商工会まつりにて’03 ―神経戦―

 泣いていいですかねえ。
 今年も例の商工会まつりの日がきてしまったのです。
 去年も、おととしも、この商工会まつりでは
家族に泣かされてきた私なのですが、
(「商工会まつりにて」シリーズ参照)
今年も大変でした。
 もう、思い出すのも、説明するのもつらいほど、
今回は神経が擦り減るようなまつりでございました。
 では、どうぞ・・・・・・
                             

 商工会まつりは、
土曜と日曜の二日間に渡って行われる、
地元の商業工業、
そして農業を盛り上げるおまつりである。
 公営グラウンドの入り口には大きな看板が掲げられ、
お好み焼きや水あめなどのテキヤもたくさん並ぶ。
 数十件の地元農家は、
とれたての野菜や果物、植木などをずらりと並べ、
開会前から黒山の人だかりとなっている。
 名産物の展示やら、工業製品の紹介、
自動車大試乗会やら
巨大エア滑り台やらミニSL、
市民出品のフリーマーケットに、
婦人会による焼きそば・うどん・ポップコーン・ビールなどの販売、
商工会青年部主催のゲーム大会、
仮面ライダーショーに
アマチュアバンド大会、
まぐろ解体ショーに
うなぎ早さばき大会、
商店街のポイントカードの大交換会
(ビンゴで豪華商品が当たる)、
少年少女スポーツ大会など、
もう、いい加減にしろよ、
というほど盛りだくさんなイベントである。

 したがって、地元民たちが家族そろって総動員で
「何考えてるんだ!」ってほど集まってくるので、
ますますまつりはえらい騒ぎになっていくのだった。

 今年は、
高血圧で引きこもりになっている母は
当然「行かない」と言い、
長男・次男は、友達と行くと言う。
 結果、私は62歳児の実父と
小1の三男、三歳の四男の計四人で
一緒にまつりを回ることとなった。

 会社を定年退職してから連日好きなパチンコに興じ、
退職金から約200万円をすってしまった父は、
反省して最近はめっきりおとなしくなっていた。
 毎日昼の11時頃になると決まって我が家にやってきて、
「つーよーしくーん、あそぼー」
と三歳の孫を呼びに来ては、
一緒に菓子を買いに行ったり、
どんぐりでコマを作ったりして遊んでいる。
 車の行き交う道路を、
自転車の後ろに三歳児を乗せて思い切り横切ったり、
まだまだ危ない一面はあるものの、
彼なりに大人になろうとしているようであった。

 そんな問題児の父と私で、
小1と三歳を連れて回るということは、
つまり私が三人の子供を引率することに等しいのだった。

 が、今回はちょっと違った。
 父はしおらしく保護者の仕事をまっとうした。
 かわりに、ダークホースの三男(小1)が
まつりでブレイクしてしまったのだ。

 神経質で一本気な三男は、
男児ばかりの4兄弟の真ん中として育つには、
あまりに繊細すぎる男だ。
 兄たちからは虐げられ、
弟からは遠慮のない攻撃を受け、
辛抱たまらずキーキーわめき散らすから、
親からは一番叱られる。
 最近は、ストレスのためか、
眉毛や耳の周りの髪の毛を
無意識にむしり取ってしまい、
能面のような顔になってしまっていた。

 兄弟とすぐ喧嘩する
     ↓
 暴れる・叫ぶ
     ↓
 叱られる
     ↓
 プチ家出する
     ↓
 15分後帰宅する
     ↓ 
 「ごめんなちゃーい」とへらへら笑っている

 ということを毎日何度も繰り返す三男は、
兄弟の中でも厄介者扱いをされている。
 喧嘩の原因も、たいていは被害妄想で、
必要以上に自分は虐げられていると
主張するのだ。

 そんなわけで、今回のまつりは、
この三男と私の神経戦と相成った。
 相性のよい父と四男(三歳)は、
手をつないで仲良く楽しく回っていたのだが、
私と三男は、手をつないでいるものの、
互いにイライラして一触即発状態だった。
 普通に出し物の横を通り過ぎただけで、
三男は突然イライラしだし、キーキー言って
地団太を踏み出す。

