しげぞーさん 25000番キリ番特典 
―――お題「年賀状」―――
「 明けずとも 」

 今年、僕は年賀状を出さなかった。
 昨年、僕を育ててくれた祖母が亡くなったからだ。

 「身内の不幸により年賀状を遠慮します」、
というはがきを友人たちに出しておいたので、
元旦にポストをのぞく楽しみもないし、
「あけましておめでとう」も言わない。

 毎年、親戚一同が集まり、
祖母を囲んでわいわいと大騒ぎをしていたのだが、
今年はそれもない。

 晩年、舌がもつれて
あまりうまく話せなかった祖母だが、
小さなひ孫たちが駆けずり回るのを
目を細めて見やりながら
「おめでとう」と去年までは言っていた。

 今年は、無事に明けなかったから、
「明けなくてご愁傷様」な僕たちなのだ。

 僕は、今年受験で、
正月も相変わらず机に向かって淡々と勉強をしていた。
 テレビではバラエティー番組をやっているらしく、
居間からの家族の笑い声が何度も聞こえてくる。
 いつもなら
「うるさくて集中できないだろ!」
と怒鳴ってやるところだが、
何だかそういう元気も起きず、
僕は黙って家を出て、コンビ二に出かけた。

 カップ麺とコーラを買って帰ってきて、
ふと何の気なしに郵便受けを開けると、
年賀状が数枚来ていた。

 「おめでたくないっつーのに」

 僕はそれでも年賀状が来たことが少し嬉しくて、
差出人の名前を見てみた。
 一枚は近所の店からの宣伝用年賀状。
 わびしい。
 そして、次は、弟の友達からだった。
 最後の一枚を見ると、
差出人の名前も、
そしてあて先さえも書いてないのだった。

 「なんだこれ」

 裏をめくってみると、真っ白だ。
 しかし、よく見ると、下の方に小さくペンで

「アブリダシ」

と書いてあった。

 僕はそのはがき以外は居間のテーブルに置いて、
家族の声かけも無視してキッチンへ直行した。

 ガスコンロの火をつけ、そのはがきをあぶった。

 ―――と、あっという間にはがきは燃え上がり、
灰さえも残らず、影も形も無くなってしまった。

 家族は僕の突然の奇行にあっけにとられていたが、
僕はそれ以上にあっけにとられていた。

 聞こえたのだ。

 はがきが燃え上がる瞬間、
祖母の声が。

 祖母は言った。

 「あけましておめでとう」と。

 そして、こうも言った。

 「もうバアチャンは苦しくないから安心しな」と。

 僕の頭に
いつまでもへばりついていた
バアチャンの最期の姿―――。
 管だらけになって病院のベッドに縛り付けられ、
ハアハアとあえいでいるバアチャン。
 その苦しい映像は、はがきと共に消えた。

 かわりに、前掛けをした若いバアチャンが
小さい僕を抱き上げて頬ずりしている映像が
僕の頭にリアルに浮かび上がってきた。

 はがきはもう、消えてしまった。
 悲しい祖母も、切ない正月も消えた。

 そこには、バアチャンの肉体の見当たらない、
ただ普通の正月があった。


        

                             (了)


(小さいお話) 2003.11.25. あかじそ作