「 おばかさん 」

 私の父は、本当にばかで困る。
 そのばかさ加減は、周囲の人々に実害を及ぼすほどだ。

 基本的に善人なだけに、その扱いにも困る。

 先日、末っ子の幼稚園の入園説明会に行くとき、
「おれの車に乗ってけ」
と父が言うので、
お言葉に甘えて幼稚園まで乗せてもらった。
 早く到着しすぎてしまったので、
園庭で父と私と四男が受付時間開始を待っていると、
突然父が大声で言った。

 「ツヨシは、二月生まれだから一番大きいんだろ」

 は?

私は、父が何を言っているのか、よくわからなかった。
 すると、父はもう一度、
今度は園舎に響き渡るような馬鹿でかい声で言った。
  
 「二月生まれはクラスで一番大きいんだろ」

 はあっ?

私は固まった。
 いや、私だけではない。
 子供のお迎えのため、園庭にまだ残っていた
在園児の父兄たちも固まった。

 父は、あきれたようにため息をつき、
「馬鹿で世間知らずの娘」に常識を説こうとし始めた。

 「あのな、二月生まれは一番大きいのな」

 いやいやいやいやいやいやいやいや。
 私は、この父に、どうやって、
そして、どこから説明しようかと悩んだ。

 「あ、あのね、じい。新学期ってね、四月から始まるでしょ?
 でね、今度の四月に5歳になる子から
翌年の三月にやっと5歳になる子までが一緒の学年になるんだよ」

 「ん?」

父は小鳩のように澄んだ瞳で私を見ている。
 たぶん、私の言ってることがひとつもわからないのだろう。

 「つまりね、入園式の時点で四月の初めに生まれた子は5歳だけど、
ツヨシは二月に四歳になったばかりだから、
四月生まれの子より一年近く小さいのはわかるよねえ?」

「1歳分小さいのに、大きい子と一緒に勉強すんだから、
一番エライんだろ?」

「一番かどうか知らないけど、まあ、大変だとは思うよ」

「一番エライんだから、一番大きいってことだろ」

 はあああああああっ???

私は困り果てた。
 私はこの人にどうやって説明したらいいのだ。
 そして、こんな果てしなくばかな親を持ってしまった私は、
これからどう生きたらいいのだ。

 「ねえねえ、じい。エライからって大きいとは限らないよねえ」

 「なんで?」

嗚呼っ! また目が小鳩である。

 「いや、だから!  小さいのに頑張っててエライよねえ。
 大きい子に合わせなくちゃいけないから、小さい子は大変だよね。
 だからつまり、大変でエライ子は、小さいよね?!」

 私も、もう半べそで絶叫している。
 そして、小鳩はすがすがしい笑顔で答える。

 「エライから大きいよな」

 だからーーーーーーっ!!!

園庭の真ん中で、絶叫する母親と綺麗な瞳で微笑むじいさん。
 そして、それらを無視して勝手にパンダの置き物によじ登っている幼児。

 目立ってる。
 気がついたら、ギャラリーに囲まれている。
 みんなプルプル震えながら笑ってる!

「あ、あのね、じい。とにかくこの話はちょっとじいには難しいから
後でゆっくり説明するけど、
ともかく、ツヨシは二月生まれで小さい方なのよ。
 そういうこと。」

 父は、しばらく宙を見ていたが、やがてハッと顔を輝かせ、

「わかった! つまりツヨシはエライ方だから、かなり大きいってことだな」

 「もういい。もういいよー、じい。
時間だからもう受付に並ぶから、
じいは車で待っててもらってていいかな?」

 「お、おう。わかった」
 
 父は大勢のお母さんや先生たちがニヤニヤ見守る中、
駐車場へと退場して行った。
 やれやれ・・・・・・。

 と、思ったら!

みんなに注目されていることに気付いた父は、
笑顔の人々の間を、スターのように手を振りながらくぐりぬけ、
そして振り返って、信じられないほどでかい声で叫んだ。

 「四月生まれが一番小さいんだよな〜〜〜!!」

 やめて!
やめてやめてやめてやめて!

入園前から伝説を作るのはやめて!
ただでさえ私はこの幼稚園では伝説の人なのだ。

 「あの人は常に妊婦だ」
 「あの人は自分の子供の人数を把握していない」 
 「夕飯時にひとり足りない事に気付いてやっと幼稚園に子供を迎えに来る」
 「いつも赤い服を着ている」
 「いつも謝りながら走っている」

 などなど。

 もう新しい伝説は作るまいと決めていたのに!
しかし、時すでに遅し。

 私には、父兄たちやよく見知った先生方の頭の上に
はっきりと雲形の吹き出しが見えた。
 それは新しい伝説―――。

 「ばかの一族!」



               (了)

   (あほや) 2004.1.27. あかじそ作