
イナカッペとは違うんだから」

 私がムキになって反論すると、

 「でも、泣きながら手で運んでたんだよね?」
と夫にしては珍しく即座に反撃してきた。

 「じゃあ、あんたの時代に、
あんたの【田舎】で、
節分に豆が出たり、
ひな祭りに雛あられが出たりしたっていうの?」

「さあ・・・・・・それは忘れた」

 「あ、出なかったんだ!
やーいやーい、
冷たい牛乳の代わりに
ぬるーい脱脂粉乳っていう時代だもんねえ、
お菓子みたいなものは
まーず出なかったでしょうねえ。
あ、そうか、
お菓子どころか、
食べ物全体が不足気味だったんでしょ?
あれ? まだ米とか配給制の時代だったよね?」

立て板に水のごとく
失礼なことをまくし立てる妻に対し、
夫は目を閉じてうなづき始めた。 

「あ、ごめんごめん、
私ったら田舎出身の戦中派に対して
随分失礼なこと言っちゃってた?
ごめーん。
 父さんは年取ってて田舎者だけど、
でも給食は台車で運んでたんだもんね。
 すごいよ、すごいすごい。
・・・・・・でも、父さんの田舎はロシアに近いから
歩くときはみんなコサックダンスだよね。
 コサックダンスで台車押すのは、
ある意味、手で運ぶより大変かもしれないね。
 いやあ、失礼失礼」

 私の負け惜しみの機関銃攻撃は止まらない。
 その後、まだまだ10分近く
夫に対する失礼極まりない発言を続けた挙句、
夫の顔を見てやると、
夫は、静かに目を開き、

「あ、終わりましたか」
と、静かに言った。

 給食当番の話題ひとつで
30分もくだらないもめごとが続いていた。

 すっかりこの話題に飽きて
テレビのアニメに見入っていた子供たちは、
番組がコマーシャルに入ったのをきっかけに
またこの話題に加わってきた。

「お父さんとお母さんの子供の頃は
どんな献立が好きだった?」

私が得意げに
「パイン入り酢豚かな?」
と言おうとした途端、次男が言った。

「ぼくはビビンバだな。
それから、エビチリとかペスカトーレとか。
 あと、インド風カレーとかチンジャオロースとか
白身魚のピカタとかローストポークとかね」
 
 さすがに夫も目を剥いていた。

 さらに長男も続く。

「デザートもうまいよね。
セレクトデザートっていって、
何種類かあるうちから選べるの。
チョコレートケーキかチーズケーキとか、
モンブランかミルフィーユとか、
あと、ゼリーも何種類もあって、
選ぶの迷うんだよねえー」

 もはや、夫も私も何も発言できなかった。
 いや、発言したところで、
底辺の争いになることは目に見えていた。

 というか、今の給食って、
一体どうなっているのだ!

確かに今の子どもたちは
週末ごとに家族で外食を食べたり、
世界中のごちそうを
連日普通に食べているかもしれない。

 でも、なんなんだい、
年がら年中、
お祭りでもお盆でも正月でもないのに
レストランみたいなメニューにしないと
口に入れやしないという、その態度は。

 腹減ったー。
 何でもいいから食べさせてー。
 ああ、旨い!
 おかわり!
 もう一杯!
 えー、もう食べちゃだめなの?
 もっと食べたいよぅ!
 ああ、給食っていいなあ!
 給食が学校で一番好きだなあ!

そういうかわいいことを言ってくれる子供は、
この日本にはもう残っていないのかい?

私は、飢えた心を抱えた
飽食の時代を嘆きつつ、
しかし口からは

「いいなあ、今の給食・・・・・・」
というセリフを吐いてしまうのだった。


                (了)

(しその草いきれ) 2003.9.23 あかじそ作