立候補 

 次男(現在小3)は、
でぶちんで漫画ばかり描いている
「お調子者」の少年だ。
 昨年はなぜか異常に荒れて
学校でも家でも問題ばかり起こしていたが、
今年に入って突然落ち着いた。
 もちろん今年も当然のように
学年主任の先生のクラスに突っ込まれ、
厳重な監視のもとに
彼の「お調子」を調整されながら
生活している。
 
 絵のコンクールでは
クラス代表になったものの、
担任は
「絵はうまいんですけどねえ・・・・・・」
と暗に何かを私に訴えていた。

 この男(次男のことだ)、
本当にわかりやすい性格だ。
 昨年、
彼が喧嘩や家庭内暴力で荒れていたとき、
母親の私が
「もっとかまってやらなくては」
と育児方針を変更し、
「お前はやればできる男だぞ」
とか
「お前はかっこいいねえ」
とか、ちゅーちゅーしながら言うようにしたら、
突然「えっへん」な人になってしまったのだ。

 この秋、
そんな彼の恐るべき「えっへん」パワーに
私たち家族は目ん玉をひん剥くことになった。

 ある日、学校から帰ってきた次男が
「僕、リレーの選手に立候補したから!」
とふんぞり返って言った。
 
 「う・・・・・・(うそ)←声に出すのを控えた」

 私は耳を疑った。
 次男はかけっこでは
いつもビリかブービーで、
運動音痴もはなはだしい男なのだ。
 何を血迷って
リレーの選手に立候補するのだろうか!

 「で、明日、選手を決めるために
クラスで予選大会するんだよ。
 よーし、がんばるぞうっ!」

 (おいおいおいおい・・・・・・)

 私は、口では「がんばってね」などと言いつつ、
「こいつ何考えてんじゃ!」
と、あんぐりしてしまった。

 翌日、帰宅した次男は、
漫画のように両肩をがっくりと落とし、
「お母さーん、悪いニュースがあるんだよー」
と言う。
 私は、なまぬるいため息をついて
わかりきった答えを待った。

「ぼく、予選でビリだったんだよ・・・・・・。
まじかよって感じー」

 (「まじかよ」って思ったなんて、まじかよー)

 私は極力穏やかな顔を作り、
「リレーは出られなくても、
お前のダンスは学年で一番ノリノリじゃん。
 お前は足の速さよりも、
芸能分野でダントツ一番なんだから、
気にスンナ!」
と、言った。
 お世辞でなく、次男のダンスはすごい。
 通っている小学校は埼玉でも有数のマンモス校で、
一学年200人もいるのだが、
次男のダンスは誰もが一瞬目を見張るほど、
目立ちまくっている。
 表情が「主役級」なのだ。

 お前は劇団四季か!
 ジャニーズジュニアを後ろにはべらせているのか!
・・・・・・というほどの飛び切りの笑顔と
ノリノリのリズム。
 見ていてほんっっっとうに
こっぱずかしくなるほどの
気持ちの入れようで、
ひと目またら釘付けになってしまうほどの
オーラを出しまくっている。
 
 そう、次男は芸能担当なのだ。
 だから、リレーまで我が物にしようとするなって・・・・・・。

 しばらく落ち込んでいた次男も、
ちょっとおやつをかじり、
テレビ画面に顔面をくっつけて教育テレビを見、
自由帳に漫画を書き始めたら、
もうまったくリレーのことは忘れてしまっていた。

(やれやれ)

 ところが、翌日、帰宅した三男(小1)が、
帰ってくるなり、
「ジロー(次男の名前)が給食のとき放送でしゃべってた」
と言う。

「なななななな、なにしゃべってた?!」
 私は三男にがぶり寄って聞いた。
 まったく、今度は一体何をしでかしたと言うのだ!
 
