キリ番特典
araraさん 29200番
―――お題「電話」―――
「 テレフォン攻防 」

 その日私は、
朝からずっとキーキー泣きわめいている末っ子のおかげで
イライラが最高潮になっていた。
 私のイライラで子どもの情緒も更に不安定になり、
その相乗効果で
家の中には見えない炎がメラメラと渦巻いていた。

 そこへかかってきた一本の電話。

 「もしもし、赤木さんのお宅ですか」
 見知らぬ女性の声。
そして、思いっきり営業トーク。

 「あ、はい・・・・・・」

 「あの、もしもし?
  そちらは、3歳のお子さんを持つ赤木さんのお宅ですよねえ?」

まただ。
 また教材を買わせようというヤツからの電話だ。
 どこから名簿を手に入れたのか、
子どもの名前や年、
学区や近所の友達の名前まで出してきて、
しつこく説明をしてくるアレだ。
 うちは子どもが多い分、
この手の電話も多くて困っているのだ。

 私はそのとき、
めちゃくちゃ機嫌が悪かったので、
いつもなら
「ごめんなさいねー」
と言って丁寧にお断りするところを、
今日はあえて挑戦的に出ることにした。

 「いえ、うちには子どもはいませんよ」

 私がそう言うと、
相手は地声で「えー!」と言い、
「いえいえ、お子さんがいらっしゃるのはわかっているんでぇー」
と言う。

 「いませんよ」

 私はあくまで感じのいい声で答えた。
 すると相手も俄然やる気になってきたらしく、
「3歳の男の子がいるのは知ってるんですよぉ」
とバリバリ地声になる。

 しかし私はいぜん裏声で
「子どもいないんで、ごめんなさいねー」
と言って、静かに受話器を下ろす。

 ざまあみろいっ!

と、数分後、今度は違う女性の声で電話があり、
突然、第一声で
「三歳のタカシくんのお母さんですよねえ!」
と言う。
 
 「どちら様でしょうか?」

私はすました声で聞く。
 すると、「ナンチャラ教育」といういつもの会社名を名乗った。

 「お母様なんですよねえ?」
相手は前の人の上司なのか、
とにかく最初から仕返し的な調子で攻撃だ。

 そこで私のサディスティックな魂に火がついた。

 「いいえぇ、私は留守番の者なので、何もわかりませーん」
 シャアシャアと言ってやった。
 相手は、私をやっつけてやろうと掛けてきたのに
逆に予想に反した答えが返って来て
「うっ」となった。
 へっ、どうだ!

「お母様でしょう?」

それでもしつこく食い下がってくるので、
「いえー、留守番なんですよ〜、ごめんなっさいねえ〜」
と言い、オホホと笑ってやった。

 すると相手も意地になり、
「それではお母様は何時ごろお帰りでしょうか?」
とプルプルしながら聞いてきた。

 「いやあ・・・・・・、夜中になるんじゃないかしら?」
と言うと、
「わかりました」
と言ってふてくされてガチャ、と切った。

 馬鹿め!

物を売ろうとする相手に電話をガチャ切りして
売れるわけないじゃないか。
 それにしても、
そんな馬鹿野郎に馬鹿にされるのは
どうにもこうにも腹が立つ。

 落ち込んでるときや悲しいとき、
忙しいときや具合の悪いときだってヤツラは、
こちらが物を買わないとわかるや否や、
突然豹変して、唾吐くような態度をとる。

 これまで何度も何度もいやな目に遭ってきて、
もういよいよ温厚な私だって限界だったのだ。

 さて、そんな電話の一件も忘れていた夜の10時頃、
若い男の声で電話が掛かってきた。

「ナンチャラ教育ですけど、お母様ですよねえ!」
彼は更に昼間の電話のやり取りを申し送りされているらしく、
ショッパナから臨戦態勢だった。

 そうかい!
やるのかいっ?

 私はあえて涼しい声を出し、
「あらー、何度も何度も何度も何度もごめんなさいねえ。
 私留守番なものでねえ・・・・・・」
と言った。 

 すると、
「ふっ! お母さんですよねえ」
と鼻で笑ってきやがった。

 私は細かく数本ブチブチッ、と切れた。

 「いいえぇ、おっほほほほほほほほっ」
 こっちもせせら笑ってお返しだ。

 「じゃあ留守番留守番、って一体誰なんですか、あんた」
 脅迫じみてきた。
 負けるもんか!

「わたくし、となりの者ですけどぉ」
 あくまでオホホで通してやる!

「じゃあ、お名前は何ていうんですかねえ!」
相手の男は声を荒げる。
 だんだん小学生の喧嘩みたいになってきた。
 『何時何分何十秒、地球が何回回ったとき〜っ?』
みたいなノリだ。

 「わたし鈴木です。
消費生活センターの相談員やってます。
 今メモしますから、
お宅の会社の所在地と電話番号、
それからお宅のお名前を教えていただけますぅ?」

電話が、ガチャッと切れた。

 いつものガチャ切りだけど、
今回はずいぶんやり返した気がする。

 でも、ふふふ、と笑いながら受話器を置いた後、
私はふと不安になった。

 相手はこちらの住所も電話番号も、
それに子どもの名前も学校も知っている。
 もし相手がおかしなヤツだったら
ひどい仕返しをされてしまうかもしれない。

 悔しいが、それからはまた、
私は電話の勧誘に敬語で丁寧にお断りして、
一方的にガチャ切りされたり、
「バーカ」とか捨て台詞を言われたりしても
一切感じの悪い対応をしないようにした。

 嫌だけど、
凄く悔しいけれど、でも、
ああいうヤカラと同じ土俵に立つこと自体が
無駄なエネルギーだと思うことにした。

 善良に生きているところに
突然悪意が襲ってくることがよくある。
 通りがかりに殺されてしまう人も大勢いる。

 嫌な世の中だけど、
自分も嫌な人になってしまわないことが
そういう悪意に負けないということなのだ。

 負けないぞ。
 善人であり続けるために、
物凄く強靭な精神力を持つんだ。

 馬鹿とは喧嘩はしないぞっ!
                          
           (了)

    (しその草いきれ) 2003.12.16. あかじそ作