 「どうしたの」
と問えば、
「僕が見たいところを素通りした」
と絶叫するのだ。
 「じゃあ、戻ってまた見ようか」
と聞くと、
「もういい!」
と言ってキーキー騒ぐ。
 そんな調子で、
「あれ買いたかったのにお母さんが無視した」
だの、
「あれ食べたかったのにお母さんがダメだって言った」
だの、
勝手に怒って勝手にブチ切れていた。

 はじめは私もいちいち話を聞いていてやったが、
ずっとその調子だったので、
いい加減こちらもブチ切れて、
「後からグチャグチャ言って騒がないで、
その場でちゃんと自己申告しろよっ!」
と言ってやった。
 すると、
「もういいっ!」
と言って、私の手を振りほどき、
人ごみの中にするするするっと駆け出していってしまった。
 私はとぼしい視力をふりしぼって
小さい三男を探しまくった。
 やっと風船コーナーでその姿を見つけ、
「一緒に居ないとダメでしょう!」
と腕をつかむと、
「痛い痛い痛いっ、人殺しーっ!」
と叫んでまた逃走してしまった。
 私は、周囲の人々から「連れ去り魔?」という
視線を受けながら、また走り回った。

 そんなことを・・・・・・1時間以上やっていた。

 いい加減疲れ果て、
腹が立ってきたので、もう追いかけるのをやめた。
 携帯で父と待ち合わせをして門のところで落ち合い、
さてこれからどうするか、と相談していると、
はるか向こうからこちらの様子をうかがっている三男を見つけた。

「いた!」
 私が三男に向かってダッシュすると、
すばしっこく三男もきびすを返し、
またもや人ごみの中にすべり込んで行ってしまった。
 しかし、今度はいくら探しても見つからなかった。
 軽く1時間以上は探した。

 長男や次男と待ち合わせている時間が迫ったので
私は再び門のところまで行くと、
なんと、父と長男次男、四男に混じって、
三男が笑顔で談笑しているではないか。

 「なんだそりゃ!」

 私はがっくりと地面にひざを付き、
その一家団欒の光景を眺め、
「もう帰るぅ」と音もなくつぶやいていしまった。
 
 さて、帰る段になったら、
また三男が「キー」と言う。
 「こんだぁ、何だよっ!」
 私の体力も限界にきていた。
 「財布がない」

 見ると、三男のウエストポーチの
チャックが開いていた。
 ズボンのポケットの中にも何もない。

「あにやってるだよーっ!」
 私は志村ケンのように三男に突っ込みつつも、
みんなを待たせて
まつり会場を三男と一緒に探し回った。

 が、ない。
 あるわきゃあ、ない。

 あきらめて、最後にまつり本部に向かった。
 まあ、絶対に出てこないとは思うけれど、
一応届けておこう。
 万が一見つかったときのために、
連絡先を言っておこう。

 テントの中で実行委員のハッピを着て座っていた
私と同年代の女性にその旨を告げると、
やたらと厳しく取り調べみたいな尋問を受けた。

 住所氏名、電話番号、
財布の特徴、中に入っていた金額など、
笑顔ひとつ見せずに、
物凄く感じの悪い質問攻めにあった。

 ろくにまつりを回れなかった上に
三男とは公開大喧嘩をするし、
財布は失くすし、散々な目に遭っているというのに
最後の最後にこの仕打ちかよ、
という思いで、ブルーになった。

 が、「ちょっと待ってくださいよ」と言って
席を立った彼女が持ってきたものは、
まさに三男の失くした財布そのものだった。
 財布はすでに届けられていたのだった。
 本物の持ち主かどうか、
我々は確認されていたらしい。
 財布を持ってきても
彼女の厳しい目つきはそのままだった。
「中に何が入ってましたか」
と、三男に低い声で聞くと、三男は
「ベルマークが8枚入ってた」
と言う。
 彼女は黙って財布を逆さまにして、中から
千円札と小銭数枚、ベルマークを出した。

