「 疑わないで虐待と 」

 子供が怪我をして病院に運び込めば、虐待をまず疑われ、
子だくさんでいつも家から喧嘩や怒声が響いていると、
やっぱり隣近所に虐待を疑われてしまう、という時代。

 我が家は男兄弟四人で、     
とにかくいつも取っ組み合いの喧嘩ばかりで、
それを仲裁する私も大声で、
「てめーこのやろー」
と叫びながら割って入っちゃ、ぶたれたりぶったり、
という修羅場となってしまうのは事実だ。

 でも、これは断じて虐待ではなく、
兄弟喧嘩や親子喧嘩の域なのだ。
 陰湿で音もなく傷付け合うような家族だとか、
大きな声など上げたこともないような人たちで構成される家族なら、
虐待は疑われないで済むのだろうが、
我が家はまるで「寺内貫太郎一家」のように
いつもいつもくっだらないことで
家族みんなで叫びながら取っ組み合いをしているので、
今のご時世だ、絶対疑われているだろう。

 でも、私が10年前からずっと気をつけてきていることは、
「喧嘩してもいい。でも、武器は絶対に使うな」
ということだ。
 子供が棒やおもちゃなどを使って人をぶったりすると
私はそれを取り上げ、
「喧嘩はいいけど武器は許さん!!」
と言って、結構大事なものでも、
武器として使用されてものはすべてその場で捨ててきた。

 そのおかげで、学校で来年も使う予定の
植木鉢に付いた「ツル巻き用の棒」なども、
木っ端微塵に折りまくって破棄し、後で困ることがよくある。

 そんな風にして、やっと我が家に定着してきた
「武器卑怯説」
なのに、昨日、夫が大変なチョンボをしてしまった。

 昨日は、夫がひさしぶりに仕事が休みで、
体調の悪かった私は、
珍しく昼までゆっくり寝させてもらっていたのだ。

 寝ていたら、階下からいつものように兄弟喧嘩の声が聞こえ、
その後、男の怒声が響き、
そして、長男の
「おとうさん、やめてーっ!」
という悲鳴が聞こえた。

 私が起きてからしばらくすると、
次男がその一部始終をそっと告げた。

 事の顛末とはこうだ。

 いつものように長男と三男が激しい喧嘩をしていた。  
 夫は喧嘩を仲裁していたが、三男が、
「兄ちゃんも父ちゃんも死ね!」
と言った。
 それを聞いた夫が包丁を出して、
「殺すならこれで殺せ」
と、三男に迫った。
 長男は、それでひっくり返って泣き喚き、
「お父さん助けて、殺さないで」
と、絶叫した。

 ・・・・・・ということだった。

 「包丁を出しただあっ?!」

私は一瞬でこめかみの血管が3億本くらいいっぺんにブチ切れた。

 「包丁を出して、これで刺せと父親が迫っただとおっ!!!!!」

喧嘩はいいが、武器はダメ、と10年以上かけて
毎日毎日喧嘩を仲裁してきたのに、
よりによって、「包丁でやれ」とぶっこきやがったのかよっ?!

「あの馬鹿野郎があ〜〜〜っ!!!」

私は具合が悪いのも忘れ、
夫に向かって目を剥いて唾をとばして叫んだ。

 「てめーこのやろー、いつも家に全然いないくせに、
たまにチョロっとやってきて何しやがんだ、このくそ野郎!」

これには告げ口した次男も、
他の子供たちもマッツァオで、
「お母さん、そこまで怒らなくても」
というムードが漂っていたが、私は絶対に許せなかった。

 「喧嘩」ということに「包丁」というものを
結び付けてしまった功罪は軽くない。

 冷静なときはいいが、カッときたときに、
子供たちの頭の中に「包丁」というツールを結びつける回路を
作ってしまったのだから。

 将来、兄弟喧嘩や親子喧嘩をしたとき、
あるいは、子供たちが親になったとき、
彼らが脳裏に「包丁で刺す」という父親の提案が思い浮かばないという
保障がどこにあるだろう。

 さっきまで、子供たちにとっては
「包丁」は料理をするための道具だったが、
夫の軽率な脅迫行為で、彼らの頭には、
「凶器」として刷り込まれてしまったのだ。

 ただでさえ、連日の阿鼻叫喚で
うっすら虐待を疑われているというのに、
本当に包丁を出してるとなったら、
これはもう本物になっちゃうではないか。

 私は数年ぶりに大激怒して、
夫に対し、
「子供たちひとりひとりに謝って、
自分の行為が間違っていたことを説明しろ」と迫った。

 夫は般若のような妻にびびりまくり、
震えながら子供たちひとりひとりに向かって
「お父さん間違ってました。あれはやってはいけません、ごめんなさい」
と言っていた。
 子供たちも、「はいはい、わかってます」
と、やはりびびりながら答えていたが、
父親が包丁を持ち出したというインパクトは一生消えないだろう。

 夫に対しては、100のうち99は我慢してきた。
 私だって夫に我慢してきてもらっているだろう。
 
 しかし、絶対に許せないことがある。
 人間として間違ったことは絶対に許さない。
 人が人に刃物を向けるなんてことは、
私の命を懸けても絶対に許さない。

 この件に関しては、その後、夫にもきつく叱ったが、
それでもまだ私の気が済まず、
子供たちひとりひとりの手を取って、
「どんなに腹が立っても刃物を手にしちゃいけないよ」
と、凄い目力で熱く言い聞かせた。

 ああ、教育って難しい。
 自分ひとり頑張っても、
ときどき外野がチョロっとやってきて
一瞬でご破算にしてしまうことがよくある。
 
 母親ひとりで頑張ってきてしまって、
夫が父親として成長する機会を奪ってしまった。
 でも、子供が学校に行ってから起きてきて、
寝静まった後に帰ってくる人に、
父親をやる機会なんて全然ないのだ。

 まあ、どっちにしても、近隣の方がた、
学校の先生がた、
かかりつけのお医者様、
うちの子たちは体中に殴られたような後がありますが、
それはみんな兄弟喧嘩でできたものです。
 疑わないでください。捕まえないでください。
 だって、私にもありますって、アザ。
 子供たちに殴られて体のあちこちに怪我してますって。

 子供が一方的にやられていたら虐待だし、
親が一方的にやられていたら家庭内暴力なら、
我が家は「相互暴力」で罪は倍ですか?

それとも「激しい喧嘩」で通していただけるんでしょうか?

どっちにしても、みんな素手で手加減した喧嘩をしています。
 だって兄弟ですからね。   
 親子ですから。

 本気でやったら可哀想だ、怪我してしまう、と、
みんな激昂した中でもちゃんと考えているんですから。

 でも、そこに包丁持ってきちゃう人がいるんだから・・・・・・
 何とかしてよ、馬鹿夫を!!

殺すで、マジで!

                    (了)

    (子だくさん) 2004.2.10. あかじそ作