 「給食食べてたら
急に放送でジローの声がしたから、
ぼく、牛乳吹き出しちゃったんだよ。
みんなで牛乳拭いたりしてて、
何しゃべってたか聞こえなかった」
 三男も災難だった。
 ヤツも小さいなりに、次男の言動には
小さい心をもんでいるのだった。

 と、突然玄関ベルが鳴り、
次男がご帰還だ。
 
 「ジロ〜、今日、何かあったのかな?」

 私が引きつった愛想笑いで次男に聞くと、
「ああ・・・・・・まあね」
と、またふんぞり返っている。
 
 「『運動会での目標を
放送で言いたい人、誰かいる?』
って先生が言うから、
ぼく、ちょっと放送室でしゃべってきたよ」
 次男、クールにランドセルを棚に戻しつつ言う。
「クラスでぼくひとりだけ手挙げてさ」
  
 「ひとりで放送室行って何語ってきたの?!」
 私は思わずつばを大量に飛ばしながら聞いた。 
  
 「『運動会の競争で三位以内に入ります』
って言ったんだけど、
ちょっとセリフかんじゃったんだよねえ」
 次男は、言う。

 (だからやめとけって、そういうの・・・・・・)

 私は遠い目をして、自分も子供の頃
目立ちたがり屋だったことを思い出した。
 今考えると「何考えてんだ!」と思うほど、
コッパズカしい子供だった。

 (お前は私に似てる!)

 で・・・・・・運動会当日。
 
 歯を食いしばり、
ビリで走ってくる次男を遠目に見つつ、
哀しいような可笑しいような変な気持ちになり、
涙が出てきた。

 (お前は私に似すぎてる!)

 そうかと思えば、
午後のダンスでは、
スマップの中居君ばりのダンス!
とっておきの笑顔を
観客席の私だけに向かって
全開にふりまいてくる次男。
 
 (もういいってば、そんなに似なくても!
何だか哀しいから、もうやめて!)

子供らが出る種目が全部終わったので、
私は、一足早く帰宅して夕飯の準備をしていた。

 一年生の三男よりも早く次男が帰ってきて、
玄関先で大きなため息をついた。

「よくがんばったじゃないの!」
 私が言うと、
「あーあ、赤組負けちゃった!」
と次男は言う。

「あんっ? 赤組っ?」

そうなのだ。
 次男は、自分の順位よりも、
所属する赤組が
白に負けたことの方がショックなのだった。

(変なの!)

あほらしくなって、
夕飯の支度もやんなってしまった。
 テキトーに野菜を刻んでカレーにしてしまった。
 しかし、子供らは大喜びだ。

 どうなってんだ。

 それから一ヶ月ほどして、
子供部屋の掃除をしていたら、
次男の机の横にチラシをセロテープで貼りつなげた
大きな紙を発見した。

【ジーロくん新聞】。

 「ジローくん」新聞でなくて、
「ジーロくん」というところが
彼なりのひねりなのだろう。
 なになに、ちょっと読んでみると・・・・・・

 【スクープ!】
 【長男は、ゲームに負けただけで弟をキック!これでも兄か!】
 【お父さんは、チンチンを出して寝る!へんたいかもっ?】
 【お母さんは、「かわジャンの藤岡ひろしに説教されたい」と
                                言っていた】


などとスキャンダラスな記事がいくつも並んでいた。
 そして、その一番端っこに、
 【ゆじーくん、三位までに入ると全校児童に
            せんげんしたのに五位! むねんじゃ!】
とあった。

 「むねん」だったんだ。
 やっぱし―――。

 ああ・・・・・・
 あれから一ヶ月―――。

 帰宅するなり、ひとりで何やら指揮の練習をする次男。
 そして翌日、また肩を落として帰ってきた。
 音楽発表会の指揮を立候補したのだが、
立候補したもうひとりの女の子の方が選ばれてしまったらしい。

 その晩、担任の先生から電話があって、
「なぐさめてみたんですが、
ユージくん、なにしろ落ち込んでしまって。
お母さんからもフォローをお願いします」
とのことだった。
 「すみません、何でもかんでも立候補しちゃって」
と私が言うと、
「いえいえ、やる気があることはいいことですよ」
と先生も気を使っている。
 
 やれやれ・・・・・・。

 私は次男に
「今は喘息出てるから調子が出なかっただけだよ。
 今度はもっと練習して指揮者ゲットしような」
と言うと、
「はいはい」
と、ろくに人の話を聞きもせず、
テレビアニメに夢中だ。

 何だよ、まったく。


       (了)
(子だくさん) 2003.10.21 あかじそ作