「あったあった! よかったねーっ!」
 喜ぶ私と三男を横目に、
彼女はにこりともせず、
「何か身分証明証はありますか」
と言う。
 私が、
はいはいはいはい、と急いで免許証を出すと、
彼女は厳しい目つきでそれをメモし、
財布を三男に渡しつつも疑り深く私たちを睨み付け、
「でも名前が書いてないからまだちょっと・・・・・・」
などと言っていた。
 私たちの方は、
ひたすらへいこらへいこらお辞儀をし、
おわびとお礼を言っていた。
 何だか物凄く感じが悪かった。
 財布が出てきたことよりも、
いやーな後味だけが残った。
 神経がピリピリしてきた。


 翌日は、まつりのあるイベントがある。
 体育館の舞台上で、長男次男が
友達ふたりとチームを組んで
100マス計算大会に出るというのだ。
 大会出場時間より早く着いてしまった私たちは、
しばらく会場で待っていたが、
長男と三男が、時間まで店を回りたいと言い出した。
 何かいやな予感がしたが、あまりにしつこので
「5分前には帰ってよ」
と言っておいたのだが、
帰ってきたのは三男ひとりだけだった。
 チームの友達もとっくに集まってきていて、
受付を済ませたが、長男は一向に戻ってこない。
 どんどん出番の順番を抜かされていく友達はイライラしてくるし、
小さい子供たちは会場をうろちょろし始めてしまった。
 昨日の三男にかわり、
今日は長男を探しまくっている私の姿と言ったら―――
―――四人の子供たちが買った
でかい海賊の剣を四本、背中に紐で斜めがけし、
手には金魚の入ったビニール袋を三つぶら下げ、
赤青黄色の風船を頭上にぷかぷか浮かばせて
走りまくっている。
 私は長男を探すのに必死なのだが、
あまりに目立つ格好のため、
知り合いに見つかって何度も話しかけられてしまい、
捜索は遅々として進まなかった。
 
 長男はまじめな男だ。
 ひとりで勝手に行動したり、
友達との待ち合わせをすっぽかすようなキャラではない。
 と、いうことは・・・・・・。

 私は傍らにいる三男をゆっくりと見た。
 長男と一緒にいた三男だけが帰ってきた。
 ・・・・・・ということは・・・・・・
「お前、兄ちゃんに黙ってここに来ちゃった?」
「うん」

 やっぱりだ。
 長男は、三男を見失ってしまったと思って、
今頃必死でひとごみの中、三男を探しまくっているのだろう。

 「またお前かよう!」

 私がその場にへたり込むと、
三男は、
「じゃあ、僕が全部悪いんだね! 
僕がいなくなればいいんでしょ!」
と叫んで、また逃走しようとしている。

「もういいよ!」

 私は心身ともにへろへろになりながら
計算大会の会場に行ってみると、
長男次男と友達はすでにステージ上に上がり、
計算を始めるところだった。
 結果は・・・・・・
 散々待たされてイライラしてしまった友達や
舞台上で調子に乗り、
まともに計算できなかった次男は、
アンカーの長男の番が来る前にゲームオーバー。
 
 結局、大騒ぎした挙句に、粗品をもらって帰宅した。

 あーあ。

 家に帰ると、
床のそこここに空気の抜けた風船おもちゃが散らばり、
ごわごわになったポップコーンが散乱し、
ソースでべたべたになったスーパー袋が散乱した。

 いつものことじゃん。
 いつもこうじゃん。

 あーあ、つまらなかった、と言う長男。
 楽しみにしていた計算大会も出られなかったし、
三男捜索で買いたかったものも買えなかったらしい。
 とりあえずご満悦な次男と四男。

「お母さんが怒るからいやだった!」
という三男。

 なんだこのやろー!
 こっちの方がいやだったわい!
 ムキーーーーーーーーーーーッ!!!


                      (了)
(しその草いきれ) 2003.10.28 あかじそ作